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背中に、何かがぶつけられた。
その感触に、ぞくりと宗茂は、鳥肌がたちそうになった。振り返れば、そこには、誰もいない。
視界に広がるのは、紅葉を終えて葉を落とした木々。けれど、
「餓鬼が」
宗茂が、ふっと笑う。
わざと再び背を向けて見せれば、また背中に何かがぶつけられる。ころころと落ちたそれを、宗茂は見下ろす。栗だ。
苦々しく頬を引きつかせれば、再び栗が投げられる。
「誾千代っ」
宗茂が、呆れつつ名を呼べば。
ふふふっ、と笑いつつ、手に栗を手にした誾千代が、木の影から姿を現せる。再び投げつけようとしたので、止めろと眉根を歪ませれば、誾千代はニヤリと笑う。
「そんなに苦手か?」
「由布のおかげでな」
「ふーん」
「だから、止めろと言ってるだろう。当たれば結構痛いんだ」
「へー・・・、いいことを聞いた」
「持っていて痛くないのか?」
誾千代は、答えない。痛いのだろう。
前にもこんなことがあったな、と宗茂は思い出す。あの時は、誾千代は栗を蹴って、痛いのを堪えて、唇をツンと尖らせていた。
誾千代が突然、走ったかと思えば、すぐまたしゃがみ込む。栗が落ちているのを、拾っている。
近付いて、その背の後ろに立てば、
「――っ」
「ほれ、みろ。刺さった」
宗茂は、誾千代の後ろに膝をつくと、指に栗の殻斗が刺さった誾千代のほっそりとした手を取る。血も出ていない。たいしたことないらしい。けれど、手は離さない。誾千代も抗わない。
「痛みは?」
「一瞬、チクリとしただけだ」
「それではなく」
「もう痛みはない」
お前は思いのほか、心配性なんだな――誾千代が肩を揺らして笑う。
掴んでいた手をそのままに、彼女の肩ごと引き寄せて、後ろから抱きしめる。
関ヶ原の後、領地を失った宗茂らは、加藤清正の客将となって肥後の高瀬に住まいを世話してもらっている。
それが思いのほか、穏やかな日々なのだ。
炎に、敵に囲まれたあの時を思い出せば、嘘のような現実。
今日のように、遠乗りに出ることだって出来る自由すらある。
しかしまぁ、と宗茂は思い出すたびに思う。よく逃げ切れたものだ。記憶が曖昧になるぐらいに無我夢中で、突っ走った。それは誾千代も同じ。
柳川に、どうにかこうにか帰り着いた後。
誾千代が肩に怪我をしていた。それまで本人も気が張っていたのか気付かなかったらしい。
錆付いた矢か刀にでも、切られたのか、治りが遅かった。
「治ってよかった」
抱きしめた誾千代の首筋に、唇を寄せれば、ぴくりと誾千代の体が揺れる。
宗茂、と諌めるように言いつつ、周囲の気配を探っている。
「誰もいない」
「――・・・」
ほんの少し黙った誾千代だったが、唇の端から小さな笑いを洩らす。
どうしたのかと思えば、
「宗茂、お前は私が好きなのか?」
「はっ?」
唐突な問いかけに、間抜けな声を出せば、誾千代が声をあげて笑った。かと思うと、宗茂の腕の中から、もぞもぞを動いて、くるりと宗茂と向き合う。
「どうなのだ?」
ニッと笑った誾千代に、宗茂はふっと笑いを返す。
「誾千代、お前はどうなんだ?」
「聞いているのは私だ」
「お前が答えたら、俺も答えよう」
誾千代は、唇を閉ざして、じっと睨みつけるように見てくる。
いつも人を睨んでいるような、妙な力と気持ちを落ち着かせないものにする、 艶を持つ黒い目が、そこにある。
この目に、宗茂は弱い。
誾千代はその目で、掬いあげるように宗茂を見上げた。
唇を寄せようとすれば、誾千代が静かに瞼を閉じたので、寸前で止める。えっ、と誾千代が戸惑い瞼を開いた瞬間を狙って、唇を重ねれば、びくりと誾千代の体が揺れたので、押さえ込む。
「――・・・っ」
息がうまく吸えなかったのか、細切れに体を震えさせる誾千代の唇を、解放すれば。
「――っ!」
今度は、驚かされたのは宗茂。
誾千代が、宗茂の首に手を回して、自分から唇を重ねてきた。ぎこちなく唇を重ねてくる誾千代に、宗茂は胸が高まり、けれど、すぐに不安さえ感じる。
近頃の誾千代は、よく喋る。よく笑う。
時には無邪気なまでに。
誾千代が多弁になる時――それは、本音を押し隠している時。
哀しい気持ち、寂しい気持ちを紛らわせ、押し隠そうとしている時。
「さぁ、どうなんだ?」
「何が?」
「分かっているだろう?!」
「だから、お前が答えれば、俺も答える」
からかって笑えば、誾千代は恨めしそうに宗茂を見上げる。
けれど、傍から離れようとしない。その体を抱きしめれば、柔らかくて温かい。
手を握り、その手に唇を寄せる。
初夜のあの時のように、握った繋いだ手指の先から、何かが感じられないか期待するが。
偽りある者こそ、よく喋る――。
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その感触に、ぞくりと宗茂は、鳥肌がたちそうになった。振り返れば、そこには、誰もいない。
視界に広がるのは、紅葉を終えて葉を落とした木々。けれど、
「餓鬼が」
宗茂が、ふっと笑う。
わざと再び背を向けて見せれば、また背中に何かがぶつけられる。ころころと落ちたそれを、宗茂は見下ろす。栗だ。
苦々しく頬を引きつかせれば、再び栗が投げられる。
「誾千代っ」
宗茂が、呆れつつ名を呼べば。
ふふふっ、と笑いつつ、手に栗を手にした誾千代が、木の影から姿を現せる。再び投げつけようとしたので、止めろと眉根を歪ませれば、誾千代はニヤリと笑う。
「そんなに苦手か?」
「由布のおかげでな」
「ふーん」
「だから、止めろと言ってるだろう。当たれば結構痛いんだ」
「へー・・・、いいことを聞いた」
「持っていて痛くないのか?」
誾千代は、答えない。痛いのだろう。
前にもこんなことがあったな、と宗茂は思い出す。あの時は、誾千代は栗を蹴って、痛いのを堪えて、唇をツンと尖らせていた。
誾千代が突然、走ったかと思えば、すぐまたしゃがみ込む。栗が落ちているのを、拾っている。
近付いて、その背の後ろに立てば、
「――っ」
「ほれ、みろ。刺さった」
宗茂は、誾千代の後ろに膝をつくと、指に栗の殻斗が刺さった誾千代のほっそりとした手を取る。血も出ていない。たいしたことないらしい。けれど、手は離さない。誾千代も抗わない。
「痛みは?」
「一瞬、チクリとしただけだ」
「それではなく」
「もう痛みはない」
お前は思いのほか、心配性なんだな――誾千代が肩を揺らして笑う。
掴んでいた手をそのままに、彼女の肩ごと引き寄せて、後ろから抱きしめる。
関ヶ原の後、領地を失った宗茂らは、加藤清正の客将となって肥後の高瀬に住まいを世話してもらっている。
それが思いのほか、穏やかな日々なのだ。
炎に、敵に囲まれたあの時を思い出せば、嘘のような現実。
今日のように、遠乗りに出ることだって出来る自由すらある。
しかしまぁ、と宗茂は思い出すたびに思う。よく逃げ切れたものだ。記憶が曖昧になるぐらいに無我夢中で、突っ走った。それは誾千代も同じ。
柳川に、どうにかこうにか帰り着いた後。
誾千代が肩に怪我をしていた。それまで本人も気が張っていたのか気付かなかったらしい。
錆付いた矢か刀にでも、切られたのか、治りが遅かった。
「治ってよかった」
抱きしめた誾千代の首筋に、唇を寄せれば、ぴくりと誾千代の体が揺れる。
宗茂、と諌めるように言いつつ、周囲の気配を探っている。
「誰もいない」
「――・・・」
ほんの少し黙った誾千代だったが、唇の端から小さな笑いを洩らす。
どうしたのかと思えば、
「宗茂、お前は私が好きなのか?」
「はっ?」
唐突な問いかけに、間抜けな声を出せば、誾千代が声をあげて笑った。かと思うと、宗茂の腕の中から、もぞもぞを動いて、くるりと宗茂と向き合う。
「どうなのだ?」
ニッと笑った誾千代に、宗茂はふっと笑いを返す。
「誾千代、お前はどうなんだ?」
「聞いているのは私だ」
「お前が答えたら、俺も答えよう」
誾千代は、唇を閉ざして、じっと睨みつけるように見てくる。
いつも人を睨んでいるような、妙な力と気持ちを落ち着かせないものにする、 艶を持つ黒い目が、そこにある。
この目に、宗茂は弱い。
誾千代はその目で、掬いあげるように宗茂を見上げた。
唇を寄せようとすれば、誾千代が静かに瞼を閉じたので、寸前で止める。えっ、と誾千代が戸惑い瞼を開いた瞬間を狙って、唇を重ねれば、びくりと誾千代の体が揺れたので、押さえ込む。
「――・・・っ」
息がうまく吸えなかったのか、細切れに体を震えさせる誾千代の唇を、解放すれば。
「――っ!」
今度は、驚かされたのは宗茂。
誾千代が、宗茂の首に手を回して、自分から唇を重ねてきた。ぎこちなく唇を重ねてくる誾千代に、宗茂は胸が高まり、けれど、すぐに不安さえ感じる。
近頃の誾千代は、よく喋る。よく笑う。
時には無邪気なまでに。
誾千代が多弁になる時――それは、本音を押し隠している時。
哀しい気持ち、寂しい気持ちを紛らわせ、押し隠そうとしている時。
「さぁ、どうなんだ?」
「何が?」
「分かっているだろう?!」
「だから、お前が答えれば、俺も答える」
からかって笑えば、誾千代は恨めしそうに宗茂を見上げる。
けれど、傍から離れようとしない。その体を抱きしめれば、柔らかくて温かい。
手を握り、その手に唇を寄せる。
初夜のあの時のように、握った繋いだ手指の先から、何かが感じられないか期待するが。
偽りある者こそ、よく喋る――。
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