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信幸が寝所に入ると、妻の稲が倒れるように眠っていた。
その姿からずっと自分を待っていたが、ついつい寝てしまったのだろうと信幸は思う。
そっと抱えて、きちんと臥床へ寝かせてやると、ん・・・、と鼻声をあげた稲が、
夢現ながら信幸の首に両手を差し伸べ、薄目を開いた。
「・・・信幸さま?」
「どうした?」
答えはない。
稲はすぐにまた眠りへと落ちていく。
安らかな寝顔である。安心しきっていることが分かる。
女というものは――。
男の腕に抱かれているだけで、こんなにも安らいでいられるのだろうか?
――想定外だったな。
弓を手に戦場を行く勝気な女。
結婚前に聞いた彼女の評判は、そうだった。
けれど、今自分の腕の中にいる彼女は、ただの女だ。
自分を慕うただの女。
信幸さま、と自分を呼びかける声、見る瞳がたまらなく恋し気で…。
首に巻き付いてくる稲の手を、そっと離そうとした時、
「――起きているのですか?」
ぎゅ・・・とわずかに力が込められたので、そう問いかけるが、返答はない。
寝ているらしい。
――困ったな・・・。
信幸は溜息しつつも、その唇の端に笑みを浮かべる。
えっ・・・と稲は小さく声をあげる。
心地よい眠りから、ふと目覚めてみれば、夫の腕の中にいた。
いや、自分が夫の首に抱きついている。
そんな自分を抱きしめるように信幸は、眠っている。
驚きつつ記憶を探り、確か信幸が寝所に来るのを待っていて…。
眠ってしまったのだろう。
でも、なぜ、夫の首にしがみつくように寝ているのか…。
このカタチからいって、自分がしがみついたに違いない。
だから、信幸は仕方なくこの体勢のまま、自分を抱くように眠ったのだろう。
稲は自分で顔が耳まで染まるぐらいに赤くなるのが分かった。
きっとこの体勢では、信幸もゆっくり休めないだろう。
そっと手を離し、体を離そうとすれば――。
あっ、と稲は声をあげる。
体を離そうとしたのに、逆に強く引き寄せられたのだ。
驚いていると、寒い、と信幸が小さく言う。起きたのかと思えば、眠っている。
「私は、行火変わりですが・・・」
不満気に稲は唇を尖らせるが、内心ちょっと嬉しい。
そして、
――想定外でした。
と思った。
結婚前、稲の耳に届く真田家の話は、父である昌幸か、義弟の幸村のことばかり。
どちらかといえば、その控えめな性格故なのか、影が薄い信幸との婚姻に、
稲は当初決して口には出さないが不満を感じてもいた。
けれど、どうしてだろう。
いつの間にか信幸に恋していた。
家と家とを結びつけるだけの婚姻に何も期待などしていなかったのに。
稲は夫の寝顔を眺める。
派手さはないが、顔の造形は整っている。
けれど、惹かれたのは顔ではない。
「信幸さま」
自分を引き寄せた信幸の胸に、顔をうずめる。
そして、堪らなく幸福感を感じ、再び眠りの入り口へと彷徨い始める。