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2024/11
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誾千代がいた。
自分の居間へ向かう途中、宗茂は、坪庭に誾千代の姿を見つけた。すぐに足を止め、声をかけようと思ったが、やめた。
後ろ姿の誾千代の肩が、妙に寂しげに見えたから、やめた。

宗茂の実父、高橋紹運の守る岩屋城が落ちた後。
島津軍は、立花城へ進撃を開始した。
じりじりと戦を引き伸ばし、味方から届く、苦い報にも、すべての感情を――苛立ち、焦り――を、吹く風に散らせてしまったかのように、けれど、ただ唇の端に不適な笑みだけ浮かべて、一度は和睦する振りすら見せながら、待った。
待っていたのは、九州征伐を目的とする豊臣秀吉の軍。
その秀吉の軍が、豊後の府内に上陸した時。
既に兵力を消耗し、撤退を余儀なくされた島津軍を立花の兵が追撃。
襲撃を受けた島津軍はあわてふためき、すっかり陣形を崩した。そのまま、襲撃を重ね、島津軍に手に落ちていた岩屋城・宝満山城と島津軍に攻め取られた城を次々と奪還。
その武勇は、たちまち知られることになった。
結果、大友家の家臣から秀吉の直参大名に取り立られ、筑後柳川13万2000石を与えられた。
生まれ育った立花城を離れることを、誾千代は嫌がった。
秀吉に直接抗議に行くとさえ言った誾千代を、無理矢理抑えこみ、それを半ば強引に、柳川へと連れてきた。
立花城の攻防戦は、宗茂にとって弔い合戦だとでも思ったのか、誾千代は素直に策に従った。
それが、信用されているようで、宗茂は嬉しかった。
立花の風神よ、天地を蹂躙せよ――と、いつも人を睨んでいるような、妙な力と艶を持ち合わせる瞳で、そう微笑んだ。
九州征伐の後、秀吉に従って、小田原征伐にも加わった。
戦があるうちは良かったのかもしれない。目的を共有できた。憎まれ口をたたき合いつつ、ともに戦場を駆けた。
が、しかし――。
見据えているものが違ったのかもしれない。
宗茂は、立花道雪から誾千代、そして、自分へと受け継がれた家督を、誾千代の婿としてではなく「立花宗茂」というひとりの武将として、誾千代と家臣たちに認めさせたかった。
誾千代は、父から受け継いだ立花家の誇りを守り、示すことが何より大切に思った。
一家臣から大名へ。出世である。
それに誾千代は、ふっ・・・と瞳を複雑気に揺らしたが、すぐに、

「西の無双、などと呼ばれて、思い上るなよ」

と皮肉気な微笑を唇に浮かべつつ、受け入れた様子だった。
けれど、本当は嫌だったのか?
家臣たちとの距離は縮まったが、誾千代との距離が広がった。
九州征伐、小田原征伐――戦があった時、思惑は違くとも「勝利する」という目的を共有していた。
ずっとかくれんぼで鬼になり、誾千代を、いや、誾千代の心を見つけようとしているようだった。
目的を共有していた時、見つけ出した気になっていた。
なのに。
宗茂は、胸の内で思いを巡らせる。
が、それは、意味のない作業だった。
こんなところで、宗茂がひとりで、どんな思いを巡らせてみても、誾千代の思惑が分かろうはずがない。
けれど、そうせずにはいられない。
胸の奥から、じりじりと滲み出るのは、喪失感。
誾千代の背を見ていると、喪失感にとっぷりと浸り、まるで自分が悲劇の主人公きどりな痛々しい人間になってしまう気がして、宗茂は踵を返そうとしたが、

「宗茂」

と誾千代から声をかけられた。妙に落ち着いた声音である。
宗茂は、それを、誾千代の心のどのようなものが表れたものなのか、図りかね、よせばいいと分かっているのに、

「お前が俺に構うとは珍しい」

と皮肉気な矢を射てしまう。それに誾千代は、苦笑する。

「この城は――」
「何だ?」
「この城は、落ち着かない」
「えっ?」
「この城は、お前が拝領したもので――」

その先を何か言いかけたが、誾千代はそれをそっと消したようだった。何か言いかけたことを、瞬きひとつで、まるでなかったかのようにして、

「馴染めない。城を出たい」
「城を出たい?」

宗茂の唇から、驚きではない、何か別の違う心の揺れを宿した呟きが落ちた。
それに、誾千代はゆっくりと、けれど、力強く頷いた。

「柳川城を出たい」

今度は、はっきりとそう言った。


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