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2024/11
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雨の日だった。昼間だというのに空は暗く、雷鳴が疾風に轟く。

――あぁ、もう嫌だ。

誾千代は、苛立つ。腹の底から沸々と沸き立つ怒りのまま、宗茂を睨みつけるが、宗茂がそれに臆することはなく冷静に、いや、ただ面白そうに頬に笑いすら浮かべている。そのくせ、苛立った誾千代が自分から視線をそらそうとするのは許さない。執拗に誾千代の目を追いかけ、執拗に笑いかけ続ける。

「お前は立花をどうするつもりだ!」

こうして声を荒げるのは、何度目だろう。
秀吉死後、朝鮮へ渡っていた諸将は帰国した。宗茂もその中のひとりだ。
再び世が揺れ始めた。戦の気配がひしひしと足音を立て、不穏な動きを見せていた徳川家康に対し、石田三成が挙兵。
徳川家康につくか。石田三成につくか。
立花が一陪臣から、大名になったのは、大友宗麟の声掛けがあったものの秀吉のおかげ。
義を重んじて、石田三成に――と宗茂が言う。
冷静に勝算を考え、徳川家康に――と誾千代が言う。
真っ向から意見が分かれた二人は、対立を深める。

「お前は三成が負けると決め付けているのか?」
「あぁ、そうだ。状況を、世情をよく見ろ!」
「俺がいてもか?」
「自惚れるな!!」

苛立ちと悲しみと情けなさが混ざり合った怒りで、誾千代は両の拳を宗茂へと振り上げて、留まる。
そして、睨み合う。

「お前は――」

と宗茂が唇を開いた。にやりと唇を歪めている。

「お前は自分の思う道をいけばいい」

優しさとも、突き放したとも取れるような不思議な声だった。誾千代の片頬と片眉が歪む。

――あぁ、嫌だ。嫌だ、嫌だ!

胸の奥で叫ぶ。感情のままに泣き立てることができる性格ならどんなに楽だろう。下唇をぎりぎりと噛み締め、血が滲んでも噛み締める。

「俺は、俺の思う道をいく」
「立花を――分かつつもりか?!」

宗茂は答えない。

――共に戦場に立っている時こそ、互いを素直に感じられるのではないですか?

八千子の言葉を思い出す。
しかし、共に戦場に立つことすらもう叶わぬのではないか。
握りしめたままだった拳に宗茂が、感情のない顔をして手を伸ばしてきたので、咄嗟に誾千代は身を翻す。
雨の中、柳川城は黒々と、雷鳴を背に聳え立つ。
誾千代は、雨音に閉ざされた部屋の中から逃れる。



ひとり居間に戻ると、八千子がぽつんと隅に控えていた。誾千代の気配に気付いて顔を上げた八千子は、

「徳川だそうです」

のんびりとした口調で言った。
誾千代がいろいろと神経を尖らせながら過ごしている中、そののんびりさ羨ましくも思い、はぁと溜息が自然と溢れる。八千子の縁者である細川家は、徳川につく。細川家かららしい文を誾千代に差し出すので、無言で受け取り、目を通す。
立花家も徳川につくように説得を、と遠まわしに書かれている。二度ほど読み返して文を八千子に返す。

「お前は自分の思う道をいけばいい」
「俺は、俺の思う道をいく」

胸が、きりりと痛む。
帰る場所が一緒だと思っていた。けれど、違うらしい。
胸の奥で、いや、たましいの奥で、誰かが笑っている。けれども、泣いてもいる。

「――・・・」

ぽつり呟いた言葉は、響き渡った雷鳴によって消された。


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