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「誾千代は我が妻です。妻の意思を尊重します」
道雪は、宗茂の言葉を暗闇の中、思い返す。
目を閉じても、眠気はやってこない。
いくらたってもやってこない眠気に、夜の静寂を持て余して瞼を開き、広がる闇にも次第に慣れた頃。
「道雪さまがなされようとしていることは、行李に詰め込み閉じ込め、意のままに縛り付けようとしている。私にはそう感じられます」
「世が落ち着き、安心が確認できたら行李から出すのですか?その間に、誾千代は窒息致します」
「私は、抜け殻のような妻は、欲しくありません」
話があるからと宗茂を呼んだ時のこと。
誾千代に刀を置かせるつもりだと宗茂に言えば、ひどく落ち着いた視線が、真っ直ぐに道雪を射てきた。
誾千代に家督を継がせ、武家の人間として、また身を守るために武芸を教え込んだ。
立花の名を辱めないよう立派になれ、と娘に教えた。
娘もその教えを守り、親の目から見てもなかなかのものに育った。
けれど、駄目なのだ。
家督を継がせた頃、ここまで短かい時間で世が移り変わっていくとは思わなかった。
おびただしい血が大地を覆いつくす戦乱が続く中、やはり女の身では――。
だから、刀を置かせるつもりだと宗茂に告げた。静かに道雪の話を聞いていた宗茂だったが、稍あって、
「その為に私がいるのではないでしょうか?」
と言った。そして、先ほど思い返した言葉を口にした。
宗茂、という男は分からぬ。
普段は軽口をたたき飄々としているのに、時に年に似つかわしくない別の大人な男が身の内にいる。
「誾千代が戦場に出てもいいと言うのか?」
道雪の問いかけに宗茂は、
「先ほど申し上げましたように、だからこそ、その為に私がいるのではないでしょうか?」
そう言った。それから、
「女ゆえ出来る戦い方もあるのではないでしょうか?」
とにこりと微笑む。
しばらくは時間さえ息をひそめたかのような静かな時間。
つい先ほど宗茂が手を伸ばして交わされた手を再度伸ばせば、それに誾千代がハッとしたのか身を引き、羽織っただけの寝着が滑り落ちそうになり、白い肌が宗茂に見えた。
この肌の内側で血が流れ巡り、熱を放つ。
その熱を感じたくて寝着を羽織直した誾千代の首筋に指を素早くすっと軽く滑らせ、けれど、すぐに離す。
指の先に感じた誾千代の体温。
それにふっ・・・と笑えば、誾千代は瞬きをする。
「俺は別にお前は、刀をおく必要はないと思っている」
宗茂がそう告げたら、誾千代の目は一瞬驚き、それから戸惑いが広がったように見えた。立花の誇り、というものを大切にする彼女にとって、父である立花道雪は絶対的な存在。
その父の意思に反することを自分の夫が言う。それに戸惑ったのだろう。
「お前という男が、私にはよく分からない」
「分かろうとしてくれているのか?」
宗茂が笑いながら言ったその言葉に誾千代は、不快な苛立ちを感じたが、すぐさま打ち消すように、
「夫婦となってしまったからな」
そう言い放つので、宗茂はその言葉を受け止めて、
「では、夫として妻に問う。お前は刀を置きたいのか?」
「それは――・・・」
珍しく誾千代が、言葉を濁らせそのまま押し黙る。
宗茂にも道雪の気持ちはよく分かる。大切なひとり娘を安全な場所に庇護したいと思うのは親ならば当然のこと。
けれど、それはごく普通の女として育てていればのこと。誾千代は違う。
だからこそ、高橋家から誾千代に送った品の中に、刀も混ぜた。
「どうなのだ?」
返事を催促するように重ねて言えば、誾千代が真っ直ぐに宗茂を見た。
無言のまま、時を止め、見つめ続けた。
真っ直ぐな視線だった。それに乗せられたもの、込められたものを読み取ろうと宗茂の目が一瞬、妻の目を鋭く強く射れば、
「夫が――刀を置く必要がないと言うのならば、置くこともないだろう」
と誾千代は、唇の端に笑みを浮かべて、そう微かに笑った。
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道雪は、宗茂の言葉を暗闇の中、思い返す。
目を閉じても、眠気はやってこない。
いくらたってもやってこない眠気に、夜の静寂を持て余して瞼を開き、広がる闇にも次第に慣れた頃。
「道雪さまがなされようとしていることは、行李に詰め込み閉じ込め、意のままに縛り付けようとしている。私にはそう感じられます」
「世が落ち着き、安心が確認できたら行李から出すのですか?その間に、誾千代は窒息致します」
「私は、抜け殻のような妻は、欲しくありません」
話があるからと宗茂を呼んだ時のこと。
誾千代に刀を置かせるつもりだと宗茂に言えば、ひどく落ち着いた視線が、真っ直ぐに道雪を射てきた。
誾千代に家督を継がせ、武家の人間として、また身を守るために武芸を教え込んだ。
立花の名を辱めないよう立派になれ、と娘に教えた。
娘もその教えを守り、親の目から見てもなかなかのものに育った。
けれど、駄目なのだ。
家督を継がせた頃、ここまで短かい時間で世が移り変わっていくとは思わなかった。
おびただしい血が大地を覆いつくす戦乱が続く中、やはり女の身では――。
だから、刀を置かせるつもりだと宗茂に告げた。静かに道雪の話を聞いていた宗茂だったが、稍あって、
「その為に私がいるのではないでしょうか?」
と言った。そして、先ほど思い返した言葉を口にした。
宗茂、という男は分からぬ。
普段は軽口をたたき飄々としているのに、時に年に似つかわしくない別の大人な男が身の内にいる。
「誾千代が戦場に出てもいいと言うのか?」
道雪の問いかけに宗茂は、
「先ほど申し上げましたように、だからこそ、その為に私がいるのではないでしょうか?」
そう言った。それから、
「女ゆえ出来る戦い方もあるのではないでしょうか?」
とにこりと微笑む。
しばらくは時間さえ息をひそめたかのような静かな時間。
つい先ほど宗茂が手を伸ばして交わされた手を再度伸ばせば、それに誾千代がハッとしたのか身を引き、羽織っただけの寝着が滑り落ちそうになり、白い肌が宗茂に見えた。
この肌の内側で血が流れ巡り、熱を放つ。
その熱を感じたくて寝着を羽織直した誾千代の首筋に指を素早くすっと軽く滑らせ、けれど、すぐに離す。
指の先に感じた誾千代の体温。
それにふっ・・・と笑えば、誾千代は瞬きをする。
「俺は別にお前は、刀をおく必要はないと思っている」
宗茂がそう告げたら、誾千代の目は一瞬驚き、それから戸惑いが広がったように見えた。立花の誇り、というものを大切にする彼女にとって、父である立花道雪は絶対的な存在。
その父の意思に反することを自分の夫が言う。それに戸惑ったのだろう。
「お前という男が、私にはよく分からない」
「分かろうとしてくれているのか?」
宗茂が笑いながら言ったその言葉に誾千代は、不快な苛立ちを感じたが、すぐさま打ち消すように、
「夫婦となってしまったからな」
そう言い放つので、宗茂はその言葉を受け止めて、
「では、夫として妻に問う。お前は刀を置きたいのか?」
「それは――・・・」
珍しく誾千代が、言葉を濁らせそのまま押し黙る。
宗茂にも道雪の気持ちはよく分かる。大切なひとり娘を安全な場所に庇護したいと思うのは親ならば当然のこと。
けれど、それはごく普通の女として育てていればのこと。誾千代は違う。
だからこそ、高橋家から誾千代に送った品の中に、刀も混ぜた。
「どうなのだ?」
返事を催促するように重ねて言えば、誾千代が真っ直ぐに宗茂を見た。
無言のまま、時を止め、見つめ続けた。
真っ直ぐな視線だった。それに乗せられたもの、込められたものを読み取ろうと宗茂の目が一瞬、妻の目を鋭く強く射れば、
「夫が――刀を置く必要がないと言うのならば、置くこともないだろう」
と誾千代は、唇の端に笑みを浮かべて、そう微かに笑った。
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