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それを耳にした時、自分には関係がないことだと思って聞き流していた。
けれど、共に朝鮮にいる友人の細川忠興が、ひどく心配し、何度も何度もそれを口にするので、宗茂も次第にそれが感染してしまったのか心配になった。
朝鮮出兵にあたり、秀吉は名護屋城内に諸将から人質をとった。
それも諸将の妻を人質に出せ、というのだ。
秀吉の女癖の悪さは有名だ。
忠興だけではなく朝鮮にいる諸将たちも秀吉の目的に気付いており、苦労しているらしい。忠興の妻は、美女と名高い上に、忠興は嫉妬深い。
「靡くなよ我ませ垣の女郎花 男山より風は吹くとも」
そんな和歌を妻に送り、注意しろと勧告したと聞いた。
秀吉が誾千代に興味を持っていたのは事実。
小田原でふたりで話している様子を盗み見ていた。
何を話しているのか分からなかったが、ふたりの間に流れる空気は和やかそうだった。何を話していたのか、口説かれたのか――そう問いただしたい気持ちは確かに今でもあるが、その後秀吉が誾千代のことを口に出す時は、まるで娘を心配する父親のような口ぶりなのだ。
事実、養女と誾千代が似ていると笑っていた。
けれど、念の為。
宗茂は誾千代に文を送る。
領民から持ち込まれた訴訟についての書状に誾千代は目を通していた。
意外に誾千代は、こういう内政などが苦にならない。
武芸を磨くことも大切だが、領主は領民を思いならないといけないと教えてくれたのは父だ。年貢のこと、領民から持ち込まれる訴訟などを裁きつつ、領地に残る兵たちの軍事演習を行わないといけない。思いのほか多忙だ。
今になって思う。
父はこれを望んでいたのかもしれない。
戦などは宗茂に、内政を誾千代に。
そう思っていたのではないか。
目が疲れ、ふと顔を上げて開け放たれた障子の外を見る。
誾千代の視界に広がる庭は、初めて彼女がこの庭を見た時と景観を変えていた。
「似ている・・・」
ぽつりと呟きを落とす。
誾千代が柳川城を出て行ってから、宗茂が手を入れたことは知っている。
目の前に広がる庭は、立花城のそれとそっくりなのだ。
しばらく庭を眺めていると、廊下から足音がして、部屋の前で止まった。
声をかけると、すっと侍女の春が顔を出しにこやかに、
「宗茂さまからお手紙でございます」
文を差し出す。
有難う、と言って受け取ると、その春は誾千代が一休みするだろうと思ったのか、部屋に入ると茶の準備を始める。
袱紗をさばき、さらさらと茶をたてる音が静かに部屋に響く。
それを聞きながら、誾千代は文を開く。
いつもの通り。
朝鮮での様子を伝える文。
けれど、今日は珍しく追伸があった。
宗茂の友人である細川忠興が妻に送った和歌だという、それが書かれていた。
「靡くなよ我ませ垣の女郎花 男山より風は吹くとも」
忠興の嫉妬心は相変わらずで、仮に秀吉に呼ばれても誾千代も仮病を使え、と茶化すようにそう書かれているけれど、宗茂が用心しろよ伝えていることだけは分かる。
誾千代は小首を傾げる。
太閤が女好きだということは誾千代とて知っている。
誾千代とて宗茂ほどではないが、外交に関する情報を仕入れている。
だから、その話は聞いていた。
けれど、自分に気があるとは思えないので、宗茂の心配が不思議で仕方がない。
小田原で初めて会った秀吉という人間に誾千代は好印象を持っている。
素直に心内を話す気になった人物。
狙いをつけていた、とは言われたが会ったところ好みでもなかったのだろう。
夫婦仲のことを心配されたぐらいだ。
さて、どうしたものか・・・。
先日太閤から呼び出しの文が届いたばかりなのだ。
ぽつりと誾千代が言えば、春が茶を差し出しながら、
「気になることでも書かれてましたの?」
「いや、・・・そうかもしれないな」
「どちらなんですの?」
くすくすっと春が笑うので、誾千代もかすかに頬を揺らす。
美しい女である。女の誾千代でさえ見とれる。
元は誾千代に仕えていたのを、その美貌から誾千代が宗茂付にした侍女。
見目麗しい女たちを宗茂付の侍女にしたが、その中でも彼女は宗茂に気に入られているがそれは、
「私がずっと誾千代さまにお仕えしていたから。ただそれだけ」
柳川城に戻ってきたところ、そんなことを言われた。
相変わらず宗茂が、誰かに手を出した様子は一切ない。
侍女として仕えている間、主人の手がつく可能性があるので、結婚は許されていない。無駄に年を重ねさせれは可哀想だ、そろそろどこかに縁付けてやらないと、誾千代はそう思った。
「さて、どうしたものか・・・」
再び同じ言葉を呟いた誾千代に、春が笑う。
【戻る】【前】【次】
けれど、共に朝鮮にいる友人の細川忠興が、ひどく心配し、何度も何度もそれを口にするので、宗茂も次第にそれが感染してしまったのか心配になった。
朝鮮出兵にあたり、秀吉は名護屋城内に諸将から人質をとった。
それも諸将の妻を人質に出せ、というのだ。
秀吉の女癖の悪さは有名だ。
忠興だけではなく朝鮮にいる諸将たちも秀吉の目的に気付いており、苦労しているらしい。忠興の妻は、美女と名高い上に、忠興は嫉妬深い。
「靡くなよ我ませ垣の女郎花 男山より風は吹くとも」
そんな和歌を妻に送り、注意しろと勧告したと聞いた。
秀吉が誾千代に興味を持っていたのは事実。
小田原でふたりで話している様子を盗み見ていた。
何を話しているのか分からなかったが、ふたりの間に流れる空気は和やかそうだった。何を話していたのか、口説かれたのか――そう問いただしたい気持ちは確かに今でもあるが、その後秀吉が誾千代のことを口に出す時は、まるで娘を心配する父親のような口ぶりなのだ。
事実、養女と誾千代が似ていると笑っていた。
けれど、念の為。
宗茂は誾千代に文を送る。
領民から持ち込まれた訴訟についての書状に誾千代は目を通していた。
意外に誾千代は、こういう内政などが苦にならない。
武芸を磨くことも大切だが、領主は領民を思いならないといけないと教えてくれたのは父だ。年貢のこと、領民から持ち込まれる訴訟などを裁きつつ、領地に残る兵たちの軍事演習を行わないといけない。思いのほか多忙だ。
今になって思う。
父はこれを望んでいたのかもしれない。
戦などは宗茂に、内政を誾千代に。
そう思っていたのではないか。
目が疲れ、ふと顔を上げて開け放たれた障子の外を見る。
誾千代の視界に広がる庭は、初めて彼女がこの庭を見た時と景観を変えていた。
「似ている・・・」
ぽつりと呟きを落とす。
誾千代が柳川城を出て行ってから、宗茂が手を入れたことは知っている。
目の前に広がる庭は、立花城のそれとそっくりなのだ。
しばらく庭を眺めていると、廊下から足音がして、部屋の前で止まった。
声をかけると、すっと侍女の春が顔を出しにこやかに、
「宗茂さまからお手紙でございます」
文を差し出す。
有難う、と言って受け取ると、その春は誾千代が一休みするだろうと思ったのか、部屋に入ると茶の準備を始める。
袱紗をさばき、さらさらと茶をたてる音が静かに部屋に響く。
それを聞きながら、誾千代は文を開く。
いつもの通り。
朝鮮での様子を伝える文。
けれど、今日は珍しく追伸があった。
宗茂の友人である細川忠興が妻に送った和歌だという、それが書かれていた。
「靡くなよ我ませ垣の女郎花 男山より風は吹くとも」
忠興の嫉妬心は相変わらずで、仮に秀吉に呼ばれても誾千代も仮病を使え、と茶化すようにそう書かれているけれど、宗茂が用心しろよ伝えていることだけは分かる。
誾千代は小首を傾げる。
太閤が女好きだということは誾千代とて知っている。
誾千代とて宗茂ほどではないが、外交に関する情報を仕入れている。
だから、その話は聞いていた。
けれど、自分に気があるとは思えないので、宗茂の心配が不思議で仕方がない。
小田原で初めて会った秀吉という人間に誾千代は好印象を持っている。
素直に心内を話す気になった人物。
狙いをつけていた、とは言われたが会ったところ好みでもなかったのだろう。
夫婦仲のことを心配されたぐらいだ。
さて、どうしたものか・・・。
先日太閤から呼び出しの文が届いたばかりなのだ。
ぽつりと誾千代が言えば、春が茶を差し出しながら、
「気になることでも書かれてましたの?」
「いや、・・・そうかもしれないな」
「どちらなんですの?」
くすくすっと春が笑うので、誾千代もかすかに頬を揺らす。
美しい女である。女の誾千代でさえ見とれる。
元は誾千代に仕えていたのを、その美貌から誾千代が宗茂付にした侍女。
見目麗しい女たちを宗茂付の侍女にしたが、その中でも彼女は宗茂に気に入られているがそれは、
「私がずっと誾千代さまにお仕えしていたから。ただそれだけ」
柳川城に戻ってきたところ、そんなことを言われた。
相変わらず宗茂が、誰かに手を出した様子は一切ない。
侍女として仕えている間、主人の手がつく可能性があるので、結婚は許されていない。無駄に年を重ねさせれは可哀想だ、そろそろどこかに縁付けてやらないと、誾千代はそう思った。
「さて、どうしたものか・・・」
再び同じ言葉を呟いた誾千代に、春が笑う。
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