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2024/11
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家康は小山評定の後、江戸にいた。
そこへ信幸より、孫六郎と仙千代が送られてきた。
孫六郎のことは聞いて知っていたが、次男までは想定外だった。
兄の背に隠れてしまう仙千代は、稲が産んだ子供である。
家康にとって稲は、自身の養女であり家臣の娘であるだけでなく、大切な戦力。
沼田城の一件ももう聞いている。
そして、その指示をした信幸に稲を――。

「くれてやるだけの価値はあったな」

仙千代の顔をじっと覗き込みながら言えば、意味が分からない仙千代は初めて会う家康を不安気に見上げたかと思うと、兄に助けを求めるように手を伸ばす。
孫六郎がその手を握ってやり、

「仙千代もこんぺい糖を食べれるようになったよ」

とにこりとする。だから、一緒に来たの、と言うのだ。
おぉ、そんな約束をしていたな、と家康は笑いながら、幼いながらに孫六郎のその記憶力の良さに驚いたが、それも信幸が言わせたものだろうかとも思った。





コトッと小さな音をたてて、筆を置く。
自分でしたためた机上の文を見ながら、稲は溜息を落とす。

「立花さま・・・」

立花家が西軍についた――信幸より教えられた。
細川忠興から頼まれたといわれ、稲は筆を取ったが、これで誾千代を動かせるとは思っていない。受け取った誾千代も、気持ちは有難いが、というだけだろう。
誾千代は立花家の誇りを、矜持を守る為にもきっと。
分かっている。
分かっているけれど――大切なものを失いたくない。
だから、何かしたい。
忠興もそういう心境なのだろう。
再び溜息を落とした時、急に胸がキリキリ痛んだ。苦しくなった。
聞こえてくる喧騒は、戦の準備をするものばかり。
先日までは――。
子供たちの賑やかな声が響いてた城が今は――。

「信幸さま・・・」

あれから、忙しい信幸とはほとんど話をしていない。
あの時、見せた信幸の無機質な瞳。怖いと感じた双眸。
その視線に縛られて動けなくなるような。
そんな信幸の目。
あの瞳に――。
あの瞳にいつも自分が映っていない。そんなことは分かっていた。
けれど――初めて自分をしっかりと捕らえてくれたかと思えば、あんな無機質な瞳。
信幸さまのお心を、捕らえることは自分には無理なのだろうか?
傍にいても、幻のようにどこかに行ってしまいそうで、気持ちがここにない。
いつも信幸は優しい。それは誰に対してもそうなのだ。
けれど、その瞳は遥か遠くを見ているようで、陽炎のようにふと消えてしまいそうな。

信幸は一体、何を見ているのだろうか?
真田家のことだけを見つめているのだろうか?






夢、だという自覚が幸村にはある。
なぜなら、自分の姿が見えていて、それが子供の頃の自身だから。
これは、甲府に兄が人質として行ってしまった時の記憶だ。
城内を走っていた。
よく磨き上げられた廊は子供には滑りやすくて、転びそうになりながら走った。

兄上は――?!

まずは侍女に聞いた。侍女は曖昧に笑うだけ。
だから、母の部屋に向かった。そこには父もいた。
突然現れたのにも関わらず驚きもしない父母。

兄上は――?!

母の膝に手をおいて、見上げて尋ねた。

「弁丸が寝ている間に、甲府へ向かいましたよ」
「――っ!!」

いつも同じ部屋で寝ていた。
昨晩は、なかなかこない兄を待って、床の上で膝を抱えながら、うとうとしていたのだが、そのうち眠ってしまったらしい。
けれど、朝起きたらきちんと布団の中で寝ていた。
きっと兄がしてくれたのだろうと思った。いつもそうだから。
それから、隣を見れば――乱れのない布団があるだけ。
だから、驚いて駆けてきたのだ。

「もう兄上は・・・」

もう無駄だと分かっているのに後を追おうとして、くるり向きを変えた瞬間、父に手を取られて、そのまま転がった。

「もう無駄だ。追い付けやしない」

転んだ弁丸だったが、それでも再び立ち上がって、母の部屋を駆けていく。
城門まで行って足を止めた。
はぁはぁ、と息が上がっていた。
兄上、と呼吸が整わない中、呟く。

兄上――。

どうして僕に何も言ってくれないで行ってしまったの?!

わんわん泣いた。
兄が恋しくて泣いた。
本当は――こっそり隠れて一緒に甲府に行くつもりだった。
だって、兄上には自分がついていてあげないといけないから。
もしかして、兄はそれに気付いていたのだろうか?
泣きながら思った。

兄上、兄上――。


そこで目が覚めた。額にじっとりと汗をかいていた。
それを拭いながら、重い息を吐く。

「兄上・・・」

あの頃のように泣ければいいと思った。
今、子供の頃のように泣ければ少しは気持ちも楽になるのだろうか?
泣きじゃくる自分を慰めてくれた母も今は大坂。

今、幸村の胸を支配するのは悔しさ。
なぜ、兄上は――。
なぜ、父は――あんなことを言う。兄のことを見下してなどいない。
なぜ、三成殿は――私に挙兵のことを打ち明けてくれなかったのか。
打ち明けてくれたのなら、策を練ることができた。
沼田と上田で出来ることは多かった。
なぜ、なぜ、なぜ――。


早暁。
冷たい空気でも吸おうと寝所を抜け出し、空を見上げる。
まだ空の色は暗く、霧が揺れていた。月も太陽も見えない空。
この空は、ずっと続いている。

「沼田は、今どうしているのだろうか?」


幸村が呟いたその頃、信幸は手配を整え、沼田を出立した。




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