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2024/11
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晩秋の夜半は、筆を持つ手がかじかむ。
両手をさすれば温かさは戻るが、すぐにまた冷えてしまう。
机に向かっていた稲は、諦めて、筆を置く。
続きは明日でもいい、と顔を上げ、後ろを振り返れば、目に入るのは夫の姿。信之は特に何をするでもなく、ただ座り込んでいるようにも見えるが、実は何か思いを巡らしているのだろうかと稲は思う。
じっと見れば、目が合う。

「続きは明日にします。何か――」
「特に何も」

短く信之が言う。それに稲も小さく頷く。
稲が書いていたのは、九度山にいる幸村への文。
幸村が九度山に行ってから、もう長い年月が流れている。
どういうわけか仲の良かった兄弟は、文を交わすことをしない。
幸村は近況などを稲に宛てて送ってくるので、稲がそれを夫に伝える。信之も昌幸とは文を交わしていたようだが、その父も死んでからは――。
幸村への文を書くとき、いつも夫に幸村に何か伝えることがないか、と問いかけるが、

「特に何も」

と返事はいつも決まっていた。
分かりきっていることなのに、稲はいつも同じ問いかけをする。
そして、信之もそれに同じ返事を返す。

「今年は寒くなりそうですね」

冷え切ってしまった手をこすりながら稲が言えば、信之が手を差し出してくるので、素直にその腕の中に稲は収まる。そして、顔を上向かせて、夫の顎から頬の線を観察するように見る。見慣れた夫の顔。けれど、

「少し痩せました?」

稲が問いかければ、信之は少し首を傾げるような仕草をして、そうですかね、と言う。
大坂の豊臣と再び戦が、という不穏な時勢。
信之も大変で、心労もあるのだろう、と稲は夫の頬に手を伸ばす。
けれど、その手を諌めるように信之は、稲の手をとり、そして、強く握ってきた。

「冷えてますね」

手を握られて、「義姉上は、いいですね。羨ましい」と言った義弟の声が思い返されて、稲は息がつまる気がした。それを振り払うかのように、頬に笑みを作り上げて、

「痛いです」

と信之に言えば、握られた手は緩められたが、離そうとはしない。
しばらくそうしていたが、あっ、と信之が小さく声をあげた。何事かと瞬きをした稲の顔を覗き込むように、

「大坂方が牢人集を集めているらしいです。きっと幸村にも」
「えっ?」

稲は、鞠が跳ねるように、夫の腕の中から飛び出すと、その前に背筋を伸ばして座り込む。

「では、文に大坂方につかないように、と」
「いいです」
「なぜ、・・・ですか?」

信之は、答えない。ただ黙る。
焦れた稲が、再び唇を開きかけた時、信之は僅かに口の端を吊り上げた。
何か言うのかと思えば、ただそれだけ。
吊り上げられた唇を信之は、笑みへと変える。

――もしかして・・・。

幸村は大坂方につくことを、信之さまは望まされている?

稲は、衣をギュッと握り締めた。





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