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関ヶ原の後。
信幸には沼田二万七千石、上田三万八千石、その他小県三万石が与えられた。
かなり過大な恩情だと思った。

「この度の戦で西軍についた中に、惜しい者が多い。そなたの父や弟のように」

忠勝が信幸に言った。
それを信幸は、無言のまま受け取る。頷きもしない。
力を貸してくれた礼の小さな酒宴を信幸と稲は開いた。そこには舅である忠勝と、井伊直政、榊原康政。
酒を飲み交わしながら、忠勝が言った。
それを聞いていた稲は、酌をする手を止め、

「立花さまも・・・」

ぽつり零して、遠くに視線を揺らす。稲は立花誾千代をとても慕っている。
理由を一度問いかけたことがある。すると、

「信幸さまに似ていると思ったから」

と恥ずかしそうに言った。
しっかり捕らえていないと儚く消えてしまいそうでと、そんなことを言っていたものだ。

「立花宗茂は本当に惜しい武将だ」
「夫の方だけなら――再起もあるだろうがふたり揃っているとなると難しい。柳川での話を伝え聞く限り、領民の信頼も厚い」
「そんな・・・」
「今、立花宗茂も誾千代も加藤清正の所に身を預けているらしい。きっと無事だ」

稲に教えるように優しく康政が言えば、あっと直政が小さく声を上げた。

「加藤清正といえば――」

一度そこで言葉を区切ると、くるりと信幸に視線を合わせてくる。

「あの男――石田三成が捕らわれた後、その面倒を私が任されました。そこで、ふたりで話す機会がありまして」

ふっ・・・・と笑ってから、

「かつて貴公に言われたように、我々は似ているかもしれないという話をしました」
「そんなことありましたね・・・」
「立場が逆なら、きっと私が挙兵したのではないかと言われました」

直政の言葉に、忠勝も康政も笑う。

「じっくり話してみれば確かに親しくなれそうな男だった」

直政は、三成の旧領を任されることになっている。

「仮にもう一度人生とやり直せるとしたらどうする、と戯れで尋ねてみたところ、長浜で加藤清正や福島正則と小姓として秀吉公に仕えていた頃に戻りたい、そんなことを言ってました」
「――そうですか」
「機会があればふたりに教えてやってください」
「なぜ私が?」
「私がわざわざ知らせるよりいいと思っただけです」

信幸に向ける目を微笑ませて、そして、なぜか楽し気に面白気に揺らす。
そんな直政を見つめながら信幸が、

「直政殿は、本当に綺麗な顔をしている」

のんきにそんなことを言うので、直政は酒を詰まらせごほごほを咳を飛ばす。
それは直政だけでなく、忠勝も康政も似たような反応をして、稲はえぇと小さな悲鳴を上げる。

「あの時も、人のことをとやかく言える顔ではないと言われていたでしょうが」

咳き込みながら直政が言えば、信幸がくすくすと笑う。
からかわれたのか、と直政は信幸を軽く睨む。




昌幸と幸村は九度山へ流刑を決まった、と知らせを受けた。
最初は、女人禁制の高野山だったが、大坂城に人質となっていたが、昌幸の手の者によって上田に来ていた幸村の妻の里々が同行を希望し、幸村もまたそれを受け入れた為、九度山となった。
同じく人質となっていた母、山手殿も同行も希望したが、昌幸が受け入れなかった。
理由は、年齢と病がちになっていた為。
子供の頃の信幸の目には、不仲だったふたりだが、時間がすべて和らげていた。

上田城の受け取りは12月12日と決まった。
受取の任を受けたのは信幸と本多忠政、仙石秀久。



「改名したか」

ぽつり昌幸が言った。
父の傍らにいた幸村に、文を渡してくる。それを見た幸村は、溜息をひとつ。
代々伝わる「幸」の文字を「之」に改名し、花押も家康に合わせ宗朝様に変えたとある。いつもながら、最小限のことしか書かれていないそっけない文である。
上田城は今、綺麗に掃き清めてあり、受取を待つばかり。
何かしでかすのではないかと内心ハラハラしていた幸村だったが、全てを信之に任せているらしいことに内心安堵していた。
上田に信之から届いた文はふたつ。
もうひとつを手にした昌幸だったが、すぐにそれを幸村に渡してきた。
それが自分宛だと分かり、首を傾げる。筆不精の兄にしては珍しい。

そこには幸村の家臣たちも自分が預かること。
里々が同行するのならば、くのいちは置いていくこと。そのくのいちは、仲の良い甲斐姫が大坂にいるので、真田の大坂屋敷付けで雇うつもりでいること。
そして、

「政略結婚も、ひとつの時を分けあうため、数え切きれない日を共にすることを運命に選ばれている」

そう稲に言われたと書かれており、その一文を読んだ後、思わず幸村は声を上げて笑った。稲とどんな話をしたのだろう。想像できないと思った。
けれど――。
信之が、自分が悩んでいたことを同じようにずっと考えていてくれていたのかと思うと嬉しい気持ちがあった。




戦後処理に信之が、奔走していた頃。
家臣の出浦があるものを上田で拾ってきた。生き倒れになっていた男女である。
身分ありそうだった為、出浦が調べてみれば、室町幕府最後の将軍、足利義昭の近臣だった矢島秀行の娘、八千子で無理矢理結婚させられそうになったのを、互いに心を寄せ合っていた家臣の男と共に逃げ出したが、上田で何者かに襲われたらしいということが分かった。
その報告を受け、信之はふたりと話し、八千子の恋人を真田家に仕えさせることにし、矢島と同じく足利義昭の近臣だった細川幽斎・忠興親子に秘密裏に書状を送った。

――八千子の身分を、立花誾千代に与えたいので手を貸して欲しい。立花宗茂だけなら再起の可能性があるが、ふたり揃ってだと難しい。だから、誾千代には死んだことなってもらうつもりでいる。

すぐさま、忠興から返信があった。
了承したことと、矢島とのやりとりは細川で受け持つこと。そして、手紙の末尾に、

「明智の娘は死んだ――」

と書かれていた。本当に死んだのか、逃がしたのかは分からない。
信之もそれをわざわざ聞く気にはならない。
それから、出浦に加藤清正宛の文を届けさせる。
井伊直政から聞いた話も併せてふたつの文を送った。
清正から返事があった頃、沼田にいたあやめを上田に呼び寄せた。
昌幸と幸村と親族として別れをさせるのと、誾千代の受け入れの準備をさせる為に。
人の面倒を見るのが私の運命なのかしらねぇ、などと言いながらあやめは、八千子と誾千代の受け入れを了承した。文句は言ってみたものの嫌いではないのだろう。
準備を整えてから稲に話した。ぬか喜びをさせたくなかったから。
今の信之は、苦労させた、そして、これからもさせる分、稲が喜ぶことはしてやりたい心境でいる。
話を聞いて驚いた稲だったが、すぐに嬉しそうに頬を弾ませながら、はらはらと涙を零す。その涙を指の腹で拭ってやりながら、

「少し妬けるな」

と苦笑交じりに言えば、稲はつんと唇を尖らせて、

「私は、信之さまと幸村さまにいつも妬いてました!」

ぷいっと拗ねてしまう。
そんな稲の脇に寄り添い、そっと頭を引き寄せ、肩を抱く。

「――いよいよですね」

ぽつり稲が言う。信之は答えない。
もう12月に入った。上田城を昌幸と幸村が出るのは12日。
あれから、まだふたりとは会っていない。
けれど、文箱を受け取っていた。真田一族が武田家、織田家、豊臣家、そして、三成から受け取った書状は入っていた。自分の血筋でそれを保管しろ、ということらしい。
なかなか厄介なものであるか信之は素直に受け取った。




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