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2024/11
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額に冷たい感触を感じて、ふっ・・・・・と夢が醒めた。

「苦しいの?」

と聞かれて、弁丸はゆっくりと瞼を開いた。
優しいものが額に、そぅっと触れて、これは何かなと思えば、兄の手だった。
やさしいものはてのひらだった。兄の手。
隣で寝ていた兄は、自分の体調不良にすぐに気付いてくれたのだろうと思った。
やがて、

「苦しい?」

と、もう一度。弁丸は、小さく頷く。
体が寒くて寒くて仕方ないのに、顔はひどく熱い。体が震えて苦しくて、心が寂しくなった時、額に感じた冷たい感触は兄の手。

「風邪かな?――こんな季節なのに、水遊びするから」

呆れた兄の声に、弁丸は唇をへの字に曲げると、兄の手が額から離れた。
ゆらゆらとする意識の中、兄を目で追えば、素早く立ち上がり、そのまま、部屋を飛び出して行ってしまった。
なかなか兄は戻らない。
兄上、と心細さで呼びかけた時、ぱたぱたと足音が聞こえて、部屋の障子戸が開いた。兄が戻ってきたのだ。兄は幸村の床の脇に座って、

「水貰ってきた。飲めるか?」

うん、と弁丸は多分答えたと思う。唇をかすかに動かして、髪を小さく揺らしたと思う。
でも、それに兄は小首を傾げている。
茶碗を片手に兄は、弁丸にそれを飲ませようとしてくれたようだが、しばらく考えた様子で小さく唸ると、茶碗の水を口に含んだ。
何をするかと思えば、口に含んだそれを、ゆっくりと横になったままの弁丸に、口移しで飲ませる。
喉を通るその冷たい感触が、心地よかった。

「まだ飲む?」
「うん」

今度はしっかりと声が出た。
再び水を飲ませてもらった後、額に再び触れた兄のやさしい手に、ゆっくりと心を預けて、弁丸の瞼がまた、とろりとろりと閉じていく。
そして、また夢の中へ・・・。







今思えば、あれから兄を意識しだした――のだろう。
実兄だというのに、と罪悪感めいたものを感じつつ、けれど、この気持ちは何なのかうまく説明できる言葉が見つからず、幸村がゆらゆらと記憶をまわしていると、

「聞いているのか?」

兄の声が近くで響いた。ハッとして顔を上げると、間近に兄の顔。
思わず顔が赤くなった。

「聞いているのか?」

兄は再び聞いてくる。

「聞いてます・・・」
「今日はおかしいな・・・」

兄の言葉に、くすりと笑う声がした。兄の妻である稲だ。
秀吉の小田原攻めに参戦することになり、真田家が攻める周囲の地図を稲が、家康より手に入れてくれ、それを三人で眺め、いろいろ意見を言い合っていたが、兄の傍にはぴったりと稲が寄り添い、幸村はそれに苛立ちを感じる。
そこにある新婚の夫婦のあたたかさが、幸村にはどうにも気に食わないのだ。
けれど、それを表面に出せるほど子供でもなく、けれど、この苛立ちをうまく隠せるほど大人でもなく、ただ無愛想に黙り込むうちに、つらつらと昔のことを思い出していた。
兄は、じっ・・・と幸村の顔を覗き込んでくる。
顔を反らそうにも、それを許さない目をしている。

「――・・・少し考え事をしていただけです」
「戦略を?」

幸村が頷いたと同時に、あら、と稲の声。

「信幸さま、頭に虫が」
「えっ?」

今取ります、と稲が手を伸ばして払おうとした。が、思いのほか力がこもってしまったのか、

「いて――っ」
「――・・・っ?!」

バシッという音がしたかと思えば、油断していたらしい信幸が前のめりに上半身を崩し、危うく倒れそうになったかと思えば――一瞬、幸村の頬にあたたかいものが触れた、ような気がした。
それは多分、兄の唇。

「ご、ごめんなさいっ!」
「怪力ですね・・・」

稲が慌てながら謝る姿が面白いのか、信幸は笑っている。

「幸村さまもごめんなさい」
「いえ――、有難うございます」
「「えっ?」」

兄と稲の声が重なる。

「地図を手に入れてくださった礼を言ってなかったと思いまして」

はぁ、と稲は小首を傾げ、信幸は眉を潜めている。
けれど、幸村はそれに気付かない振りをして、にこりと笑う。



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