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癇の強さ、気の強さ、素直ではない傲慢さ、それらは普通短所である。
けれど、それさえも人によっては、美点になるらしい。
が、しかし、
「宗茂、お前やる気あるのか?!」
キンッと突き刺さるような声が、宗茂の耳に弾ける。
こればかりはちょっと苦手だ、とその声の主――誾千代を宗茂が見れば、眉を歪ませ、その眉と同じ角度で唇さえも歪んでいる。
「お前は、いつもそうだ!やる気があるのか、ないのか!?人の話を聞いてるのか、いないのか分からない奴だ」
木刀を合わせている最中だった。
初めて会った日を思わせるような暑い日で、額にじっとりとかいた汗が、粒となり、瞼に流れた瞬間、宗茂の集中力が切れたのに気付いた誾千代が、声を上げた。
「聞いてるが、やる気が今はない」
しかし、暑いな、と言葉を続ける。
それに何か言おうとした誾千代が声を出すより早く、
「お前がぶっ倒れた日みたいだ」
と言えば、誾千代は鼻白んだらしいが、それでも、ふんっと顔を反らす。
しかし、それに目付け役なのか、仲裁係としてなのか、少し離れた場所でふたりを見守っていた由布惟信が、噴出すように軽く笑ったのを、誾千代がキッと睨みつける。
あれから、宗茂は立花城に招かれ、道雪に直接指導を受けられることは光栄だと、たびたび通うにようになったが、いつしかそれが「誾千代の婿候補」とほぼ決定事項のごとくなっていた。それに多少の戸惑いを覚えた宗茂だったが、何よりも驚いたのは誾千代が、それを受け入れているらしいことだった。
しかし、立花城に行けば、存在を無視される。
無視されるので、こちらも同じように応じれば、怒ったような態度を示す。
ならば、と声でもかければ、ふんッと鼻を鳴らして行ってしまう。なのに、こっそりとこちらを伺っている。だから、それを覗き込めば、もういない。
それなのに、急に近づいてきて、木刀を合わせろとか、弓の稽古やらに付き合えと云うこともある。
近づいたと思えば、するりと交わされる。掴もうと思えば、風のごとく消えてしまう。
珍しく近づいてきても、触れればピリッと静電気でも感じさせそうな傲慢さ。
立花城にくると宗茂は、かくれんぼでも鬼ごっこでもしている気分にさせられる。
宗茂は、陽射しに目を細めながら、誾千代を見る。それを不快そうに受け入れた誾千代に、
「お前は、俺が分からない奴だと言うが、俺もお前がよく分からない」
「――・・・」
「しかし、まぁ、よく分からないと思っている奴を、婿に受け入れる気持ちになったものだな」
先日、正式に立花家から高橋家に使者が送られてきた。
返事はまた返していないが、両者ともに暗黙の了解で受け入れることになっている。
宗茂の言葉に、誾千代の頬に珍しく動揺が、飛び跳ねる。
そんな誾千代に、静かに近付いてきた由布は、誾千代のそれとは正反対の、眩しすぎるほどの微笑を浮かべ、
「おふたりとも、喉が渇いたでしょう。水を用意させましょう」
と言うので、宗茂は誾千代を見る。
「塩を少々、砂糖を少し多めに、水に混ぜないと塩分は吸収されないんだったな?」
「お前という奴は」
「せっかくお前が教えてくれたことじゃないか」
のんびりした口調で宗茂が言えば、誾千代は無言のまま、背を向けて行ってしまう。
「あまり誾千代さまを、おからかいにならないで下さい。素直に肯定が出来ないだけで、心根はとてもお優しいのですから」
「――それは・・・、知っているつもりだ」
「そうですか。そうですね。ですから、立花に来てくださる」
「返事はまだ返していない」
「おぉ、そうでしたね。良い返事を家臣一同望んでおります」
由布は、にこやかに微笑む。
宗茂は、この由布惟信が少し苦手だった。立場上仕方ないことだとは思うが、いつも観察するように宗茂を見る。「立花家」の婿としてふさわしいか鑑定しているのだろう。
少しの沈黙の後。
「誾千代さまは、どこに行かれたのか」
また倒れていたら大変ですな、と由布は、誾千代の消えていった方へゆっくりと歩いていく。その背を見ながら、
(誾千代に、形ばかりの家督、と言ったが、結婚して誾千代から家督が譲られても)
「結局、俺が形ばかりの家督相続者になるんじゃないのか?」
家臣たちの気持ちは、誾千代にあるのだから、と宗茂は軽く地面を蹴り上げる。
【戻る】【前】【次】
けれど、それさえも人によっては、美点になるらしい。
が、しかし、
「宗茂、お前やる気あるのか?!」
キンッと突き刺さるような声が、宗茂の耳に弾ける。
こればかりはちょっと苦手だ、とその声の主――誾千代を宗茂が見れば、眉を歪ませ、その眉と同じ角度で唇さえも歪んでいる。
「お前は、いつもそうだ!やる気があるのか、ないのか!?人の話を聞いてるのか、いないのか分からない奴だ」
木刀を合わせている最中だった。
初めて会った日を思わせるような暑い日で、額にじっとりとかいた汗が、粒となり、瞼に流れた瞬間、宗茂の集中力が切れたのに気付いた誾千代が、声を上げた。
「聞いてるが、やる気が今はない」
しかし、暑いな、と言葉を続ける。
それに何か言おうとした誾千代が声を出すより早く、
「お前がぶっ倒れた日みたいだ」
と言えば、誾千代は鼻白んだらしいが、それでも、ふんっと顔を反らす。
しかし、それに目付け役なのか、仲裁係としてなのか、少し離れた場所でふたりを見守っていた由布惟信が、噴出すように軽く笑ったのを、誾千代がキッと睨みつける。
あれから、宗茂は立花城に招かれ、道雪に直接指導を受けられることは光栄だと、たびたび通うにようになったが、いつしかそれが「誾千代の婿候補」とほぼ決定事項のごとくなっていた。それに多少の戸惑いを覚えた宗茂だったが、何よりも驚いたのは誾千代が、それを受け入れているらしいことだった。
しかし、立花城に行けば、存在を無視される。
無視されるので、こちらも同じように応じれば、怒ったような態度を示す。
ならば、と声でもかければ、ふんッと鼻を鳴らして行ってしまう。なのに、こっそりとこちらを伺っている。だから、それを覗き込めば、もういない。
それなのに、急に近づいてきて、木刀を合わせろとか、弓の稽古やらに付き合えと云うこともある。
近づいたと思えば、するりと交わされる。掴もうと思えば、風のごとく消えてしまう。
珍しく近づいてきても、触れればピリッと静電気でも感じさせそうな傲慢さ。
立花城にくると宗茂は、かくれんぼでも鬼ごっこでもしている気分にさせられる。
宗茂は、陽射しに目を細めながら、誾千代を見る。それを不快そうに受け入れた誾千代に、
「お前は、俺が分からない奴だと言うが、俺もお前がよく分からない」
「――・・・」
「しかし、まぁ、よく分からないと思っている奴を、婿に受け入れる気持ちになったものだな」
先日、正式に立花家から高橋家に使者が送られてきた。
返事はまた返していないが、両者ともに暗黙の了解で受け入れることになっている。
宗茂の言葉に、誾千代の頬に珍しく動揺が、飛び跳ねる。
そんな誾千代に、静かに近付いてきた由布は、誾千代のそれとは正反対の、眩しすぎるほどの微笑を浮かべ、
「おふたりとも、喉が渇いたでしょう。水を用意させましょう」
と言うので、宗茂は誾千代を見る。
「塩を少々、砂糖を少し多めに、水に混ぜないと塩分は吸収されないんだったな?」
「お前という奴は」
「せっかくお前が教えてくれたことじゃないか」
のんびりした口調で宗茂が言えば、誾千代は無言のまま、背を向けて行ってしまう。
「あまり誾千代さまを、おからかいにならないで下さい。素直に肯定が出来ないだけで、心根はとてもお優しいのですから」
「――それは・・・、知っているつもりだ」
「そうですか。そうですね。ですから、立花に来てくださる」
「返事はまだ返していない」
「おぉ、そうでしたね。良い返事を家臣一同望んでおります」
由布は、にこやかに微笑む。
宗茂は、この由布惟信が少し苦手だった。立場上仕方ないことだとは思うが、いつも観察するように宗茂を見る。「立花家」の婿としてふさわしいか鑑定しているのだろう。
少しの沈黙の後。
「誾千代さまは、どこに行かれたのか」
また倒れていたら大変ですな、と由布は、誾千代の消えていった方へゆっくりと歩いていく。その背を見ながら、
(誾千代に、形ばかりの家督、と言ったが、結婚して誾千代から家督が譲られても)
「結局、俺が形ばかりの家督相続者になるんじゃないのか?」
家臣たちの気持ちは、誾千代にあるのだから、と宗茂は軽く地面を蹴り上げる。
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