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婚礼衣装を寒々しいものだと誾千代は思った。
だから、それを脱ぎ捨てた今、少し気が楽になった気がした。
寒々しい真白い装束は、着ている者の心身を冷えさせる。
宗茂との婚礼の儀式を終え、祝宴の喧騒が遠くに聞こえる中、誾千代が白装束を何の未練もなく、ばさりと脱ぎ捨てると、慌てて侍女がそれを拾う。
「とてもよくお似合いでしたのに・・・」
侍女の方が未練がましく誾千代に言うので、薄く笑うと、
「疲れたから水を」
侍女はにこりと微笑んで静かに下がった。
部屋にひとりになり、誾千代は黒塗に緻密な細工が施された化粧箪笥に、鏡箱、鏡立てを眺める。すべて高橋家より送られた品。
けれど、ひとつ異質なものの混ざっている。刀だ。
雷神と呼ばれた父、道雪の娘にふさわしく背と刀が稲妻のように仕上げられたそれだけ誾千代は感謝する気持ちになった。
高橋家より送られた品は、すべてが豪華で、すばらしい物たちで侍女たちがうっとりしていた。
綺麗なものが好き。素敵なものが好き。
そんな気持ちを持った少女が、誾千代の中に、いつだったか昔、住んでいたような――気がする。
瞼を閉じると、白の彼方に、その姿がちらりと映った気がした時。
戻ってきたらしい侍女の足音が、白を濁し、途端消えてしまった。
水の入った茶碗を受け取り、それを飲み干し、茶碗を侍女に返すと、
「宗茂さまが――」
茶碗を受け取りながら、侍女が言う。それに誾千代は、ぴくりと眉を動かす。
普段侍女たちを困らせたり我侭を言うことのない誾千代の不機嫌さを、花嫁の緊張だと思っているらしい侍女は、さほど気にせずに続ける。
「誾千代さまは、どこかと心配しておりましたよ」
「そうか・・・」
そっけない誾千代の声など侍女は気にならないらしい。
昔から立花城に出入りしている宗茂を、この城の者は好意的に迎えている。皆が宗茂の婿入りを当然のことのように受け入れている。
「さぁ式服に召し替え、座敷に戻りましょう」
その言葉に誾千代は、こめかみを押さえて、俯いてみせる。
「今日は慣れないものを着て、慣れないことばかりだから、頭が少し痛い。少しひとりで休みたい」
まぁ、と侍女が心配気に瞳を揺らす。
普段から袴姿など動きやすい服装ばかりでおり、また、普段の侍女や家臣たちの前で行いが良い誾千代なので、侍女は疑いもしていないらしく、薬湯だの床を、と言うのをなだめてひとりになった誾千代は、濃い息を吐き落とすと、脇息にもたれる。
「疲れた・・・」
精神的疲労は肉体にも及ぶ。
儀式の時、誾千代は自らの髪の隙間から、宗茂を覗き見た。
立烏帽子をかぶった正装姿のその男は、神妙な面持ちだったが、誾千代の視線に気付けば、ふと笑った。だから、誾千代は顔を反らした。
反らすのではなく睨みつけてやれば良かった。今更後悔する。
武家の婚姻は取引だ。
立花家と高橋家が婚姻を結び親戚となり、同じ主に仕える以上、その結束は深まる。
ふと誾千代は思う。
仮に自分に男兄弟がいたとしても、この婚姻は結ばれたのではないだろうか。
祝宴の座敷に戻らなかった誾千代は、寝着に着替えさせられた。
戻らなかった理由を、
「恥ずかしいのだろう。普段男のように振舞っているのだから」
と父が笑いながら言ったと誾千代は宗茂から聞かされた。
周囲もそれで納得したらしい。
寝具の上に座り込み、そうか、と誾千代は言う。
小さな声で言ったつもりが思いのほか、大きくて誾千代は内心驚いたが、それはこの部屋に重い静寂が広がっているからだと気付く。
「恥ずかしいのか?」
からかうような宗茂をキッと誾千代は睨みつける。
余裕そうに思えた宗茂だったが、珍しく慈しみを感じさせる色と不安そうな色と裏腹なものを灯している。この男もまだ自分よりほんの少し年上なだけの少年ともいえる年齢なのだと思えば、誾千代の中にずっと積もっていた苛立ちも少し治まる。
「私は――」
誾千代が言う。
「私はお前が嫌いだ」
へぇ、とさほど驚いた様子も見せずに宗茂が言う。
「他に嫌いな男は?――そうだな、この城に仕えている者の中で気に入らない者や、腹立たしい者はいるか?」
「いない。私が嫌いなのはお前だけだ」
「俺だけか」
新妻に嫌いだと言われても宗茂は気にならないらしい。
それが治まっていた苛立ちに火をつけ、口を開きかければ、
「俺だけならいい」
宗茂の言葉の意味が分からず誾千代は、気付けば真っ直ぐに男の目を見ていた。
すると、宗茂が誾千代の体に圧し掛かる。寝着越しに感じた寝具がひんやりとしていて、それに誾千代は驚いた。
「お前が嫌いなのは俺だけか?」
問いかけてくる声が、耳元を掠める。吐息が熱い。
「お前だけだ」
「そうか」
その瞬間、宗茂がぎこちなくくちづけようとしたのが分かった誾千代は咄嗟、宗茂の唇を手で覆う。さすがに驚いた宗茂の目に、
「それは嫌だ。そんなことをしなくとも出来るだろう?!」
怒りなのか悲しみなのか分かりかねる目をする宗茂の唇から手を離せば、ふっと宗茂が息を吐き落とす。
それから、くちづけはせずに性急に誾千代の帯を解き、前を開く。
そこで誾千代は瞼を閉じる。
終わるのを待ちつつ、せまりくる痛みに密かに怯えもしたが、世の女が耐えられるものを自分が耐えられぬわけがないと言い聞かせる。
そして、男に生まれれば、決して経験することでないだろう痛みを、誾千代は唇を噛んで受け入れた。
決して痛みを訴えたりはしないと決めていた。
けれど、その痛みからくる呻き声が唇から洩れそうになるので、寝具の端を掴み噛み締める。
肉を裂くような、身体をえぐられるような痛みが身体を貫くけれど、誾千代は呻き声を噛み締めた寝具に吸収させて堪える。
【前】【次】
だから、それを脱ぎ捨てた今、少し気が楽になった気がした。
寒々しい真白い装束は、着ている者の心身を冷えさせる。
宗茂との婚礼の儀式を終え、祝宴の喧騒が遠くに聞こえる中、誾千代が白装束を何の未練もなく、ばさりと脱ぎ捨てると、慌てて侍女がそれを拾う。
「とてもよくお似合いでしたのに・・・」
侍女の方が未練がましく誾千代に言うので、薄く笑うと、
「疲れたから水を」
侍女はにこりと微笑んで静かに下がった。
部屋にひとりになり、誾千代は黒塗に緻密な細工が施された化粧箪笥に、鏡箱、鏡立てを眺める。すべて高橋家より送られた品。
けれど、ひとつ異質なものの混ざっている。刀だ。
雷神と呼ばれた父、道雪の娘にふさわしく背と刀が稲妻のように仕上げられたそれだけ誾千代は感謝する気持ちになった。
高橋家より送られた品は、すべてが豪華で、すばらしい物たちで侍女たちがうっとりしていた。
綺麗なものが好き。素敵なものが好き。
そんな気持ちを持った少女が、誾千代の中に、いつだったか昔、住んでいたような――気がする。
瞼を閉じると、白の彼方に、その姿がちらりと映った気がした時。
戻ってきたらしい侍女の足音が、白を濁し、途端消えてしまった。
水の入った茶碗を受け取り、それを飲み干し、茶碗を侍女に返すと、
「宗茂さまが――」
茶碗を受け取りながら、侍女が言う。それに誾千代は、ぴくりと眉を動かす。
普段侍女たちを困らせたり我侭を言うことのない誾千代の不機嫌さを、花嫁の緊張だと思っているらしい侍女は、さほど気にせずに続ける。
「誾千代さまは、どこかと心配しておりましたよ」
「そうか・・・」
そっけない誾千代の声など侍女は気にならないらしい。
昔から立花城に出入りしている宗茂を、この城の者は好意的に迎えている。皆が宗茂の婿入りを当然のことのように受け入れている。
「さぁ式服に召し替え、座敷に戻りましょう」
その言葉に誾千代は、こめかみを押さえて、俯いてみせる。
「今日は慣れないものを着て、慣れないことばかりだから、頭が少し痛い。少しひとりで休みたい」
まぁ、と侍女が心配気に瞳を揺らす。
普段から袴姿など動きやすい服装ばかりでおり、また、普段の侍女や家臣たちの前で行いが良い誾千代なので、侍女は疑いもしていないらしく、薬湯だの床を、と言うのをなだめてひとりになった誾千代は、濃い息を吐き落とすと、脇息にもたれる。
「疲れた・・・」
精神的疲労は肉体にも及ぶ。
儀式の時、誾千代は自らの髪の隙間から、宗茂を覗き見た。
立烏帽子をかぶった正装姿のその男は、神妙な面持ちだったが、誾千代の視線に気付けば、ふと笑った。だから、誾千代は顔を反らした。
反らすのではなく睨みつけてやれば良かった。今更後悔する。
武家の婚姻は取引だ。
立花家と高橋家が婚姻を結び親戚となり、同じ主に仕える以上、その結束は深まる。
ふと誾千代は思う。
仮に自分に男兄弟がいたとしても、この婚姻は結ばれたのではないだろうか。
祝宴の座敷に戻らなかった誾千代は、寝着に着替えさせられた。
戻らなかった理由を、
「恥ずかしいのだろう。普段男のように振舞っているのだから」
と父が笑いながら言ったと誾千代は宗茂から聞かされた。
周囲もそれで納得したらしい。
寝具の上に座り込み、そうか、と誾千代は言う。
小さな声で言ったつもりが思いのほか、大きくて誾千代は内心驚いたが、それはこの部屋に重い静寂が広がっているからだと気付く。
「恥ずかしいのか?」
からかうような宗茂をキッと誾千代は睨みつける。
余裕そうに思えた宗茂だったが、珍しく慈しみを感じさせる色と不安そうな色と裏腹なものを灯している。この男もまだ自分よりほんの少し年上なだけの少年ともいえる年齢なのだと思えば、誾千代の中にずっと積もっていた苛立ちも少し治まる。
「私は――」
誾千代が言う。
「私はお前が嫌いだ」
へぇ、とさほど驚いた様子も見せずに宗茂が言う。
「他に嫌いな男は?――そうだな、この城に仕えている者の中で気に入らない者や、腹立たしい者はいるか?」
「いない。私が嫌いなのはお前だけだ」
「俺だけか」
新妻に嫌いだと言われても宗茂は気にならないらしい。
それが治まっていた苛立ちに火をつけ、口を開きかければ、
「俺だけならいい」
宗茂の言葉の意味が分からず誾千代は、気付けば真っ直ぐに男の目を見ていた。
すると、宗茂が誾千代の体に圧し掛かる。寝着越しに感じた寝具がひんやりとしていて、それに誾千代は驚いた。
「お前が嫌いなのは俺だけか?」
問いかけてくる声が、耳元を掠める。吐息が熱い。
「お前だけだ」
「そうか」
その瞬間、宗茂がぎこちなくくちづけようとしたのが分かった誾千代は咄嗟、宗茂の唇を手で覆う。さすがに驚いた宗茂の目に、
「それは嫌だ。そんなことをしなくとも出来るだろう?!」
怒りなのか悲しみなのか分かりかねる目をする宗茂の唇から手を離せば、ふっと宗茂が息を吐き落とす。
それから、くちづけはせずに性急に誾千代の帯を解き、前を開く。
そこで誾千代は瞼を閉じる。
終わるのを待ちつつ、せまりくる痛みに密かに怯えもしたが、世の女が耐えられるものを自分が耐えられぬわけがないと言い聞かせる。
そして、男に生まれれば、決して経験することでないだろう痛みを、誾千代は唇を噛んで受け入れた。
決して痛みを訴えたりはしないと決めていた。
けれど、その痛みからくる呻き声が唇から洩れそうになるので、寝具の端を掴み噛み締める。
肉を裂くような、身体をえぐられるような痛みが身体を貫くけれど、誾千代は呻き声を噛み締めた寝具に吸収させて堪える。
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