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萩の花が、庭を這うように咲いている。戸が開けた部屋に、高い空を飛ぶ鳥の鳴き声が響く。
部屋に、入り込む風の冷たさに、耳が痛む。
宗茂は、胡坐をかいた自分の足裏を見つめ、いてぇな、と口腔で呟きをひとつ。
立花家に婿入りして、久しい。
領地を道雪の供で、歩いた。途中山中があり、柴栗を踏み、その殻斗が刺さった。思わず声をあげそうになったのを堪えたが、それに気付いた由布が駆け寄り、取ってくれるものかと思えば――。
「やはりあいつは苦手だ」
思い出して背筋が、ぞわっとする。
由布は、栗の殻斗を思い切り、宗茂の足裏に押し付けた。
瞬間、激しい痛みが走った。よく声をあげるのを堪えられたものだと宗茂は思う。
しかし、その後も痛む足を堪え、歩き続けた。それを、目の端をにやりと歪ませて、由布は眺めていた。
(婿に望んだのは立花だろう)
今まで客人として扱われていたのと、婿として立花に入ったのとでは全く違った。
立花家は厳しい。
高橋の家だって甘かったわけではないが、それ以上に厳しい。
が、それも「立花家」に、そして、立花道雪のひとり娘である誾千代にふさわしい人物にすべく、再教育をしようとしているのだろう。
誾千代自身、厳しく育てられていた様子だが、
「それがあいつを、ああいう性格にしたんじゃないのか?」
そんな気持ちにさせられる。
まだ痛む足裏を抱え、高く響く鳥の声に耳を傾け、ゆかしく咲く萩を見ていると、背後に気配がした。
誾千代だと振り返らずにも分かる。
無言のまま近づいてきた誾千代が、ある物を乗せた掌を宗茂に見せる。それは宗茂にとって、今一番見たくもないもの。宗茂の眉根が、濃く歪んだのを見て、誾千代の眉根も歪む。
「由布に、お前に見せれば面白い反応があるかもしれないと渡されたが」
「今、一番俺が見たくないものだ」
「栗が?」
事情までは聞いていないらしい誾千代が、不思議そうに栗を見つめる。
なので、簡単に説明すれば、誾千代は唇の端を楽しげに揺らしながら、殻斗を掴んで宗茂の前で揺らす。それを払うように手を揺らせば、今度はころころと床に転がしてきたので、それを転がし返す。
「あつく熱した粥を敵に投げつける戦法もあるが、お前にはこれを投げつければいいのだな。いいことを聞いた」
「――俺らが敵に別れることがあるのか?」
誾千代が、ふっと笑う。
笑えば、それを縁取る瞼が瞬く。瞼の奥にあるのはいつも人を睨んでいるような、妙な力と――何か気持ちを落ち着かせないものにする、不思議な何かを持つと以前に思った目。
近頃、不思議な何かが、何なのか宗茂は分かってきた。
艶だ。
その艶が、宗茂を落ち着かない気持ちにさせる。
癇の強さ、気の強さ、素直ではない傲慢さが縁取られている、誾千代の目。
普通は短所ばかりのそれらが、宗茂は好きである。
正直、それが愛だとか恋だのか、そういう気持ちから生じる「好き」なのかは分からない。
けれど、男というのは一度体を重ねてしまえば、その女には弱いのかもしれない。
初夜。うるさいほどの静寂が寝間を浸し、誾千代の指先は冷え切って動かず、けれど、その体は柔らかく温かった。静かな闇の中、誾千代の呻き声が聞こえ、目から痛みを堪える涙が零れた。
泣く誾千代をどうしていいのか分からず、自身も慣れない行為に余裕のない中、ただ出来たのは手を握ることだけだった。闇の中に光った涙を、導かれるように、そっと唇で拭えば、嫌がられるかと思いきや、握り締めた手が強く握り返された。
痛みに堪えるのに、ただ何かを掴みたかったのか、それとも――。
繋いだ手指の先から、何かが感じられないか期待したが、何も分からず。
今も分からないまま。
いつの間にか、隣に座った誾千代が、宗茂の足裏をじっと眺める。
殻斗が突き刺さった跡が残る足裏を、しばらくまじまじを眺めていた誾千代だったが、
「痛むのか?」
小さな声で問いかけてきた。
それに思わず、自分でもよせばいいのにと分かっているが、
「へー、心配してくれるのか?」
からかうように言えば、瞬間誾千代は立ち上がり、ふんっと鼻を鳴らすと、
「誰かお前なんかを心配するか!」
と吐き捨てるように言い放つ。
由布は「素直に肯定が出来ないだけで、心根はとてもお優しいのですから」と誾千代を評した。それを知っていると宗茂は答えた。
知っているのに、つい揶揄するような言葉を口にする自分も同類だ。宗茂は頬を薄く揺らす。
それをからかわれたと思ったのか、キッと誾千代は睨み、床に転がっていたままの栗を、宗茂に向かって、足で転がしてくる。
「行儀が悪い」
と言いつつ、宗茂は笑う。
笑いつつ、蹴った誾千代の足にも栗の殻斗が刺さったのか、一瞬だけ眉をひそめたのを見逃さなかった。
蹴れば痛いと見れば分かるだろうに、と思いつつ、痛いと口にせず、唇をツンと尖らせる誾千代に、喉を揺らして笑う。
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部屋に、入り込む風の冷たさに、耳が痛む。
宗茂は、胡坐をかいた自分の足裏を見つめ、いてぇな、と口腔で呟きをひとつ。
立花家に婿入りして、久しい。
領地を道雪の供で、歩いた。途中山中があり、柴栗を踏み、その殻斗が刺さった。思わず声をあげそうになったのを堪えたが、それに気付いた由布が駆け寄り、取ってくれるものかと思えば――。
「やはりあいつは苦手だ」
思い出して背筋が、ぞわっとする。
由布は、栗の殻斗を思い切り、宗茂の足裏に押し付けた。
瞬間、激しい痛みが走った。よく声をあげるのを堪えられたものだと宗茂は思う。
しかし、その後も痛む足を堪え、歩き続けた。それを、目の端をにやりと歪ませて、由布は眺めていた。
(婿に望んだのは立花だろう)
今まで客人として扱われていたのと、婿として立花に入ったのとでは全く違った。
立花家は厳しい。
高橋の家だって甘かったわけではないが、それ以上に厳しい。
が、それも「立花家」に、そして、立花道雪のひとり娘である誾千代にふさわしい人物にすべく、再教育をしようとしているのだろう。
誾千代自身、厳しく育てられていた様子だが、
「それがあいつを、ああいう性格にしたんじゃないのか?」
そんな気持ちにさせられる。
まだ痛む足裏を抱え、高く響く鳥の声に耳を傾け、ゆかしく咲く萩を見ていると、背後に気配がした。
誾千代だと振り返らずにも分かる。
無言のまま近づいてきた誾千代が、ある物を乗せた掌を宗茂に見せる。それは宗茂にとって、今一番見たくもないもの。宗茂の眉根が、濃く歪んだのを見て、誾千代の眉根も歪む。
「由布に、お前に見せれば面白い反応があるかもしれないと渡されたが」
「今、一番俺が見たくないものだ」
「栗が?」
事情までは聞いていないらしい誾千代が、不思議そうに栗を見つめる。
なので、簡単に説明すれば、誾千代は唇の端を楽しげに揺らしながら、殻斗を掴んで宗茂の前で揺らす。それを払うように手を揺らせば、今度はころころと床に転がしてきたので、それを転がし返す。
「あつく熱した粥を敵に投げつける戦法もあるが、お前にはこれを投げつければいいのだな。いいことを聞いた」
「――俺らが敵に別れることがあるのか?」
誾千代が、ふっと笑う。
笑えば、それを縁取る瞼が瞬く。瞼の奥にあるのはいつも人を睨んでいるような、妙な力と――何か気持ちを落ち着かせないものにする、不思議な何かを持つと以前に思った目。
近頃、不思議な何かが、何なのか宗茂は分かってきた。
艶だ。
その艶が、宗茂を落ち着かない気持ちにさせる。
癇の強さ、気の強さ、素直ではない傲慢さが縁取られている、誾千代の目。
普通は短所ばかりのそれらが、宗茂は好きである。
正直、それが愛だとか恋だのか、そういう気持ちから生じる「好き」なのかは分からない。
けれど、男というのは一度体を重ねてしまえば、その女には弱いのかもしれない。
初夜。うるさいほどの静寂が寝間を浸し、誾千代の指先は冷え切って動かず、けれど、その体は柔らかく温かった。静かな闇の中、誾千代の呻き声が聞こえ、目から痛みを堪える涙が零れた。
泣く誾千代をどうしていいのか分からず、自身も慣れない行為に余裕のない中、ただ出来たのは手を握ることだけだった。闇の中に光った涙を、導かれるように、そっと唇で拭えば、嫌がられるかと思いきや、握り締めた手が強く握り返された。
痛みに堪えるのに、ただ何かを掴みたかったのか、それとも――。
繋いだ手指の先から、何かが感じられないか期待したが、何も分からず。
今も分からないまま。
いつの間にか、隣に座った誾千代が、宗茂の足裏をじっと眺める。
殻斗が突き刺さった跡が残る足裏を、しばらくまじまじを眺めていた誾千代だったが、
「痛むのか?」
小さな声で問いかけてきた。
それに思わず、自分でもよせばいいのにと分かっているが、
「へー、心配してくれるのか?」
からかうように言えば、瞬間誾千代は立ち上がり、ふんっと鼻を鳴らすと、
「誰かお前なんかを心配するか!」
と吐き捨てるように言い放つ。
由布は「素直に肯定が出来ないだけで、心根はとてもお優しいのですから」と誾千代を評した。それを知っていると宗茂は答えた。
知っているのに、つい揶揄するような言葉を口にする自分も同類だ。宗茂は頬を薄く揺らす。
それをからかわれたと思ったのか、キッと誾千代は睨み、床に転がっていたままの栗を、宗茂に向かって、足で転がしてくる。
「行儀が悪い」
と言いつつ、宗茂は笑う。
笑いつつ、蹴った誾千代の足にも栗の殻斗が刺さったのか、一瞬だけ眉をひそめたのを見逃さなかった。
蹴れば痛いと見れば分かるだろうに、と思いつつ、痛いと口にせず、唇をツンと尖らせる誾千代に、喉を揺らして笑う。
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