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はじめ、こっそりと家臣たちが話しているのが耳に入った時、しょうもない噂だと思った。だから、気にもとめなかったし、今でもとめていない。
けれど。
ふと見れば、城内のあちこちで、不安げな囁きが溢れている。
朝鮮に渡っていた宗茂だったが、秀吉の死によって計画は頓挫し、帰国したばかり。
宗茂は、何も気にしていないとばかりの呑気さで、
「お前が太閤のものになったという噂があるな」
と誾千代に言えば、腰を浮き上げジロリと宗茂を睨んだのは、傍に控えていた侍女。
それにわざとらしく怖がり、口の端をにやつかせる宗茂を一瞥した後、誾千代は侍女の下がるように言う。裾をまるで蹴り上げるようにして下がっていく侍女の後ろ姿を見送った後。
「お前が私に構うとは・・・。しかも、そのような低俗な噂で・・・」
誾千代は、口の端を冷笑に吊り上げたが、すぐにそれも消して宗茂を見る。
いつも人を睨んでいるような、妙な力と艶を持ち合わせる瞳が、そこにある。
「確かに太閤には、会った。幾度も名護屋に来るように言われ、仕方がなくな。だが、お前が気にするような」
「俺は気にもとめていない」
「――・・・」
一瞬、誾千代の目がかすかに、哀しげにも嬉しげにも見える不思議な目をしたように見えた。
が、すぐに「そうか」と俯いたかと思えば、すぐに顔を上げ、
「この柳川城は、お前が拝領したものだと思っていたが、お前だけではなく私も・・・、私たち夫婦に与えたものだと、太閤に言われた」
「太閤に?」
だから、一度は出た柳川城にいるのか、と宗茂に納得するものの釈然としない気持ちも残る。
太閤の死後、世情は揺れ動いている。
その為だと思っていたが、と宗茂は苛立ちを感じる。
自分とて同じことを言ったではないか。なのに、説いたところでダメだったものを、秀吉に言われれば聞き入れるのか。
宗茂は、くりっと目を大きくして、人懐っこい笑顔を見せる秀吉を思い浮かべる。
「太閤は、お前をとても褒めていたぞ」
太閤に聞いたであろう話を、目に薄い微笑みを浮かべて話す誾千代に、宗茂の眉根は歪む。
多弁だ。今日の誾千代は多弁だ。こんな誾千代を知っている。
記憶を手繰り寄せれば、思い当たるのは倒れた誾千代を保護した後、礼を言いたいとらしいと聞いて部屋に行けば、関係ないことをべらべらと喋っていた、まだ幼さが残っていた誾千代。
誾千代が多弁になる時――本音を押し隠している時。
一体何を隠しているのか、と宗茂が思いを巡らしていると、
「聞いているのか?!」
誾千代が、尖った声を上げる。
「聞いている」
そう答えれば、誾千代の眉が吊り上る。
このやりとりもあの時同じだ、と宗茂が苦笑すれば、誾千代は鼻白んだらしいが、
「お前は、いつもそうだな。人の話を聞いてるのか、いないのか、関心があるのか、ないのか分からない」
「それはお互い様。俺もお前が分からない」
宗茂の言葉に、誾千代は一度は唇を閉ざし、けれど、再び唇を開いてみたが、それもすぐに溜息に変え、
「分かり合えない夫婦なのかもしれないな」
ひとり言のように言葉を落とすので、宗茂はそれを拾う。
「お前は、俺を夫だと思っているのか?」
「宗茂?」
「そもそも、俺らは夫婦なのか?」
「宗茂、お前は本当はあの低俗な噂を疑っているのか?私を疑っているのか?」
「それは気にしていない」
「気にしていないのではなく、興味がないのではないのか?私に興味が――」
「お前とて俺に興味があるのか?」
一瞬、虚をつかれたようにかすかな驚きに揺れた誾千代の瞳を、宗茂は見据える。
「お前は、いや、立花は――、自分のいいように動く戦屋の男が欲しいだけだ。夫ではない。夫婦になろうとも思っていない」
宗茂は勢いよく立ち上がる。
誾千代は、言われた言葉に感情が追い付いていないのか、感情の色が灯っていない目で宗茂を見ている。
部屋に残るのは、永遠にも似た重さを持った冷たく辛い静寂。
けれど。
ふと見れば、城内のあちこちで、不安げな囁きが溢れている。
朝鮮に渡っていた宗茂だったが、秀吉の死によって計画は頓挫し、帰国したばかり。
宗茂は、何も気にしていないとばかりの呑気さで、
「お前が太閤のものになったという噂があるな」
と誾千代に言えば、腰を浮き上げジロリと宗茂を睨んだのは、傍に控えていた侍女。
それにわざとらしく怖がり、口の端をにやつかせる宗茂を一瞥した後、誾千代は侍女の下がるように言う。裾をまるで蹴り上げるようにして下がっていく侍女の後ろ姿を見送った後。
「お前が私に構うとは・・・。しかも、そのような低俗な噂で・・・」
誾千代は、口の端を冷笑に吊り上げたが、すぐにそれも消して宗茂を見る。
いつも人を睨んでいるような、妙な力と艶を持ち合わせる瞳が、そこにある。
「確かに太閤には、会った。幾度も名護屋に来るように言われ、仕方がなくな。だが、お前が気にするような」
「俺は気にもとめていない」
「――・・・」
一瞬、誾千代の目がかすかに、哀しげにも嬉しげにも見える不思議な目をしたように見えた。
が、すぐに「そうか」と俯いたかと思えば、すぐに顔を上げ、
「この柳川城は、お前が拝領したものだと思っていたが、お前だけではなく私も・・・、私たち夫婦に与えたものだと、太閤に言われた」
「太閤に?」
だから、一度は出た柳川城にいるのか、と宗茂に納得するものの釈然としない気持ちも残る。
太閤の死後、世情は揺れ動いている。
その為だと思っていたが、と宗茂は苛立ちを感じる。
自分とて同じことを言ったではないか。なのに、説いたところでダメだったものを、秀吉に言われれば聞き入れるのか。
宗茂は、くりっと目を大きくして、人懐っこい笑顔を見せる秀吉を思い浮かべる。
「太閤は、お前をとても褒めていたぞ」
太閤に聞いたであろう話を、目に薄い微笑みを浮かべて話す誾千代に、宗茂の眉根は歪む。
多弁だ。今日の誾千代は多弁だ。こんな誾千代を知っている。
記憶を手繰り寄せれば、思い当たるのは倒れた誾千代を保護した後、礼を言いたいとらしいと聞いて部屋に行けば、関係ないことをべらべらと喋っていた、まだ幼さが残っていた誾千代。
誾千代が多弁になる時――本音を押し隠している時。
一体何を隠しているのか、と宗茂が思いを巡らしていると、
「聞いているのか?!」
誾千代が、尖った声を上げる。
「聞いている」
そう答えれば、誾千代の眉が吊り上る。
このやりとりもあの時同じだ、と宗茂が苦笑すれば、誾千代は鼻白んだらしいが、
「お前は、いつもそうだな。人の話を聞いてるのか、いないのか、関心があるのか、ないのか分からない」
「それはお互い様。俺もお前が分からない」
宗茂の言葉に、誾千代は一度は唇を閉ざし、けれど、再び唇を開いてみたが、それもすぐに溜息に変え、
「分かり合えない夫婦なのかもしれないな」
ひとり言のように言葉を落とすので、宗茂はそれを拾う。
「お前は、俺を夫だと思っているのか?」
「宗茂?」
「そもそも、俺らは夫婦なのか?」
「宗茂、お前は本当はあの低俗な噂を疑っているのか?私を疑っているのか?」
「それは気にしていない」
「気にしていないのではなく、興味がないのではないのか?私に興味が――」
「お前とて俺に興味があるのか?」
一瞬、虚をつかれたようにかすかな驚きに揺れた誾千代の瞳を、宗茂は見据える。
「お前は、いや、立花は――、自分のいいように動く戦屋の男が欲しいだけだ。夫ではない。夫婦になろうとも思っていない」
宗茂は勢いよく立ち上がる。
誾千代は、言われた言葉に感情が追い付いていないのか、感情の色が灯っていない目で宗茂を見ている。
部屋に残るのは、永遠にも似た重さを持った冷たく辛い静寂。
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