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「結局、俺のすることに反対したいだけじゃないのか」

ぽつりと落ちたそれは、宗茂のひとり言のような言葉。
が、律儀にもそれを拾い上げたのは由布。真っ直ぐに宗茂を見て、言いたいことがあるのなら、きちんと言え――と視線で促す。
その視線を、宗茂はまず、黙ったまま受け止め、それからふっと笑うと、

「誾千代は、俺のすることに反対がしたいだけではないのか?」
「ふざけるな!」

宗茂が言い終わらないうちに、誾千代が声を上げる。
鋭い声。怒気が空気を震わせる。
秀吉死後、不穏な動きを見せていた徳川家康に対し、石田三成が挙兵。
三成から届いた書状に、立花でも評定が開かれた。
徳川家康につくか。
石田三成につくか。
家臣たちも、いろいろな意見が飛ぶ。
立花が一陪臣から、大名になったのは、大友宗麟の声掛けがあったものの秀吉のおかげ。
義を重んじて、石田三成に――と宗茂が言う。
冷静に勝算を考え、徳川家康に――と誾千代が言う。
ふたりの意見が分かれる。
それを、宗茂は

「誾千代は、俺のすることに反対がしたいだけではないのか?」

と言うのだ。

「ふざけるな!そのような個人的感情に流されるわけがなかろう!立花の誇りが許さん!」
「俺は、俺なりに立花の誇りを重んじて、石田三成につくことに決めた」
「それが立花の――」

誾千代さま、と静かだが、呼ばれた者を黙らせるだけの力のある声をあげたのは由布。

「私は、おふたりを近くで見て参りました。」

一度、ゆっくりと瞬きをして、宗茂と誾千代を交互にゆっくりと見回し、

「おふたりは、お互いによく、互いを構うとは珍しい、と申しますが、それは常々本当は互いに互いを、構い合いたい、構って欲しいのではありませんか?」

宗茂が誾千代を見れば、わななく唇を噛み、恨みがましそうに由布を見ている。

「今こそ、ご夫婦でじっくりと、立花の為に話し合うべきではないではないでしょうか?ご夫婦で」

夫婦の不穏な空気に、今まで成り行きを沈黙の中、見守っていた他の家臣たちも、由布の意見に頷く様子を見せている。

「我々は、結論を――ご夫婦で出された結論を待ち、それに従う心つもりです」

ご夫婦で――と強調する由布に宗茂は苦笑し、誾千代は眉根をきつく寄せ、唇を閉ざしている。

「だ、そうだ。どうする?」

皮肉にも聞こえる声音で、宗茂は誾千代に問う。
誾千代が何か言うのを、宗茂は待った。
しかし、静寂が流れるだけ。
やがて。
誾千代は、くるりと背を向けて、さっさと部屋を出て行った。
誾千代の足音が遠のけば、室内の緊張が解かれる。ほっと肩で息をした宗茂に、

「あのような態度をされれば、誾千代さまが素直に話し合おうとするわけではありませんか」

由布が非難するかのように、子供を庇う親のような目でキッと睨んでくる。
宗茂は、クククッと喉を揺らして笑う。

「由布は、何が何でも誾千代の味方をすると思っていたが」
「ええ、そうですよ」

平然と涼しげに由布は、答える。

「だからこそ、ご夫婦で話し合っていただきたいのです。前にも申したでしょう?素直に肯定が出来ないだけで、心根はとてもお優しい」

以前は、知っている――と答えられた言葉に、宗茂は苦笑する。けれど、目だけは笑っていない。笑えない。




水面が、夕陽に光っている。
きらり、川は季節の淡さを吸って、輝く。
光った川の色が、もう取り戻せない過去のようで、眩しくて宗茂は瞼を細めた。ゆっくりと、ゆっくりと川に沿って歩けば、その輝きの中から現れた人がいた。
誾千代だ。
宗茂は、細めた目で、真っ直ぐに妻を見つめた。
誾千代も、その視線から逃れようとせず、応えた。
そのくせ、互いの唇に言葉を浮かばせない。
そのまま、視線を反らせ合った。そして、川を眺めた。
長いような短いような時間が、経った後。

「世が変わるな」

宗茂が言った。

「死ぬかもしれぬな」

誾千代が答えた。

「怖いのか?死が」

ふたりは、硬く視線をからめあった。

「本望だ!立花の誇りを示せるのならば」
「餓鬼だな。死を誇るな。生きろ。俺は死なない。」
「いや、死ぬな。お前がいつも私の先を行く」

どうかな、と宗茂は軽く笑う。川の流音が、それに絡んで切なく揺れた。

「俺はいつもお前の上を行く」

その言葉に、誾千代は一瞬、睫を伏せて、けれども強い瞳で宗茂を見た。

「さらばだ」
「あぁ」

再び、視線が絡み合う。
睨みあうわけではなく、ただ互いの瞳を覗き込むように目を合わせる。

これから――。
これから、互いの道がどうなるのか。このまま分かり合えないままなのだろうか。
切なさに揺れる運命を見つめ合う。


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