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うた?
ぽろり零したように言う信幸に、隣に座していた幸村は、そっと「母上の妹」と耳打ちする。それで思い出したらしい信幸を幸村は、ちょっと呆れつつ、その横顔を見る。
お前は変わらないな、と信幸は言うが、幸村から見れば兄も変わらない。
昔から、しっかりしてそうでどこか抜けている。
それが時に本当なのか、そうでないのか微妙になるところもあり、だからこそ、目が離せないと思うのかもしれない。
居城に戻った兄弟は、身体を休める間もなく母である山手殿に呼ばれた。
山手殿はふたりを見るとすぐに、
「うたの結婚が決まったそうなの」
と告げた。うたは山手殿の年の離れた異母妹で信幸たちの方が年が近い。
けれど、信幸はうたを覚えていなかったらしい。
そんな信幸の反応など気付かなかったのか、気にならなかったのか分からないが山手殿は続ける。
「お相手は秀吉公の家臣の石田三成様とのことなの。お会いしたことある?」
石田三成、と聞いて驚いた幸村を山手殿は見つめる。
「もちろん、よく知ってますが――そうですか、へー・・・」
「どんな方なの?優しい?噂だと気難しそうなのだけど、うたはうまくやっていけるかしら?」
心配半分、好奇心半分といった様子の山手殿を信幸は、戦の中であろうと平和の世であろうと変わらない女の関心事なのだろうと見ていた。
山手殿は幸村に、石田三成のことを教えて貰いたいと思っている。
信幸は、石田三成と面識がない。
だから、別段ここにいなくてもいいのではないだろうか。
一応叔母の結婚報告は受けたのでそれだけでいいだろう。
そう思ったので、母上と声をかける。目線だけで応じてきた母に、
「叔母上の婚儀はめでたいです。おふたりの仲がうまくいけば幸いですが、私も稲姫と結婚したばかりの身ですので、そちらも大切にしなければいけませんので」
失礼します、言い終わらないうちに立ち上がった信幸に、幸村は「あっ」と声をあげる。逃げられた、と思った。あっという間に行ってしまった信幸に、もう、と軽く怒ったものの山手殿は、まなじりを優しくさげる。
「妻を大切にするのはいいことだから仕方ないわね」
幸村に、にこりと微笑めば、
「うたのことも心配なんだけど。幸村、あなたはどうなの?」
いい人いないの、とたたみかけて聞いてくる山手殿に、幸村は曖昧に笑って誤魔化しつつ、逃げた信幸をちょっと恨んだ。
※
弾かれたように稲は、縁に出た。
声が聞こえた気がしたのだ。
信幸が戻ってきて、山手殿に呼ばれてそちらに行っていることは知っていた。いつこちらに来るのだろうとばかり考えていると声がした。
だから、縁に出ると、確かに信幸の姿はあった。
庭に面した縁に信幸が立っていた。庭にはくのいちの姿。
「こっちにいたのか」
信幸が、くのいちにそう声をかけると、信幸の立つ縁の前にやってくる。
そして、軽く手招きをするので、段差がある為に信幸がしゃがみこむと、にやりと視線を稲へと向ける。稲はムッと眉が歪むのが分かった。
くのいちは明らかに、稲に気づいていて、稲をからかっている。
そんな挑発には乗るかと思いつつも、視線がふたりから目が離せない。
けれど、見ているとくのいちが信幸に何か渡しており、信幸はそれをじっと見た後に、懐にしまうのが分かった。信幸が立ち上がると、
「新妻がお待ちだよ~」
くのいちが言い、信幸は軽く笑って稲に振り向く。
「ただ今戻りました」
「お、・・・おかえりなさいませ」
思わずどもってしまった稲を、くのいちが笑うので軽く睨みつけると、怖いーと言いながらくのいちは、去っていく。
「くのいちと仲良くなったようですね」
「えぇ?!」
どこが仲良く見えたのだろうと稲は声を上げるが、信幸は気にならないのか部屋に入る。急いでその背を追いながら、あやめが言ったことを思い出す。
あやめは、退室する時。
そっと稲に近づいて、内緒話をするように耳元に唇を寄せ、
「男女の心の機微になど関心がない、そう申し上げましたが」
ふふふっと笑った後に、
「手は早いですからお気を付けくださいね」
と言うと、ちらりと連れている侍女のひとりに視線を滑らせる。
それを見て、稲は勘付く。信幸の手がついたことがある女なのだろう。
自分とも、あやめとも違う雰囲気の女。
胸の奥から這いのぼる不安にキュッと手を握る稲に、
「何かを求めても応じてはくれますが、こたえてはくれませんよ」
そう姉が妹に諭すようにあやめは言った。
そのことをぼんやりと思い返していると、
「どうかしましたか?」
そういわれ、ハッとする。いえ、別にと答えながら、信幸の顔をじっと見つめる。
この人のことを私は、まだ何も知らない。稲は改めてそう思った。
夫婦とはどういうものなのだろう。
どんな風に心を寄せ合っていくのだろう?
夫婦とはいえお互いに何も知らない者同士。
夫婦という言葉が浮いてしまうぐらいの間柄だけど。
稲は信幸が好きだ。彼に近づきたい。もっと優しさが欲しい。優しくしたい。甘さが欲しい。ぬくもりが欲しい。
そう思うことはいけないことなのだろうか?
そして、何よりも。
ねぇ・・・。
私を見てください。
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ぽろり零したように言う信幸に、隣に座していた幸村は、そっと「母上の妹」と耳打ちする。それで思い出したらしい信幸を幸村は、ちょっと呆れつつ、その横顔を見る。
お前は変わらないな、と信幸は言うが、幸村から見れば兄も変わらない。
昔から、しっかりしてそうでどこか抜けている。
それが時に本当なのか、そうでないのか微妙になるところもあり、だからこそ、目が離せないと思うのかもしれない。
居城に戻った兄弟は、身体を休める間もなく母である山手殿に呼ばれた。
山手殿はふたりを見るとすぐに、
「うたの結婚が決まったそうなの」
と告げた。うたは山手殿の年の離れた異母妹で信幸たちの方が年が近い。
けれど、信幸はうたを覚えていなかったらしい。
そんな信幸の反応など気付かなかったのか、気にならなかったのか分からないが山手殿は続ける。
「お相手は秀吉公の家臣の石田三成様とのことなの。お会いしたことある?」
石田三成、と聞いて驚いた幸村を山手殿は見つめる。
「もちろん、よく知ってますが――そうですか、へー・・・」
「どんな方なの?優しい?噂だと気難しそうなのだけど、うたはうまくやっていけるかしら?」
心配半分、好奇心半分といった様子の山手殿を信幸は、戦の中であろうと平和の世であろうと変わらない女の関心事なのだろうと見ていた。
山手殿は幸村に、石田三成のことを教えて貰いたいと思っている。
信幸は、石田三成と面識がない。
だから、別段ここにいなくてもいいのではないだろうか。
一応叔母の結婚報告は受けたのでそれだけでいいだろう。
そう思ったので、母上と声をかける。目線だけで応じてきた母に、
「叔母上の婚儀はめでたいです。おふたりの仲がうまくいけば幸いですが、私も稲姫と結婚したばかりの身ですので、そちらも大切にしなければいけませんので」
失礼します、言い終わらないうちに立ち上がった信幸に、幸村は「あっ」と声をあげる。逃げられた、と思った。あっという間に行ってしまった信幸に、もう、と軽く怒ったものの山手殿は、まなじりを優しくさげる。
「妻を大切にするのはいいことだから仕方ないわね」
幸村に、にこりと微笑めば、
「うたのことも心配なんだけど。幸村、あなたはどうなの?」
いい人いないの、とたたみかけて聞いてくる山手殿に、幸村は曖昧に笑って誤魔化しつつ、逃げた信幸をちょっと恨んだ。
※
弾かれたように稲は、縁に出た。
声が聞こえた気がしたのだ。
信幸が戻ってきて、山手殿に呼ばれてそちらに行っていることは知っていた。いつこちらに来るのだろうとばかり考えていると声がした。
だから、縁に出ると、確かに信幸の姿はあった。
庭に面した縁に信幸が立っていた。庭にはくのいちの姿。
「こっちにいたのか」
信幸が、くのいちにそう声をかけると、信幸の立つ縁の前にやってくる。
そして、軽く手招きをするので、段差がある為に信幸がしゃがみこむと、にやりと視線を稲へと向ける。稲はムッと眉が歪むのが分かった。
くのいちは明らかに、稲に気づいていて、稲をからかっている。
そんな挑発には乗るかと思いつつも、視線がふたりから目が離せない。
けれど、見ているとくのいちが信幸に何か渡しており、信幸はそれをじっと見た後に、懐にしまうのが分かった。信幸が立ち上がると、
「新妻がお待ちだよ~」
くのいちが言い、信幸は軽く笑って稲に振り向く。
「ただ今戻りました」
「お、・・・おかえりなさいませ」
思わずどもってしまった稲を、くのいちが笑うので軽く睨みつけると、怖いーと言いながらくのいちは、去っていく。
「くのいちと仲良くなったようですね」
「えぇ?!」
どこが仲良く見えたのだろうと稲は声を上げるが、信幸は気にならないのか部屋に入る。急いでその背を追いながら、あやめが言ったことを思い出す。
あやめは、退室する時。
そっと稲に近づいて、内緒話をするように耳元に唇を寄せ、
「男女の心の機微になど関心がない、そう申し上げましたが」
ふふふっと笑った後に、
「手は早いですからお気を付けくださいね」
と言うと、ちらりと連れている侍女のひとりに視線を滑らせる。
それを見て、稲は勘付く。信幸の手がついたことがある女なのだろう。
自分とも、あやめとも違う雰囲気の女。
胸の奥から這いのぼる不安にキュッと手を握る稲に、
「何かを求めても応じてはくれますが、こたえてはくれませんよ」
そう姉が妹に諭すようにあやめは言った。
そのことをぼんやりと思い返していると、
「どうかしましたか?」
そういわれ、ハッとする。いえ、別にと答えながら、信幸の顔をじっと見つめる。
この人のことを私は、まだ何も知らない。稲は改めてそう思った。
夫婦とはどういうものなのだろう。
どんな風に心を寄せ合っていくのだろう?
夫婦とはいえお互いに何も知らない者同士。
夫婦という言葉が浮いてしまうぐらいの間柄だけど。
稲は信幸が好きだ。彼に近づきたい。もっと優しさが欲しい。優しくしたい。甘さが欲しい。ぬくもりが欲しい。
そう思うことはいけないことなのだろうか?
そして、何よりも。
ねぇ・・・。
私を見てください。
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