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「真田昌幸という男は信用できません」
信幸のその言葉に、一斉に皆の視線が信幸に集まったが構わず続ける。
「生まれました時より、真田昌幸の息子をやっておりますので、信用できない男であることはよく知っております」
「実父ではないか」
秀忠が言う。
「だからこそです。あの男は、自らの軍略、知略に自信を持っております。降伏することは決してありません」
秀忠を射抜くように真っ直ぐな信幸の眼光に、一瞬秀忠が怯んだのが分かった。
「だが――」
ちらり本多忠政―稲の弟―を見る。
秀忠軍と信幸の真田軍が合流した後、裏切った真田の上田を攻め落とすこととなり、小諸で評定が開かれた。
秀忠には徳川の譜代大名が集められている。
よって、その評定では信幸は身を置くだけの立場であったが、兵力、物資の消耗を防ぐために、まずは調略をもって制する、と決まり、信幸と忠政は上田に向かい降伏せよと説得するよう命じられた。
使者を送ると国分寺で会うことを申し出てきた。
その場に現れた昌幸は、髪を剃ってやつれた姿だった。
長い時間、話し合ったが――。
「降伏する、とは一言も言っておりません。我らが言うこと尤もだ、と言ったまでです」
「しかし、それが降伏するということではないのか?」
「降伏、という言葉を引き出せませんでしたことが、真田昌幸の答えかと思います。我らが言うことは尤もだと思うが、それを受け入れるとは言っていない。そういうことです」
鋭い声でそう言い、鋭く秀忠を見つめる。
「やつれて、後悔していると言っていたではありませんか」
忠政が言えば、
「使者を送ってからの数日飲まず食わずでいればやつれた姿は作れる。後悔しているとは――沼田を乗っ取れなかったこと」
「しかし――・・・」
「いくら論じても明日にならないと結果は分かりません。けれど、あの男はただで降伏することはないと思っていて下さい。今も篭城の準備をしているだけのことかと」
分かった、と秀忠は小さく言った。
言ってから、実父をそこまで・・・ぽつり零した。
それを聞いて、若い、と思った。秀忠が若いと信幸は思った。
その若さ故に、人を疑うことをまだ知らないのか?
まだ人に裏切られたことがないのか?
この若者は、決して凡人ではないが、まだ若い――。
そして、父を尊敬し敬っているから、信幸の言うことが頭では理解できても、感情として理解できないのだろう。
けれど、その真っ直ぐさが――幸村に似ている。
そう思った。
そう思った瞬間、ぐっと知らず下唇を噛んでいた。
それは血が吹くかと思うと荒々しさで、事実血が滲んで流れたのに秀忠が気付き、そっと目を反らす。
おそらく、父弟と袂を別ち、また、その父弟を疑わないといけない信幸に同情したのだろう。
信幸は、そのまま俯く。
幸村は今、戸石城に入っていると聞く。
上田城を攻めることになるならば、その支城として後詰めとなる最適な場所である。
「秀忠さま、お願いがございます」
信幸が言えば、秀忠はじっとその目を覗き込んでくる。
翌日。
上田城の降伏がないことが分かり、秀忠は上田城を進撃することを決めた。
そして、信幸は戸石城攻めが命じられた。
もう夏は熟れて落ち、初秋の風が水を冷たくする頃。
なのに、この夜はなぜか妙に暑い。
夜の風が風景を染め上げるが、夜風は涼をもたらさない。
悪意を感じるようなねっとりとした暑さが、肌に絡みついてくる。
眠れず、幸村が涼を求めて縁に佇めば、人の気配。
この気配は――。
この気配は知っている。
ここにいてはいけない人物の――。
ここにいるはずのない人物の――。
この戸石城には決していてはいけない。
条件反射として幸村は身構えるが、身動きはしない。
「なぜ――・・・」
幸村の声は低かったが、その呼吸に一分の隙もない。
「さすがだな」
その気配の主が楽しげに笑うのだ。
その笑い声がいつもとまったく変わらず、しかも、こちらを警戒すらしていなく。
「なぜ、兄上がここにっ!」
幸村が焦れた。焦れて叫んだ。
幸村の激情を受け止め、ふわりと信幸は笑うと、
「しかし、暑いな」
と言ったかと思うと、
「忍び込んだが、くのいちに見つかった。さすがだな」
褒めてやってくれ、とにこりとしてから、
「勝負しないか?」
そんなことを言う。言ってから、まぁ私がお前に勝てるとは思わないが、と苦笑する。
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信幸のその言葉に、一斉に皆の視線が信幸に集まったが構わず続ける。
「生まれました時より、真田昌幸の息子をやっておりますので、信用できない男であることはよく知っております」
「実父ではないか」
秀忠が言う。
「だからこそです。あの男は、自らの軍略、知略に自信を持っております。降伏することは決してありません」
秀忠を射抜くように真っ直ぐな信幸の眼光に、一瞬秀忠が怯んだのが分かった。
「だが――」
ちらり本多忠政―稲の弟―を見る。
秀忠軍と信幸の真田軍が合流した後、裏切った真田の上田を攻め落とすこととなり、小諸で評定が開かれた。
秀忠には徳川の譜代大名が集められている。
よって、その評定では信幸は身を置くだけの立場であったが、兵力、物資の消耗を防ぐために、まずは調略をもって制する、と決まり、信幸と忠政は上田に向かい降伏せよと説得するよう命じられた。
使者を送ると国分寺で会うことを申し出てきた。
その場に現れた昌幸は、髪を剃ってやつれた姿だった。
長い時間、話し合ったが――。
「降伏する、とは一言も言っておりません。我らが言うこと尤もだ、と言ったまでです」
「しかし、それが降伏するということではないのか?」
「降伏、という言葉を引き出せませんでしたことが、真田昌幸の答えかと思います。我らが言うことは尤もだと思うが、それを受け入れるとは言っていない。そういうことです」
鋭い声でそう言い、鋭く秀忠を見つめる。
「やつれて、後悔していると言っていたではありませんか」
忠政が言えば、
「使者を送ってからの数日飲まず食わずでいればやつれた姿は作れる。後悔しているとは――沼田を乗っ取れなかったこと」
「しかし――・・・」
「いくら論じても明日にならないと結果は分かりません。けれど、あの男はただで降伏することはないと思っていて下さい。今も篭城の準備をしているだけのことかと」
分かった、と秀忠は小さく言った。
言ってから、実父をそこまで・・・ぽつり零した。
それを聞いて、若い、と思った。秀忠が若いと信幸は思った。
その若さ故に、人を疑うことをまだ知らないのか?
まだ人に裏切られたことがないのか?
この若者は、決して凡人ではないが、まだ若い――。
そして、父を尊敬し敬っているから、信幸の言うことが頭では理解できても、感情として理解できないのだろう。
けれど、その真っ直ぐさが――幸村に似ている。
そう思った。
そう思った瞬間、ぐっと知らず下唇を噛んでいた。
それは血が吹くかと思うと荒々しさで、事実血が滲んで流れたのに秀忠が気付き、そっと目を反らす。
おそらく、父弟と袂を別ち、また、その父弟を疑わないといけない信幸に同情したのだろう。
信幸は、そのまま俯く。
幸村は今、戸石城に入っていると聞く。
上田城を攻めることになるならば、その支城として後詰めとなる最適な場所である。
「秀忠さま、お願いがございます」
信幸が言えば、秀忠はじっとその目を覗き込んでくる。
翌日。
上田城の降伏がないことが分かり、秀忠は上田城を進撃することを決めた。
そして、信幸は戸石城攻めが命じられた。
もう夏は熟れて落ち、初秋の風が水を冷たくする頃。
なのに、この夜はなぜか妙に暑い。
夜の風が風景を染め上げるが、夜風は涼をもたらさない。
悪意を感じるようなねっとりとした暑さが、肌に絡みついてくる。
眠れず、幸村が涼を求めて縁に佇めば、人の気配。
この気配は――。
この気配は知っている。
ここにいてはいけない人物の――。
ここにいるはずのない人物の――。
この戸石城には決していてはいけない。
条件反射として幸村は身構えるが、身動きはしない。
「なぜ――・・・」
幸村の声は低かったが、その呼吸に一分の隙もない。
「さすがだな」
その気配の主が楽しげに笑うのだ。
その笑い声がいつもとまったく変わらず、しかも、こちらを警戒すらしていなく。
「なぜ、兄上がここにっ!」
幸村が焦れた。焦れて叫んだ。
幸村の激情を受け止め、ふわりと信幸は笑うと、
「しかし、暑いな」
と言ったかと思うと、
「忍び込んだが、くのいちに見つかった。さすがだな」
褒めてやってくれ、とにこりとしてから、
「勝負しないか?」
そんなことを言う。言ってから、まぁ私がお前に勝てるとは思わないが、と苦笑する。
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