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衰えることを知らぬような激しい雨が、降り続けている。
昼過ぎは、まだぽつりぽつりしたものだったが、夜が近付くにつれて、激しさが増していく。雨音に耳を傾けつつ、この調子では、夜には雲が星をすっかり隠してしまうだろうと誾千代は、思う。
廊に立ち、そっと雨をすくいあげるように、手を差し伸べれば、
「催涙雨か」
背に声をかけられた。誾千代は、ちらり声の主――宗茂を見る。
「空のふたりもさぞがっかりしているだろう。年に一度しか会えないというのに」
「あのふたりは――」
雨の冷たさで冷えていく手を見ながら、誾千代が言う。
「遊び過ぎた結果、年に一度しか会えなくなった。自業自得ではないか」
ふっ、と宗茂が笑って、お前らしいな、とまるでひとり言のように言ったかと思えば、
「しかし、まぁ、遊んでいられるなら、遊んでいたいと思うのも人間の性ではないか?」
「お前は、そんな自堕落な男なのか?」
じろり誾千代が睨めば、宗茂は目と口許をにやりと揺らす。
「自堕落か分からないが、外の世界を見て回りたいと思っているがな」
「――立花をどうするつもりだ?」
「仮の話だろう。何、真剣に心配しているんだ、お前」
「別に心配などしていない!」
宗茂が、声をあげて笑う。
「お前、俺が旅に出て、帰ってこないとでも思っているのか?」
「違う!」
「あぁ、そうか。空のふたりのように年に一度会えるかどうかの――」
「違うと言っているだろう!」
誾千代は、ぷいっと顔を背ける。
気を静めようと昼間の温かさを飲み込んで、薄闇に冷え込む庭を眺めていたが。
まだ笑い続けている宗茂に、悔しさが募る。しかし、何か言ったところで、また笑われるだけ。
けれど、このままでは気が治まらない誾千代は、濡れた手についている雨の雫を、宗茂の顔面に吹き付ける。
思わぬ攻撃だったのか、珍しく目をクリっと大きくして驚いた顔をしている。
それに一瞬、誾千代も驚いたが、徐々に可笑しくなっていき、楽しげに笑い声を上げる。
「間抜けな顔をしているぞ」
けらけらと笑う誾千代に、我に返った宗茂が、悔しそうに眉根を歪ませれば、ますます誾千代は笑う。
普段と逆の立場になったことが、よほど嬉しいらしい。
宗茂は、顔についた雫を手で拭いながら、改めてその冷たさに驚く。宗茂が驚いたのは、誾千代の反撃ではなく、雨の冷たさ。
きっと誾千代の手は、もっと冷たいだろう。
「珍しいものを見た。これも年に一度見れるかどうかだな」
まるで勝ち誇ったかのように、得意気な顔をして、身を翻して自室へ誾千代が入った。
珍しいものを見た、と誾千代が言った。しかし、宗茂とて同じことを思っていた。
(あんな素直に笑った誾千代を見たのは、いつぶりだろうか?)
すっ・・・と視線を、雨に滑らせてみせる。
催涙雨。七夕の日が雨に降ると、空のふたりが会えぬ哀しみから流す涙だという雨。
「代わりに――」
唇に笑みを浮かべつつ、宗茂は呟くと、誾千代の部屋に入ると、静かに戸を閉める。
まだ明かりを灯していない部屋は、薄暗い。
誾千代が、戸を開けようとしたその手を、宗茂は掴む。
「何をっ!」
「手がすっかり冷えているじゃないか。温めて――」
「いらぬ心配だ!」
抗えない強さで、両の手首を掴み、向き合わせる。手だけではなく、視線もしっかりと捉えられる。
「離せ!」
「空のふたりが会えぬのなら、俺たちが代わりに仲良くしてやろうじゃないか」
「――っ!」
化粧気のない誾千代の顔が、赤く上気する。
離せ、と抗えば、その髪が宗茂の頬に触れる。
にやっと頬を揺らせば、誾千代の顔が不安気に揺れた。それに彼女の中の女を見つけて、宗茂は誾千代の体を抱きすくめる。
部屋に響くのは、催涙雨と女のか細い声――。
昼過ぎは、まだぽつりぽつりしたものだったが、夜が近付くにつれて、激しさが増していく。雨音に耳を傾けつつ、この調子では、夜には雲が星をすっかり隠してしまうだろうと誾千代は、思う。
廊に立ち、そっと雨をすくいあげるように、手を差し伸べれば、
「催涙雨か」
背に声をかけられた。誾千代は、ちらり声の主――宗茂を見る。
「空のふたりもさぞがっかりしているだろう。年に一度しか会えないというのに」
「あのふたりは――」
雨の冷たさで冷えていく手を見ながら、誾千代が言う。
「遊び過ぎた結果、年に一度しか会えなくなった。自業自得ではないか」
ふっ、と宗茂が笑って、お前らしいな、とまるでひとり言のように言ったかと思えば、
「しかし、まぁ、遊んでいられるなら、遊んでいたいと思うのも人間の性ではないか?」
「お前は、そんな自堕落な男なのか?」
じろり誾千代が睨めば、宗茂は目と口許をにやりと揺らす。
「自堕落か分からないが、外の世界を見て回りたいと思っているがな」
「――立花をどうするつもりだ?」
「仮の話だろう。何、真剣に心配しているんだ、お前」
「別に心配などしていない!」
宗茂が、声をあげて笑う。
「お前、俺が旅に出て、帰ってこないとでも思っているのか?」
「違う!」
「あぁ、そうか。空のふたりのように年に一度会えるかどうかの――」
「違うと言っているだろう!」
誾千代は、ぷいっと顔を背ける。
気を静めようと昼間の温かさを飲み込んで、薄闇に冷え込む庭を眺めていたが。
まだ笑い続けている宗茂に、悔しさが募る。しかし、何か言ったところで、また笑われるだけ。
けれど、このままでは気が治まらない誾千代は、濡れた手についている雨の雫を、宗茂の顔面に吹き付ける。
思わぬ攻撃だったのか、珍しく目をクリっと大きくして驚いた顔をしている。
それに一瞬、誾千代も驚いたが、徐々に可笑しくなっていき、楽しげに笑い声を上げる。
「間抜けな顔をしているぞ」
けらけらと笑う誾千代に、我に返った宗茂が、悔しそうに眉根を歪ませれば、ますます誾千代は笑う。
普段と逆の立場になったことが、よほど嬉しいらしい。
宗茂は、顔についた雫を手で拭いながら、改めてその冷たさに驚く。宗茂が驚いたのは、誾千代の反撃ではなく、雨の冷たさ。
きっと誾千代の手は、もっと冷たいだろう。
「珍しいものを見た。これも年に一度見れるかどうかだな」
まるで勝ち誇ったかのように、得意気な顔をして、身を翻して自室へ誾千代が入った。
珍しいものを見た、と誾千代が言った。しかし、宗茂とて同じことを思っていた。
(あんな素直に笑った誾千代を見たのは、いつぶりだろうか?)
すっ・・・と視線を、雨に滑らせてみせる。
催涙雨。七夕の日が雨に降ると、空のふたりが会えぬ哀しみから流す涙だという雨。
「代わりに――」
唇に笑みを浮かべつつ、宗茂は呟くと、誾千代の部屋に入ると、静かに戸を閉める。
まだ明かりを灯していない部屋は、薄暗い。
誾千代が、戸を開けようとしたその手を、宗茂は掴む。
「何をっ!」
「手がすっかり冷えているじゃないか。温めて――」
「いらぬ心配だ!」
抗えない強さで、両の手首を掴み、向き合わせる。手だけではなく、視線もしっかりと捉えられる。
「離せ!」
「空のふたりが会えぬのなら、俺たちが代わりに仲良くしてやろうじゃないか」
「――っ!」
化粧気のない誾千代の顔が、赤く上気する。
離せ、と抗えば、その髪が宗茂の頬に触れる。
にやっと頬を揺らせば、誾千代の顔が不安気に揺れた。それに彼女の中の女を見つけて、宗茂は誾千代の体を抱きすくめる。
部屋に響くのは、催涙雨と女のか細い声――。
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