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2024/11
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誾千代は脇息に凭れたまま、じっと瞼を閉じていた。
障子を閉ざした部屋は光も入らず、薄暗い。廊を行き来する人の足音が近づいては遠ざかるのを聞いていた。控えめな足音が近づき、部屋の前で止まった。
違う、とぽつり呟きを落としたと同時に、障子が開く。
誾千代は、庭から入り込んできた光の眩しさに、眉根を歪ませる。

「これは珍しい。いらっしゃるとは思わず失礼しました」

重い眉をゆるゆると持ち上げると、視界に飛び込んできたのは逆光の眩しさと、風呂敷を抱える侍女の姿。

「締め切っていて、暑くないのですか?」

侍女が障子を開き切ると、部屋に風が入り込んでくる。
もつれた髪をかき上げれば、すすっと誾千代の脇に近づいた侍女が、まじまじと顔を覗き込んでくる。

「なんだ?」
「いえ、具合でもお悪いのかと思いまして・・・。誾千代さまが大人しくなさっているのがなんだか・・・」
「おかしいとでもいうのか?」

神妙に頷く侍女に、誾千代は苦笑する。
なんでもないのでしたらいいのですが、と侍女は言うと、傍らに置いた風呂敷を開く。

「繕っておきました」

侍女は誾千代の稽古着を手に取る。

「あぁ、有難う」
「稽古も大切ですが、御身も大切になさってくださいね。繕いものをしていると、どれだけきつい鍛錬をなさっているのか分かります」
「分かっている。手間をかけてすまない・・・」
「謝っていただ・・・、誾千代さま?」

謝っていただこうなど、と言葉を繋げようとした侍女だったが、小首を傾げる。
ほんの一瞬ハッとした顔をした誾千代だったが、それもはらりと消えて、ふふっと頬を自嘲気味に揺らした。

「礼も謝罪も」
「えっ?」
「なぜ言えないのだろう」

侍女は、ますます首を傾げる。

「言えているではありませんか?」
「宗茂に言えない。」
「あっ、あぁ」

合点がいった侍女は、くいっと首を元に戻す。

「喧嘩でもなさいました?」
「――」

誾千代の無言を肯定と受け取った侍女が見てくるのを、誾千代はゆっくりと視線を滑らせて、逃れていく。
その様子に侍女は、ふふっと頬を揺らす。

「原因は何でしたの?」
「――覚えていない」
「覚えていない?」
「些細なことでつっかかって、あいつに鼻で笑われて」
「それで怒っているうちに、何で怒っていたのかお忘れになった?」

黙ってしまった誾千代に、侍女はまなじりを下げる。

「宗茂さまのことですから、気にされていないのではないのですか?ですから気に病むことはないかと」
「――それはそれで癪に障る」
「あ、あらあら、まぁまぁ」

ほほっと笑えば誾千代に睨まれて、侍女は頬に笑みを残したまま肩をすくませてみせる。
が、すぐにパンッと両手を叩くと、

「こんな薄暗い部屋に閉じこもっているのがいけないのですよ。外に出て稽古でもなさればいいです!気分も変わりますよ」
「体を大切にしろ、と言ったではないか」
「ほどほどになさってください、という意味です。さぁさぁ」

誾千代を立ち上がらせようと腕を掴んだその時。
ぴくりと誾千代の体が震えた。侍女は瞼をぱちくりとさせる。
何かを感じ取ったらしい。
誾千代のへの字に結んだ唇と、歪んだ眉を見つめながら。
武将として戦場に出ていらして気配を感じるが常人より優れているとはいえ、よく分かるものだ、と侍女は関心してしまう。

「宗茂さまですか?」
「――」

掴んでいた誾千代の腕を解けば、今度は逆に掴まれる。まだこの部屋にいろ、と云っているらしい。

「私はまだ仕事が残ってますので」
「待て」

すっと誾千代の手を解き、侍女は素早く立ち上がると、踵を返した。
名を呼ぶ声が聞こえたが気付かない振りをして、折れ曲がった廊を行けば、そこで初めてキシッを板を軋ませる宗茂の姿があった。軽く頭を下げてすれ違い、ふふっと侍女は笑う。


「結局、夫婦喧嘩は犬も食わない、ということですよ、誾千代さま」





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