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「幸村さまー!!早く」
こっちこっち、と女の華やいだ声が響くが幸村は、声の主に軽く手を振っただけ。
馬を繋いで山道を行く途中。
「――で、この路だと」
話を続ける幸村に信幸は、「危ないぞ」と声をかけると、ふたりの間にすっと風のように割り込んできた女が、頬をぷうっと子供のように膨らませて、幸村を睨みつける。
信幸が一歩引くと、その女―くのいち―は、くるりと信幸に振り返る。
「いつまでふたりでお喋りしているんですか!」
「幸村に言え」
「信幸さまが動かないと幸村さまは動かないんですよーだ!」
ぷりぷりと怒るくのいちだったが、ふわりと風に舞うようにふたりの頭上の木の枝に飛び乗る。くのいちは幸村に従っている忍びの者。さすがに身軽だな、とのんきに見ていた信幸だったが、突然くのいちは枝に両足をかけたまま、くるりと身だけ下げてくる。
「信幸さまはご結婚したんですよね?徳川の本多忠勝の娘」
「ああ」
「どうですか?可愛い?可愛い?好みだった?」
にやにやとするくのいちに、
「すごい腹筋だな」
と信幸が言えば、再び身を翻して木の上からふたりを見てくる。
「どこ見て――っ!」
「純粋に運動神経がすごいと思っただけだ」
ふたりのやりとりを幸村は笑った後。
「くのいちは別についてこなくても良かったのに」
そう言われたくのいちは地面に戻ると、なぜか信幸を睨んでくる。
それを受けて、
「私ではなく、ふたりで行けばいいのでは?」
信幸は言ってやる。別段自分がいなくてもいいのではないだろうか。
秀吉の配下になることを拒み続けている関東の北条家征伐の為のその近郊を見て回るように指示を受けたのは幸村。その幸村に頼まれて同行したものの、くのいちがいるのでは自分は必要ないのではないだろうかと信幸は思っていた。
「信幸さまの言うとおりだよ!新婚さんを引っ張り出すなんて野暮なことだよ」
くのいちが幸村に言えば、幸村は眉をひそめる。くのいちは、そんな幸村など気にしないのか、ふわりと身を風に乗せるように走っていく。
不思議な主従だな、と信幸は思ったが、ふいに稲を思い出して。
「稲に戦場に出るな、と言ったか?」
「そんなことは言ってません。ただ結婚しても戦場に出る気なのかと聞いただけです」
「そうか」
幸村は、口には出さないが信幸と稲との結婚は反対だった。
なんだか嫌な予感がするのだ。
真田の家がいつか二分してしまうのではないかと不安になるのだ。
それを父に訴えれば、信幸はそれを覚悟の上のことだ、と軽くあしらわれてしまった。
稲との結婚がなければ信幸も、秀吉の元へ行くことになるはずだった。
秀吉が信幸に興味を持ったから――そう仕向けたのは幸村自身だが。
幸村は兄の横顔を見る。自分と似ていないと改めて思う。ほんの少し自分より背が高いのに、なぜか華奢で小さく見える。
そして、幸村も信幸が本当は異母弟であることは知っている。
「――真田家など継ぎたくない!」
信幸がそう言ったのを幸村は忘れることが出来ない。
「弁丸が継げばいいじゃないか!本当の長男は弁丸なんだから!」
続けてそう言った信幸の頬を父が殴ったのも見た。
その後に、ぐっと泣きじゃくる信幸を父が抱きしめた。
覗き見していた幸村は、子供ながらにいつも物静かで落ち着いている兄が、子供のように泣きじゃくっている姿を見たのは初めてで、気が付けばその場から逃げ出していた。
あれは父が真田家の家督を継ぐことになり、武田家に人質として信幸が行くことになった直前のこと。
翌日には何事もなかったかのようないつもの兄と父だった。
その数日後、兄は幸村には何も言わずに旅立って行った。
それから――。
武田家が滅亡し、おのおの人質とされていた者が逃げ延びてくる中、信幸はなかなか戻ってこなかった。戻れないのではなく戻らないのではないか。
幸村は怖くなった。
もうあんな思いはしたくないのだ。
「兄上」
くのいちを見ているらしい信幸に呼びかける。
信幸は、自分が兄と呼ぶことを本音ではどう思っているのだろうか。
「ところで、幸村」
「何ですか?」
「くのいちの本名は?」
「――・・・知りません」
お前たちの関係は本当に不思議だな、と信幸が笑った。
「兄上は、くのいちにもしや興味が?」
「いや、そういうのではなく不憫だなと思っただけだ」
「不憫?」
分からないなら分からないでいい、と信幸が言う。
意味が分からず戸惑ったかたちに見開いた幸村の瞳に信幸は、
「何でもない」
笑いを頬に滲ませた。
【戻る】【前】【次】
こっちこっち、と女の華やいだ声が響くが幸村は、声の主に軽く手を振っただけ。
馬を繋いで山道を行く途中。
「――で、この路だと」
話を続ける幸村に信幸は、「危ないぞ」と声をかけると、ふたりの間にすっと風のように割り込んできた女が、頬をぷうっと子供のように膨らませて、幸村を睨みつける。
信幸が一歩引くと、その女―くのいち―は、くるりと信幸に振り返る。
「いつまでふたりでお喋りしているんですか!」
「幸村に言え」
「信幸さまが動かないと幸村さまは動かないんですよーだ!」
ぷりぷりと怒るくのいちだったが、ふわりと風に舞うようにふたりの頭上の木の枝に飛び乗る。くのいちは幸村に従っている忍びの者。さすがに身軽だな、とのんきに見ていた信幸だったが、突然くのいちは枝に両足をかけたまま、くるりと身だけ下げてくる。
「信幸さまはご結婚したんですよね?徳川の本多忠勝の娘」
「ああ」
「どうですか?可愛い?可愛い?好みだった?」
にやにやとするくのいちに、
「すごい腹筋だな」
と信幸が言えば、再び身を翻して木の上からふたりを見てくる。
「どこ見て――っ!」
「純粋に運動神経がすごいと思っただけだ」
ふたりのやりとりを幸村は笑った後。
「くのいちは別についてこなくても良かったのに」
そう言われたくのいちは地面に戻ると、なぜか信幸を睨んでくる。
それを受けて、
「私ではなく、ふたりで行けばいいのでは?」
信幸は言ってやる。別段自分がいなくてもいいのではないだろうか。
秀吉の配下になることを拒み続けている関東の北条家征伐の為のその近郊を見て回るように指示を受けたのは幸村。その幸村に頼まれて同行したものの、くのいちがいるのでは自分は必要ないのではないだろうかと信幸は思っていた。
「信幸さまの言うとおりだよ!新婚さんを引っ張り出すなんて野暮なことだよ」
くのいちが幸村に言えば、幸村は眉をひそめる。くのいちは、そんな幸村など気にしないのか、ふわりと身を風に乗せるように走っていく。
不思議な主従だな、と信幸は思ったが、ふいに稲を思い出して。
「稲に戦場に出るな、と言ったか?」
「そんなことは言ってません。ただ結婚しても戦場に出る気なのかと聞いただけです」
「そうか」
幸村は、口には出さないが信幸と稲との結婚は反対だった。
なんだか嫌な予感がするのだ。
真田の家がいつか二分してしまうのではないかと不安になるのだ。
それを父に訴えれば、信幸はそれを覚悟の上のことだ、と軽くあしらわれてしまった。
稲との結婚がなければ信幸も、秀吉の元へ行くことになるはずだった。
秀吉が信幸に興味を持ったから――そう仕向けたのは幸村自身だが。
幸村は兄の横顔を見る。自分と似ていないと改めて思う。ほんの少し自分より背が高いのに、なぜか華奢で小さく見える。
そして、幸村も信幸が本当は異母弟であることは知っている。
「――真田家など継ぎたくない!」
信幸がそう言ったのを幸村は忘れることが出来ない。
「弁丸が継げばいいじゃないか!本当の長男は弁丸なんだから!」
続けてそう言った信幸の頬を父が殴ったのも見た。
その後に、ぐっと泣きじゃくる信幸を父が抱きしめた。
覗き見していた幸村は、子供ながらにいつも物静かで落ち着いている兄が、子供のように泣きじゃくっている姿を見たのは初めてで、気が付けばその場から逃げ出していた。
あれは父が真田家の家督を継ぐことになり、武田家に人質として信幸が行くことになった直前のこと。
翌日には何事もなかったかのようないつもの兄と父だった。
その数日後、兄は幸村には何も言わずに旅立って行った。
それから――。
武田家が滅亡し、おのおの人質とされていた者が逃げ延びてくる中、信幸はなかなか戻ってこなかった。戻れないのではなく戻らないのではないか。
幸村は怖くなった。
もうあんな思いはしたくないのだ。
「兄上」
くのいちを見ているらしい信幸に呼びかける。
信幸は、自分が兄と呼ぶことを本音ではどう思っているのだろうか。
「ところで、幸村」
「何ですか?」
「くのいちの本名は?」
「――・・・知りません」
お前たちの関係は本当に不思議だな、と信幸が笑った。
「兄上は、くのいちにもしや興味が?」
「いや、そういうのではなく不憫だなと思っただけだ」
「不憫?」
分からないなら分からないでいい、と信幸が言う。
意味が分からず戸惑ったかたちに見開いた幸村の瞳に信幸は、
「何でもない」
笑いを頬に滲ませた。
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