忍者ブログ
2024/11
< 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

低く押し殺した声が、幸村の胸を突いた。
魂がぴくりと震え、声の軌跡を辿れば、そこにはひどく落ち着いた兄の視線が、真っ直ぐに射ていた。

「今、なんと・・・」
「一緒に来ないか?」

幸村の戸惑い震えた声を打ち消し、覆い隠すように兄――信幸が言う。
闇に溶け込む風がふわりと舞い、信幸の髪を揺らし、そのあと、重たげに落ちていく様を、幸村は見た。呆然としている弟に信幸は、

「一緒に来ないか?」

同じ言葉を繰り返すと、そっと幸村の肩に触れた。
思わずびくりと体を揺らした幸村を楽しむかのような意地悪さで眺めた後、肩を強く掴んできた。
徳川家康より上杉討伐の命を受け、会津に向かう途中受けた石田三成挙兵の知らせ。
父である昌幸、そして、ふたりの兄弟とで話し合い、信幸は徳川に、昌幸と幸村は三成に、それぞれの道を行くことになった。話し合われた御堂を出た兄を見送り、別れの言葉を、という時だった。
幸村の耳元で兄が言った言葉が、幸村に動揺を与えた。
一緒に来ないか、といわれたことではない。その前に兄が言った言葉。
それはひたすらに幸村が隠し通してきた想いを知っているかのように、

「――私が欲しくないのか?」

信幸はそう言った。かすかに唇に笑みを浮かべ、誰にも聞こえないような囁くような声で。
一瞬冷静さを失いかけた幸村に、信幸は何事もなかったかのように、

「一緒に行かないか?」

と告げた。それは一緒に行けば――幸村は慌てて体中の意識を固くする。幸村の肩に置かれた信幸の手の指が、とんと軽く肩を叩く。小さなその衝撃にすら幸村はびくりとする。
じっ・・・と幸村を見つめていた視線を信幸は下ろす。そして、ふっ・・・と笑ったように思えた。
けれど、再び顔を上げた信幸の顔には、その余韻すらない。

「――お前と袂を別つ日が来るとはな」

幸村の肩から兄の手のぬくもりが引いていく。
手を離した兄の指先はまるで舞うようにゆっくりと優雅で、思わず掴み取りたくなる衝動をぐっと幸村は堪える。肩がやけに寒く感じる。
兄上、と呼びかけると信幸は、溜息をつくような重さで幸村を見た。
そして、すっと幸村の目の前に手を差し出す。

「豊臣、そして友への義に生きるか、私とともに真田を守る為に生きていくか、この手を掴む掴まないで変わる」

誘うようにひらりと揺れる兄の指から幸村は、目を反らす。
すると、それが答えか、と呟くように信幸が言い、幸村の脇をすり抜けて、しっかりとした足取りで何事もなかったのように、行ってしまう。
けれど、幸村の頭の中は、何かとても気持ちが落ち着かない。
ふわり浮くようでいて重苦しく沈む得体のしれないものが揺れて、確かに地に足がついているはずに、水面を踏むように頼りないものの上に立っているようによろけた。
兄と袂を別つ――その衝撃よりも。
兄が自分の気持ちを知っていた――そのことに幸村は驚き動揺し、息苦しくなった。それでも、

「兄上・・・」

去っていく兄を呼ぶ。その声は喉がからからに渇いている為に、ひどく掠れたものだった。
信幸がゆっくりと振り返り、弟を見た。幸村も、兄を見つめ返した。
静かに眼差しを交わしながら、言葉はない。
ふたりの間に流れた一瞬は、信幸の瞬きによって、からりと乾いて消えていった。

「ご武運を・・・」

幸村が言えば、ふわりと信幸は微笑みつつ踵を返す。
幸村は、兄の背を奇妙な切なさが揺れる想いの中、見つめた。




戻る】【次】

拍手

PR
忍者ブログ [PR]