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2024/11
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弓がしゅっと音をたてる。
けれど、的を外した。
稲は、小さく息を吐き出す。
いつもの鍛練なら弓を握り、的を見据えた時点で集中し、少しばかりしたら爽快な汗が出るのに、今日は全然集中できない。
重い嫌な汗ばかり流れる。
もう一度、と思うが、すぐに手を止めた。
人の気配がした。振り返ると幸村だ。
普段は名目上の人質として大坂にいるのに、婚礼以来居ついてしまっている。
あっ、と稲が小さく言うと、「兄上は?」と聞いてくる。

「――今日は、その・・・」
「あぁ、あやめのところですか」

幸村は一度、そこで言葉を区切ると、

「だから、義姉上の弓に覇気がないのですね」

にこりとして言う幸村だが言葉の端々にどこか棘が感じられ、むかっとした稲だったが、義弟である幸村に対し、まだどう接していいのか分からないので、とりあえず黙る。

「ところで、義姉上」
「はい」
「――戦場に出られるおつもりですか?」
「――・・・それは・・・」

考えていなかった。
けれど、そう言えないと思案する稲を、じっと観察するように幸村は見る。

「兄上は何も言っていない?」
「何かおしゃっていたのですか?」
「いえ、義姉上に関心がないのかもしれませんね」

今、この男を矢で射てやりたい、と稲は腹の奥から湧き出るムカッとする気持ちを必死で抑え込む。そんな稲など気にならないのか、

「兄上のお帰りのようですよ」

にわかに騒がしくなった城門付近を見たかと思うと、そのまま、するりと行ってしまう。
しばらくして、

「幸村、まだいたのか」
「碁の勝負がついていませんからね。あやめは元気でしたか?」
「ああ」

兄弟の会話が稲の耳に届いた。
そのまま、こちらに来るかと思ったが、声は遠ざかってしまう。

「所詮・・・」


――徳川にあてがわれただけの女でしかないのだろうか。


そうだとしても、分かっていたこと!
これから時間はたくさんある!

稲は、しおれそうな心を奮い立たせるべく、再び弓を手にする。









一日を終え、奥に戻ってきた信幸の着替えを手伝いながら、稲は妙に楽しそうである。信幸が脱ぎ捨てた素襖を受け取りながら、にこにこしている。
それが信幸には不思議で仕方がない。ご機嫌な稲だったが信幸が、

「そういえば、幸村と――」

と言えば、ふと一瞬表情が翳った――ように見えた。

「幸村さまがどうかされました?」
「たいしたことではないのですが、明日から幸村と少しばかり出てきます」
「幸村さまは、大坂にお戻りにならなくてもよろしいのですか?」
「しばらくはこちらでゆっくりしていいと言われているようですよ」
「信幸さまと幸村さまは仲良しですね」
「そうですか?」

稲が力強く頷くので信幸は、そうですかね、と呟く。
信幸が着替えを終えると、稲がおずおずと彼を見上げながら、

「あの・・・、お話があるのですが」
「何ですか?」
「――結婚したからには、私は戦場に出ないほうがよろしいでしょうか?」
「えっ?」

言われて信幸は考える。
そういえば、幸村もそんなことをちらりと気にしている様子だったから、何か言われたのだろう。

「幸村が何か言いましたか?」
「なぜお分かりになるのですか?」
「話の流れからして分かりますよ」

苦笑しながら言えば、稲が不思議そうに小首を傾げる。
その仕草に途端、信幸の苦笑が、知らず、微笑にかわっていった。

「戦場に出る出ないは、お任せします。無理をしない。怪我に注意をする。それさえ気をつけてくださればお好きにしてください」

にっこりと稲の笑顔が開いていく。素直で愛らしくて、可愛らしい――とは思う。
けれど、どこか警戒してしまうのも事実。
稲の些細な可愛らしさすら、徳川に自分を取り込むための策ではないだろうかと思えるのだ。
初夜に見せた必死さすら、あやめのように素直に可愛らしいとは思えないのだ。
考えすぎかもしれない。
けれど、今はまだ分からない。

天下を手中にするべく秀吉が北条に対して動きだそうしている動きがある。



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