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2024/11
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幸村は、ひとり夜の中に身を沈めるようにして歩く。
あたりは、とっぷりと夜に染まり、肌を這う風は冷たい。
日が短くなったな、とぽつり呟き、その声が自分が思うよりも大きく驚き、けれど、声が大きいのではなく周囲が静か過ぎる為だと気付く。
しばらく歩けば、人の気配。見知らぬ男。
その男は、木の影にひっそりと身を隠している様子だったが、幸村に気付き、一歩前に出る。
幸村は懐から文を取り出し、そっとかざす。

「――これは」
「私です。いえ、正確には」
「その名を口にするな」
「――用心深いのかそうでないのか。読んだら燃やしてくれと書いたではありませんか」

男が、皮肉気に見える笑いを見せる。
幸村の居館に密かに投げ込まれた文。それを読んだ幸村はひっそりと居館を抜け出した。ひらり風に文が揺れた。それを見た男が手を出すので渡してやれば、受け取ったそれを破り捨てる。
小さな紙くずとなり、風に乗って揺れて消えていくそれを、幸村はぼんやりと見つめる。

「貴公のお力が必要なのです」
「――・・・牢人衆を集めているとは聞いていたが」

大坂の豊臣と再び戦が、という不穏な時勢は、九度山で流謫生活中の幸村の耳にも届いている。
義姉の稲や、くのいちがもたらすそれらに、武士として心震える熱いものを一瞬味わい、けれど、すぐさまにその虚しさに心が冷えた。
大坂の豊臣からの使者である男は、真っ直ぐに幸村を見据える。
その視線に、溜息と瞬きをひとつ。
幸村の瞼の裏に、一瞬だけ見えないはずの兄の顔が映った。

「――お前は死を選ぶのではないかと思ったから、そうでないと分かって安堵した」

兄はそう言った。
安堵した、と言った。けれど、幸村が感じたのは小さな違和感。
本当は――死んで欲しかった?そして、

「何をしても構わない。ただ、いてくれさえすればいい。」

そうとも言った。
死んで欲しいのか、生きていて欲しいのか。
兄の本意は――。
いや、どちらも本意。
そして、思い返されるもうひとつの言葉。

「お前が私の手を取らなかったあの時から、お前は本当の意味でお前の道をいくことが出来るようになったのだろう」

あれから、長い長い時が経ったような気がする。
世情が代わり、父が死に、いろいろあった。
けれど、つい最近のことのような気すらする。おかしたものだ、という呟きが唇に浮かんだが、唇に張り付いたまま声にはならなかったが、幸村の唇に浮かぶものは、闇の中に冷え込んでいく。
冷笑。
幸村は手をやり、それを拭った。
けれど、拭いきれずに残った。幸村の唇に、それは染み込んでしまったらしい。
冷笑を浮かべたまま、闇を睨みつつ、

「私の力・・・ね」

幸村が呟く。
それを受け取った男は、再度たたみかけようとした様子だったが、幸村の頬に浮かぶ冷笑に、次の言葉に困り果てたのか、頬が歪み引き攣れる。
それに幸村は、ニッと微笑み、ククッと笑いを洩らす。


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