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昌幸の死後、上田に戻った家臣たちの空いた居住場所に突如転がり込んできた従兄弟の与右衛門に、幸村は戸惑っていた。
そんな幸村の戸惑いを気付いているはずなのに与右衛門は、
「しばらく置いておいてくれ」
とだけ言う。
何かあったのかと問いかけたが、曖昧に笑って誤魔化すだけで、答えようとしない。
※
九度山に来た時は、信之と幸村の異母弟の昌親と一緒だった。
昌親は四男で、関ヶ原の折やその以前からほぼ信之に従っている年の離れた末弟だ。
昌幸の葬儀の許可がおりなかったことなどの他色々な雑務を信之に頼まれて片付けに来たというわりには、来た時から昌親と不穏な空気で、それを昌親に尋ねれば、
「信之兄上に頼まれたのは私です。与右衛門殿は勝手についてきただけです」
と不機嫌さを顔に、言葉尻に隠さずに言った。
昌幸が荼毘にふされた場所で、死の間際の話を聞いていた時はしんみりとしていた昌親だったが、与右衛門のことを尋ねれば途端に不機嫌さを隠さずに、苦々しい顔をした。
「今の真田家があるのは信之兄上のおかげです。なのに父上が亡くなった途端に、嫡流を主張しだしたのです。信之兄上がどんな苦労をして今の真田家を築いて守ってきたのかを、近くで見ていて知っているというのにも関わらずです」
それを聞いた幸村は驚いた。
幸村は、伯父である信綱、昌輝が死んで、家督をなぜ昌幸が継いだのかなど今まで考えたことがなく、それが当然の流れだと思っていた。
昌親が言うには、幼かった為に昌幸の庇護下となったのは当然で叔父の昌幸には感謝しているが、その昌幸が死んだ今、嫡流として独立したいと言っているというのだ。それを受けて、信之は真田家を離れて独立して徳川に仕えるなら、その世話をすると話したそうだが話が拗れて、勝手に九度山に着いてきたというのだ。
「今の真田家は、信之兄上だからこそ信頼されて保たれている。何かあったらすぐにでも取り潰されても仕方がない家なのに」
そこまで言った昌親だったが、その原因が幸村であることにすぐに気付いたらしく、一度唇を閉ざしたが、空咳をひとつ。
「真田だけではなく、外様などは何かお家問題でもあったらすぐにでも改易されてしまう」
言葉を変えて言い直した。
思わず苦笑する幸村から目を反らした昌親にふと、
「兄上と鍛錬したことがあるか?」
「え?幼い頃に手ほどきをしていただきました。幸村兄上も一緒にしたではないですか?」
「負けた振りをされたことあるか?」
「そのようなあからさまな嘘はされたことありませんよ」
「そうか・・・」
ふっと唇に幸村は、薄い笑いを浮かべる。
昌親は、母も違い、年も離れていて、幸村自身が上杉や大坂に人質として行っていた期間が長かったため、幸村はあまり弟という感情が薄い。おそらく昌親も同じだ。信之に対しても兄と言うより臣下という立場に近いのではないかと思っている。
どこかで幸村は、兄弟は信之のみという気持ちがある。
与右衛門と一緒にいたくないという異母弟は、用事を片付けとさっさと九度山から帰ってしまった。
与右衛門は何も言わず、ただ九度山に残った。
※
真田の江戸屋敷にいた稲は、その突然の訪問に驚きの後、胸いっぱいに広がる不快感が眉に現れてしまったことに気付いたが、相手はそんなこと全く気にもならないのか、その視線は稲を通り越している。
「真田は?」
「突然のお越しですこと、藤堂様」
「いないのか?上田か?」
「登城しております」
踵を返して去ろうとしている藤堂高虎の背に、
「ご用件、私が伺っておきます!」
と言えば、高虎の足が止まり、振り返る。
「真田には私から直接伝えるが、言っておく。大坂が浪人衆を集めだした。幸村に注意しろ」
え、と稲が驚きを漏らすよりも早く、高虎の足音は遠ざかっていく。
※
江戸城の帝鑑の間。譜代や譜代格の控えの間。
信之が荒い足音に気付いて、そちらに視線をやれば、現れたのは藤堂高虎。
「私に御用のようですね」
「・・・そういえば、真田は譜代扱いか。」
「藤堂家よりは徳川家との関係は長いので・・・」
ずかずかと入り込み、信之に前に座った高虎と目が合う。
「大坂が浪人衆を集めていることでしょうか?」
「知っていたのか?」
「大御所様より書状をいただきましたので、再度上様に弟の赦免のお願いを申し上げるつもりで登城しました」
ちっ、と高虎の舌打ちが聞こえたので、信之は思わず頬に笑みが浮かぶ。
「ご心配ありがとうございます。高虎殿は真田を気にかけて下さいますね」
皮肉気な信之の言葉に、高虎は同じように皮肉気に唇の端を歪めるが、すぐにそれをおさめて、信之を見つめる。
「あいつ・・・、吉継を思い出す」
「・・・それは」
「あいつが西軍についた時、説得の為に向こうに忍び込んだ。あいつは笑ってた。真田、お前が徳川についたことを楽しんでいた。それも流れだと面白がっていた。」
「吉継殿が?」
「病を得ていたことは知っているな?」
信之は頷く。
「長くないことを知っていて楽しんでいた。もしかしたらあいつにとっては豊臣も徳川もどうでも良くて、ただ病の床ではない死に場所を求めていたのかもしれない。戦場で死ぬ。もちろん三成への友情もあったと思う」
「死に場所」
「真田の血を残せば遺恨となると言ったのは、どうせお前を誰も死なせやしないことは分かっていたからだ。ただ幸村は、生きていて何になると思った」
「けれど、生きていなければ何にもならない」
そうだな、と高虎は言うが、
「友と戦場で戦う。死に至らしめる。その時の気持ちが分かるか?死に場所を求めている友に相ふさわしい場所を与える気持ちが分かるか?」
「・・・」
数瞬。沈黙が流れたが、それを打ち破るように高虎が片膝をついて、ぐっと信之に近づき、その胸ぐらを掴む。
「お前にその覚悟があるか?ないなら意地でも幸村をとっ捕まえておけ!!」
手を離すと同時に、高虎は立ち上がると、信之を一瞥してから帝鑑の間を出て行く。