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あら、と八千子が声をあげた。それに誾千代が、眉をひそめる。
侍女が稲姫からだという文を持ってきたところだった。文を受け取り、開こうとして、
「女友達、いらっしゃるではないですか」
八千子が言った。
あぁ・・・、と誾千代は片頬だけ揺らして苦笑する。そういえば、「お前、女友達いないだろう?」と宗茂が言ったことがあると思い出して、瞬きをひとつ。視線を外へと向ける。
空を染め上げる夕日。その橙色が幽かに部屋も染めている。
宗茂が渡航して、しばらくたっている。
文もあったし、宗茂なら何も心配することがないと誾千代は、夕日を見つめながら考える。
――夕暮れは嫌いだ。帰らないといけないから。
今、宗茂の帰る場所は――・・・。
夕日は、あの頃の会話を思い出させる。そのまま思い出に引き込まれかけて、
「稲姫・・・聞き覚えがある名前ですね」
八千子の声で、現実へ戻される。
「本田忠勝殿の実子で、徳川の養女になり、真田家に嫁いでいる」
「まぁ私のようですね」
矢島秀行の娘として生まれ、細川に預けられ、立花に側室としてきた。
稲姫と八千子。同じような、そうでないような――誾千代は答えずに、
「稲姫とは友人というか・・・」
言いかけて、稲姫とも友人である―そうだとも、そうでもないとも言い切れない、と誾千代は思う。彼女がどういうわけか慕ってくれていることは、知っている。
「時折、文を交わしていて、いろいろなことを知らせてくれるのだ」
「いろいろなこと?」
「世情など。稲姫は徳川の養女だし、私たちより詳しい」
「そうですか。お友達というよりは、ともに女武将。同志ですね」
そう言う八千子が、なぜが嬉しそうなのを誾千代は不思議に思い、まじまじと見つめた。
見つめるうちに、胸の奥で戸惑う気持ちが生じる。
はっきりいって八千子は誾千代の苦手な部類の女である。
誾千代は、八千子が嫌いではなかった。だからといって、好きでもない。そう思っていたが、弱い部分をさらけ出してしまったせいだろうか。近頃では好きとはいえないが、好ましく感じている。
今日だって、誾千代が稽古を終えた頃に突然やって来て八千子に、不快感はなかった。そんなことを思いながら、誾千代は文を開く。
「――・・・」
「どうなさったのですか?」
「何でもない」
誾千代は、静かに文を元の通りに折り直して、再び視線を外へと向ける。
「もしかしたら、宗茂はそろそろ戻ってくるかもしれない」
「良かったじゃありませんか」
心底そう思っているらしい八千子の言葉を、誾千代は冷静な沈黙で受け止める。
様子がおかしい、と思ったのか小首を傾げて唇を開きかけた八千子だったが、すぐにそれを閉じて沈黙を合わせるが、黙っていることが苦手なのだろう。落ち着かない様子だ。
「良かったのか、良くないのか・・・。分からない帰国かもしれない」
そうだともそうでないともいえない。今日はそんなことが一度に押しかけてきた。
折りたたんだ文に視線を落とす。
はっきりと書いているわけでもない。近況報告とただの世間話のような内容。けれど、深読みすれば・・・。
(世が変わるかもしれない。また、戦が起こるかもしれない)
戦が起きれば、戦場に立つ。立花の誇りの為に。
――共に戦場に立っている時こそ、互いを素直に感じられるのではないですか?
八千子はそう言った。思い出し笑いを、頬のうちでふくらませる。
【戻る】【前】【次】
侍女が稲姫からだという文を持ってきたところだった。文を受け取り、開こうとして、
「女友達、いらっしゃるではないですか」
八千子が言った。
あぁ・・・、と誾千代は片頬だけ揺らして苦笑する。そういえば、「お前、女友達いないだろう?」と宗茂が言ったことがあると思い出して、瞬きをひとつ。視線を外へと向ける。
空を染め上げる夕日。その橙色が幽かに部屋も染めている。
宗茂が渡航して、しばらくたっている。
文もあったし、宗茂なら何も心配することがないと誾千代は、夕日を見つめながら考える。
――夕暮れは嫌いだ。帰らないといけないから。
今、宗茂の帰る場所は――・・・。
夕日は、あの頃の会話を思い出させる。そのまま思い出に引き込まれかけて、
「稲姫・・・聞き覚えがある名前ですね」
八千子の声で、現実へ戻される。
「本田忠勝殿の実子で、徳川の養女になり、真田家に嫁いでいる」
「まぁ私のようですね」
矢島秀行の娘として生まれ、細川に預けられ、立花に側室としてきた。
稲姫と八千子。同じような、そうでないような――誾千代は答えずに、
「稲姫とは友人というか・・・」
言いかけて、稲姫とも友人である―そうだとも、そうでもないとも言い切れない、と誾千代は思う。彼女がどういうわけか慕ってくれていることは、知っている。
「時折、文を交わしていて、いろいろなことを知らせてくれるのだ」
「いろいろなこと?」
「世情など。稲姫は徳川の養女だし、私たちより詳しい」
「そうですか。お友達というよりは、ともに女武将。同志ですね」
そう言う八千子が、なぜが嬉しそうなのを誾千代は不思議に思い、まじまじと見つめた。
見つめるうちに、胸の奥で戸惑う気持ちが生じる。
はっきりいって八千子は誾千代の苦手な部類の女である。
誾千代は、八千子が嫌いではなかった。だからといって、好きでもない。そう思っていたが、弱い部分をさらけ出してしまったせいだろうか。近頃では好きとはいえないが、好ましく感じている。
今日だって、誾千代が稽古を終えた頃に突然やって来て八千子に、不快感はなかった。そんなことを思いながら、誾千代は文を開く。
「――・・・」
「どうなさったのですか?」
「何でもない」
誾千代は、静かに文を元の通りに折り直して、再び視線を外へと向ける。
「もしかしたら、宗茂はそろそろ戻ってくるかもしれない」
「良かったじゃありませんか」
心底そう思っているらしい八千子の言葉を、誾千代は冷静な沈黙で受け止める。
様子がおかしい、と思ったのか小首を傾げて唇を開きかけた八千子だったが、すぐにそれを閉じて沈黙を合わせるが、黙っていることが苦手なのだろう。落ち着かない様子だ。
「良かったのか、良くないのか・・・。分からない帰国かもしれない」
そうだともそうでないともいえない。今日はそんなことが一度に押しかけてきた。
折りたたんだ文に視線を落とす。
はっきりと書いているわけでもない。近況報告とただの世間話のような内容。けれど、深読みすれば・・・。
(世が変わるかもしれない。また、戦が起こるかもしれない)
戦が起きれば、戦場に立つ。立花の誇りの為に。
――共に戦場に立っている時こそ、互いを素直に感じられるのではないですか?
八千子はそう言った。思い出し笑いを、頬のうちでふくらませる。
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