忍者ブログ
2024/11
< 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「やばいな・・・」

信幸が落とした呟きを拾うように昌幸は、息子を見る。
信幸の手には文が握られており、それが先ほど稲から届いたものだと昌幸は知っている。やばい、と呟いたのは文の内容からではないだろう。
頻繁に稲から文が届くが、それに返事を書いているのを昌幸は見たことがない。

「返事書かないと後が怖いぞ」
「書こう書こうと思っているうちに溜まりまして」

さて、どうしましょう、とのんびりという信幸に、昌幸は苦笑する。
武田家に人質に行っている時も近況を知らせるように言い渡したが、ほとんど届くことがなかった。当時はうまくいっているとはいえない親子間のせいだと思ったものだが、どうやら根っからの面倒臭がりらしい。

「書こう書こうと思っているなら書けばいいだろう」
「別段書くことがないのですよ」
「お前という奴は・・・」

呆れ声を出しつつ昌幸は、溜息する。
つまりはあの頃も、別段書くことがなかったから書かなかった、ということなのか。
こっちは元気だとか適当に書けばいいだろうと言うと、

「変わりに書いてくださいよ」
「筆跡の違いでばれるだろう!」

よほど早急の事態でもない限りなかなか筆を取らないらしい。
その時、クッと笑い声がした。
親子のやり取りを聞いていた前田利家が笑ったのだ。

小田原の北条征伐が始まりしばらくした頃。
真田家は前田利家・利長親子、上杉景勝連合軍と行動を共にしていた。北条征伐において北方隊と称され、今は松井田城攻めの最中であった。秀吉より、急いで城を落とすのではなく、徐々に力を削げ落としていけ、という命令が下されている。
その為に、陣はどこかのんびりとしていたが、利家や昌幸などは歯痒さも感じている様子だった。
平行して西牧城、国峯城なども落としており、松井田城もそろそろという時期。

利家は、真田親子の会話を聞きながら、不思議に思う。
この連合軍で進路の地理が一番詳しいという理由で真田軍が先鋒となり、その最先鋒を担うのが信幸だ。一度横川で北条の偵察部隊800と遭遇した際、信幸は小勢を率い、80もの首をとってきた。
今、妻への返事をためて困ったと言っている信幸の姿からは想像もできない。

「そろそろ城も落ちるだろう。そうなったら、小田原に行かないといけないから、一緒に行こうじゃないか」

文よりも喜ばれるぞ、と利家が信幸に言う。

「顔を合わせたら合わせたで、返事がないと怒られそうなのですが」
「――女が強い方が夫婦はうまくいくものだから」

慰めなのか、自分に言い聞かせているのか利家が、笑いながら言う。

「こちらは忙しかった、ということにしておけばいい」
「通じますかね」

昌幸は、その後もとりとめもない会話を笑いながら続けている信幸と利家を見ながら、そういえば信幸は誰に対しても臆することもないと思った。
相手を敬うものの誰とでもごくごく普通に話すのだ。
秀吉にも家康にもそうだった。
鈍いのか、度胸がいいのか――。
幼少期に、威厳溢れた武田信玄を見ているのが効いているのかもしれない。
昌幸はそう思った。
昌幸にしてもそうだ。信玄と比べれば誰しもが、小粒に見えて仕方がない。
けれど、秀吉は好ましいと思っている。
人の良さそうな笑顔を向け、この男の作り出す時代を見たいと思わせる人物なのだ。


 ※


稲は、徳川の父の陣で、裁縫をしていた。
信幸の陣羽織を縫っているのだ。家紋の六文銭を刺繍しているのだが、

「飽きた!」

口に出してみる。当然ながら六文銭は丸が6個。
同じものを刺繍しているのに飽きた。
ついうっかりと信幸だけではなく、舅と義弟の分まで作ると信幸に言ってしまったことを後悔していたが、楽しみにしています、と信幸が言ったことを思い出して、再び針を動かす。
しばらくして、また飽きて溜息。

「やっぱり・・・」

真田軍につきたかった、と稲は不平を洩らす。
この北条征伐で稲は当然真田軍で戦うつもりでいたが、家康からの指示で徳川軍となってしまったのだ。信幸とともに稲も家康に呼ばれ赴いた時のことだった。
直接、家康に言われたとき、おもむろに文句を言おうとした稲より早く、

「率い慣れた兵の方が稲もやりやすいという配慮でしょう」

にこりとして信幸が言ってしまい、稲は言葉を発することが出来なかった。
唇をへの字に曲げて、上目使いで家康を睨むと、わずかに驚いた様子だった。稲が今までそんなことをしたことがなかったからだろう。
けれど、すぐに驚きを苦笑に変えて、視線を稲から信幸へと移した。

家康の目に信幸は、年の割りに落ち着きを持った好ましい青年に映る。
けれど、捉えどころのない。そんな印象も併せて持ち合わせていた。
何を思っているのか悟らせない、何事も感心がないように思わせて、すべてのことを見透しているのではないかと思わせるような、すべてに隙なく気を走らせ、的確に読み取っているかのような。
そんな印象も感じさせるのに、話しているとそれを忘れてしまう。
家康の視線に気付いた信幸は、その視線を受け止めて、ふっと口許に笑みを浮かべた。

――分かっているのだな。

家康はそう思った。
義女として真田家に稲を嫁がせたが、戦力として手離すつもりはないと信幸は分かっているのだ。
けれど、稲は違う。
稲は真田家に染まろうとしている。だからこそ、まだ稲を徳川に組みさせておきたい。

「その方が安心でしょう」

信幸が言った。
家康はそれが自分に言われていたのだと一瞬勘違いしたが、稲にだったらしい。
いや、ふたりともにか。

「私も、義父上たちの傍にあってくれる方が安心します」

信幸の言葉に、稲は小さく頷いた。
確かに稲にとっても慣れた軍勢の方が戦いやすい。

けれど、思い出して腹がたつ。

「義姉上はやはり徳川の人間ですから」

ものすごく笑顔で幸村が言ったことを思い出す。

「今回は仕方がないのです!」

稲がつんとしてそう言うと、幸村は「へーそうですか」とにやにやして言う。
腹がたつと思ったその時。

「ふたりは仲が良いな」

間の抜けたことを信幸が言うので、思わず幸村とともに脱力したものだ。
それを思い出して、くすっと頬に笑みも今では浮かぶ。

あーあ、と声に出す。会いたいな。

「文の返事くらい出してよ!」

ひとり拗ねる稲だが、もうだいぶ信幸の性格は分かっている。
便りがないのが良い便り、ということかと諦めてもいる。



戻る】【】【


拍手

PR
忍者ブログ [PR]