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「これが最後の交わりだとでもいうのか?」
火照った誾千代の身体をなぞりながら、宗茂は笑った。
誾千代は無言のまま、じっと夫を見た。
同じように妻を見れば、嫌そうな顔をして離れようとするので、宗茂は慌てて抱きこんだ。
「なぁ、誾千代。なぜ出ていこうとする?」
誾千代はまだ無言のまま。言葉を忘れたかのように黙り続ける。
誾千代が別居を言い出したのだ。
抱きこんだまま身動きひとつしない妻の首に、
「今、ここで俺はお前を殺せるのだぞ」
まるで今ここで殺してやるとばかりに手を回す。
「今のお前は無防備だ。そう思わないか?」
「それはお前も同じだ。私を抱く時、お前はいつも無防備だ。今なら殺せると幾度も思った」
ほんの少し誾千代が嗤った――ように見えた。
宗茂もゆらり笑う。
確かに閨で快楽に耽る人間ほど、無防備なものはない。
「抱き合う時、互いに命を握って合っているということか」
誾千代の首を締める手にほんの少し力を入れる。
「なぜ抵抗しない」
「お前に私が殺せるのか?」
そう言われ、本当に細くて頼りない首を、このままへし折ってやりたいような気分になる。
へし折って殺して、この女を自分だけのものにするのもいいかもしれない。
立花の誇りなど遠いところに押しやって、
感情のままに征服欲とか、独占欲とか、そういうものに流されるままにこの女を――。
めちゃくちゃに壊してしまいたくなるほど――愛おしい女を。
首元を押さえたまま、ぐっと床に押し付ける。
「抵抗してみたらどうだ?死ぬぞ」
反らされた顎に口付け、からかうように微笑む。
しかし、覗き込んだ誾千代の瞳は、驚くほど真っ直ぐだった。
僅かに瞠目した宗茂は、すっと手を放す。
「私達は今、互いの命を握り合ってるんだ。私を殺してお前が生きていられるとは思わない」
誾千代が言う。思わず、宗茂は口を噤んだ。
そのまま、視線を交差させていると、なぜか静まったはずの欲情が再び顔を覗かせる。
「お前は私の持っていたものをすべて持って行った。欲しいならくれてやる、この命」
「俺が欲しいのは命じゃない。分かっているのだろう?」
まだ誾千代は黙ってしまう。
「お前は、俺がすべてを持っていったと言ったが、まだ貰い受けていないものもある」
その耳元に口を寄せながら言う。
「本当に欲しいものをお前は俺に与えない。与えないどころか、俺からそれを奪うのはお前だ」
無言のまま、けれど、誘うように開かれた赤い唇に宗茂は吸い付く。
俺が欲しいのは――お前の心だ。それを奪うのも、またお前だ。
どうしようもない焦燥感が宗茂を襲う。
欲しい。欲しい。欲しい。
誾千代のすべてが欲しい――。
「お前は私のすべてを・・・」
宗茂の腕の中で、誾千代がぽつり言う。
――持っていっていることになぜ気付かない?
お前でなければこの肌の触れされることはしない。
――お前は私の持っていたものをすべて持って行った。欲しいならくれてやる、この命――
ふふっ・・・と誾千代が笑う。
「なぁ、誾千代。なぜ出ていこうとする?」
なぜって?
私が逃げれば逃げるほどにお前は追う。それが堪らなく面白いから。
そう言ったら、どんな顔をするのだろうか。
それを考えるのが堪らなく面白い。