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山の中は、すっかり夏の風情だった。
まとわりつくような暑さに、体が重くなってくるようだと誾千代は思った。
宗茂が、道なき道の邪魔な枝を払う音が響いているばかり。会話はない。
遠乗りに行こうと誘ったのは、誾千代。
馬を下りて山に入り、誾千代は宗茂の背を見つめながら、唇を閉ざしている。
何か話そう――と思っても、話の端が見つからない。宗茂との会話など普段は気にしたことなく、思ったことを口に出していたというのに。
じれったい思いを噛み締めたまま、山の中を行く宗茂の背を、追う。
ちょっと前まで身長も同じぐらいだったのに、もうすっかり抜かされて、体つきも「男」になっている宗茂。
ずっと胃の奥で沸々としていた何かが、一層高まるが、
「――そりゃぁ・・・」
ぽつり誾千代が落とした言葉に、宗茂が振り返る。
「何だ?」
「別に!」
ぷいっと顔を背ければ、鼻で笑われる。
それに誾千代の胃の奥の消化不良のような気持ち悪い何かが、一層沸き立つ。
――そりゃぁ、もう縁談のひとつやふたつ出ても可笑しくないか。
そう思うが、それを思うとギリギリと胸が締め付けれて、息苦しいような錯覚に陥る。
それがひどく気持ちが悪い。
なんで私が――きゅっ・・・と拳に力を込めた、その時。
突然、
「誾千代っ!」
と慌てた様子で、宗茂に名前を呼ばれた。
ハッとして顔を上げれば、その腕を引っ張られ、ふいを突かれた誾千代は、自然と腕の中におさまってしまう。
「な、何だ?!」
「なんだ蔦か」
「はっ?」
「お前の足元に蛇がいるように見えた」
宗茂は誾千代を解放すると、蛇に見えたという蔦を手に取って、ぐるぐると回している。
その様子がまるで「子供だな」と誾千代は宗茂に言う。
言いつつ、その口調が自然と早口になっていて、なおかつ、心の臓が妙に早く鼓動を刻んでいることに誾千代は、内心動揺する。
引っ張られた時の宗茂の腕。
それは温かくて、力強くて――だから、もうきっとそういう時期なのだ。
「お前に縁談の話があるそうだな」
誾千代が、言う。
最近、偶然耳にした。父と家臣たちが話をしているのが聞こえてきたのだ。
「縁談」「高橋」「宗茂に」そんな断片的に聞こえてくる会話のひとつひとつを、胸の中で並べてみれば、それは宗茂にどこかから縁談が持ち込まれた、ということだろう。
一瞬、驚いた様子だった宗茂だったが、すぐに瞳を緩ませて、
「そうらしいな。驚いた」
と呑気に言う。
その呑気さに誾千代の眉根が、歪む。
「お前は高橋家の嫡男だという自覚はあるのか?」
今度は宗茂の眉根が、かすかに歪む。
それを「さすがに自覚など、とうに持っている」と不快さが眉根に出たのだろうと誾千代は、思う。
だからといって謝るつもりにはなれなく、唇を尖らせる。
宗茂が結婚すれば、もうこんな風な時間を過ごすことは出来なくなる。
もうきっと時期なのだ――離れる時期。
「そうなると、もうこんな風に遠乗りに出ることは出来なくなるな」
「――なぜ?」
一瞬の間の後、宗茂が言う。
「当たり前だろう!自分の夫が、他の女と一緒にいるとなれば、妻はいい気はしないだろう?!」
誾千代の怒りに、宗茂は目をぱちくりとさせる。
心底驚いているように見える。
「何を驚いてる?」
「ふたつのことに驚いている。お前が他の女の女心とやらを心配していることと、俺の縁談相手を知らないらしいということに」
「はっ?」
「驚いた。うん、驚いた」
そんなことを言いながら、歩を進めだした宗茂の背を、誾千代は追う。
「別に――」
汗を拭いながら、追いかけて腕を掴んだ時。
「俺たちの関係は、ほんの少しだけ変わるだけだから、心配はない」
「誰が心配などしているか!」
ふーん、と唇をにやにやと緩ませる宗茂に、不快感あらわに誾千代が、
「お前の妻になる女は、可哀想だな」
と言えば、宗茂はふっ・・・と頬に微笑を浮かべ、
「それはご愁傷様」
とにっこりと笑う。
まとわりつくような暑さに、体が重くなってくるようだと誾千代は思った。
宗茂が、道なき道の邪魔な枝を払う音が響いているばかり。会話はない。
遠乗りに行こうと誘ったのは、誾千代。
馬を下りて山に入り、誾千代は宗茂の背を見つめながら、唇を閉ざしている。
何か話そう――と思っても、話の端が見つからない。宗茂との会話など普段は気にしたことなく、思ったことを口に出していたというのに。
じれったい思いを噛み締めたまま、山の中を行く宗茂の背を、追う。
ちょっと前まで身長も同じぐらいだったのに、もうすっかり抜かされて、体つきも「男」になっている宗茂。
ずっと胃の奥で沸々としていた何かが、一層高まるが、
「――そりゃぁ・・・」
ぽつり誾千代が落とした言葉に、宗茂が振り返る。
「何だ?」
「別に!」
ぷいっと顔を背ければ、鼻で笑われる。
それに誾千代の胃の奥の消化不良のような気持ち悪い何かが、一層沸き立つ。
――そりゃぁ、もう縁談のひとつやふたつ出ても可笑しくないか。
そう思うが、それを思うとギリギリと胸が締め付けれて、息苦しいような錯覚に陥る。
それがひどく気持ちが悪い。
なんで私が――きゅっ・・・と拳に力を込めた、その時。
突然、
「誾千代っ!」
と慌てた様子で、宗茂に名前を呼ばれた。
ハッとして顔を上げれば、その腕を引っ張られ、ふいを突かれた誾千代は、自然と腕の中におさまってしまう。
「な、何だ?!」
「なんだ蔦か」
「はっ?」
「お前の足元に蛇がいるように見えた」
宗茂は誾千代を解放すると、蛇に見えたという蔦を手に取って、ぐるぐると回している。
その様子がまるで「子供だな」と誾千代は宗茂に言う。
言いつつ、その口調が自然と早口になっていて、なおかつ、心の臓が妙に早く鼓動を刻んでいることに誾千代は、内心動揺する。
引っ張られた時の宗茂の腕。
それは温かくて、力強くて――だから、もうきっとそういう時期なのだ。
「お前に縁談の話があるそうだな」
誾千代が、言う。
最近、偶然耳にした。父と家臣たちが話をしているのが聞こえてきたのだ。
「縁談」「高橋」「宗茂に」そんな断片的に聞こえてくる会話のひとつひとつを、胸の中で並べてみれば、それは宗茂にどこかから縁談が持ち込まれた、ということだろう。
一瞬、驚いた様子だった宗茂だったが、すぐに瞳を緩ませて、
「そうらしいな。驚いた」
と呑気に言う。
その呑気さに誾千代の眉根が、歪む。
「お前は高橋家の嫡男だという自覚はあるのか?」
今度は宗茂の眉根が、かすかに歪む。
それを「さすがに自覚など、とうに持っている」と不快さが眉根に出たのだろうと誾千代は、思う。
だからといって謝るつもりにはなれなく、唇を尖らせる。
宗茂が結婚すれば、もうこんな風な時間を過ごすことは出来なくなる。
もうきっと時期なのだ――離れる時期。
「そうなると、もうこんな風に遠乗りに出ることは出来なくなるな」
「――なぜ?」
一瞬の間の後、宗茂が言う。
「当たり前だろう!自分の夫が、他の女と一緒にいるとなれば、妻はいい気はしないだろう?!」
誾千代の怒りに、宗茂は目をぱちくりとさせる。
心底驚いているように見える。
「何を驚いてる?」
「ふたつのことに驚いている。お前が他の女の女心とやらを心配していることと、俺の縁談相手を知らないらしいということに」
「はっ?」
「驚いた。うん、驚いた」
そんなことを言いながら、歩を進めだした宗茂の背を、誾千代は追う。
「別に――」
汗を拭いながら、追いかけて腕を掴んだ時。
「俺たちの関係は、ほんの少しだけ変わるだけだから、心配はない」
「誰が心配などしているか!」
ふーん、と唇をにやにやと緩ませる宗茂に、不快感あらわに誾千代が、
「お前の妻になる女は、可哀想だな」
と言えば、宗茂はふっ・・・と頬に微笑を浮かべ、
「それはご愁傷様」
とにっこりと笑う。
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