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2024/11
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一年という時間は、短いようでいて長い。
四つの季節を共有することによって、より深く相手のことを知ることができる、そんな時間だと思う。
だけど、やっぱり長いようでいて短くもある。
稲が、真田家に嫁いで一年。
だいぶ真田家のことも、夫である信幸のことも分かってきたつもりだった。
だけど――。

「違う」

ぽつり呟きを落とす。
落とした呟きに稲自身が驚き、口を覆う。声に出すつもりはなかった。

「何が違うのだ?」

信幸の問いかけに、

「いえ、今いただいたお酒の味が普段と違う気がしまして、その・・・、水が違うとやはり違うものなのだろうかと思ったもので、たいしたことではないのです」
「義姉上は、酒の違いが分かるほど、飲める方なのですか?」

幸村が言う。

「いえ、そんな・・・、あの、違います」

何をどう言うべきが、何を言っても言い訳でしかなく、稲は自分でもよく分からなくなってきてしまっていた。慌てた様子を見せた稲を、

「分かった分かった」

信幸が、笑いながら遮った。
沼田城を訪れてきた義弟である幸村と信幸が、笑い合いながら酒を飲んでいた。
久しぶりに会った兄弟は、再会を喜び、幸村が土産に持ってきた酒を飲み、昔話や世間話に花を咲かせ、笑い声をあげる。稲も、と言われて「少しだけ」と一緒に飲んでいた稲だったが

(違う、と思ったのは信幸さまのこと)

場を誤魔化すように、ちびりちびりとまた酒を口に含む。ちらり信幸を見れば、視線に気づいたのか、目に浮かんでいた笑いをさらに深めた。

(私に向ける笑顔と今、幸村さまに向ける笑顔は違う)

当然のことだ――理性では分かっている。
共に育った仲の良い兄弟。普段より気の抜けたような、緩い笑顔を見せるのは、心を許している証拠だろう。
だけど、私には向けてもらえない笑顔――。
一年で信幸のことはよく分かっていたつもりだったが、短いらしい。
いつか、あんな笑顔を私にも向けて下さるかしら。稲がそう思った時、

「しかし、兄上」

と幸村が言う。

「結婚して変わりましたね?」
「そうか?」
「義姉上がいるせいですかね?いつもより穏やかそうな、気が抜けたような、なんというか――」

その言葉に反応した稲の瞼が嬉しそうに瞬いたのに気付いた幸村は、かすかに眉を一瞬だけ悔しそうに歪めたように見えたので、稲は小首を傾げるが、

(普段より気の抜けたような、緩い笑顔を見せるのは私も一緒だから?)

稲の胸の奥で、きゅっ・・・・と鳴る音があった。甘苦しいようなものが胸に広がる。その音の余韻を抱えながら、稲は夫の横顔を見つめる。
信幸は、幸村に言われたことの自覚がないのか、右手で顎を触れながら、不思議そうにしている。
それから、ふっと頬に笑みを浮かべると、

「気が抜けたように見えるなら」

と唇を開いたので稲と幸村が、信幸を見ると、

「今、ここで何者か襲われても、ふたりがいるから平気だって思っているからかもな。頼もしい妻と弟がいるといいな」

とにっこりと微笑む。
思わず稲と幸村は、顔を見合わせて、それから苦笑を滲ませる。



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