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端正な顔立ちに、端正な声。
それがどこか厭味に見えてしまうのが、宗茂という男。
しかし、自分だけがそう見えるらしく、それは自分が天邪鬼な性格だからだろうか、と誾千代は「婚約者」となった男を、目の端にちらりと映す。
誾千代の視線に気付いた宗茂が、視線を合わせようとするより早く誾千代は、瞬きをひとつ。
再び瞼を開けば、その目に宗茂を映さない。ぼんやりと視線を空に浮かせながら、
(なぜ、わざわざ本人がくるのか)
と思う。
立花家から高橋家に、宗茂を婿へと望む使者を送ったのは数日前。
その返事を持ってきた使者の挨拶を、父とともに受けに出た誾千代は、驚いた。そこには使者だけではなく、宗茂の姿もある。宗茂はまるで当然のような顔して、誾千代を見てきた。
宗茂お前、と言いかけて誾千代は、止めた。
父の手前ということもあるが、宗茂は自分が驚く顔を見て、楽しもうという趣向なのだろうと思った。
だから、誾千代は何事もないように、宗茂の存在を受け流す。ふと宗茂が笑ったのは分かった。けれど、無視した。
形式的なやりとりが行われる中、誾千代は自分の縁談に関することなのに、他人事のように聞いていた。
「実感がない」と「どうでもいい」が入り混ざった心を抱えて、宗茂をちらり見れば、そこにあったのは端正な顔。厭味な男だ、とつねづね思っていたが、そう思うのは自分だけらしく、侍女などはこの婚姻を羨ましがる。
顔がいいのは認める。
けれど、それは誾千代にとってはどうでもいいこと。なにより大切なのは「武」だ。
その武もたち、端正な顔に声を持つ男。
「厭味な男だ」
口腔で呟く。
終わるのを待っていた誾千代が、欠伸を堪えつつ俯けば、
「宗茂殿に何か言葉を」
と父に促されて、誾千代は顔を上げ、宗茂を見る。視線がしっかりと交差した。
しばし言葉なく見つめ合った。見慣れた顔に、
「高橋に嫡男に生まれ、立花に婿入りをする。それをどう思っているんだ?」
誾千代が問えば、
「幼き頃よりよく知った誾千代殿を――」
宗茂が言う。
「妻に、そして、立花に入る。これも合縁奇縁というものでしょう」
ほんの一瞬だけ幼い少年のように、にこりとする。
思わず誾千代は眉根が歪ませ、宗茂には、こういうところがあると思う。いつも自分の先をいく年長者で人をからかってばかりいるのに、時折年よりも幼げな様子を見せる。だから、
「合縁奇縁というが、立花に入る覚悟は、あるようだな」
と誾千代が、精一杯背筋を伸ばして大人ぶって、つんと取り澄まして言えば、
「そうですね。しかし、私に必要な覚悟は――、いや、我々に必要なのは」
一度言葉を区切ると宗茂は、いつになく真面目な顔をする。
「幾十年、ともに生き抜くということではないかと思っています。戦で命を落とすことが珍しくない世の中。我々がともにあることで立花は続き、そして、立花は守れる。誾千代と・・・誾千代殿と共に生きる為に、立花に入らせていただきます」
一瞬、虚をつかれたように空白に抜けた誾千代の目に、宗茂は微笑む。
その微笑に、誾千代の頬がぴくりと動いた。膝に置いていた手で頬を覆いたく気持ちを堪えて、拳を握ると、誾千代は無礼だと分かっていても立ち上がると、
「立花に入る覚悟があるのなら、それでいい」
小袖の裾をさらりと鳴らして、そのまま部屋を出て行く。
父の声がしたが、聞こえない振りをして、ぐんぐんと歩を進めて、自室へと戻ると途端、今までの勢いを途端に失い、へたりと座り込んでしまう。
そして、我が身を抱きしめる。
実感がなかった。自分の縁談だというのに実感がなかった。
なのに。
「誾千代殿と共に生きる為に、立花に入らせていただきます」
そう言われて、初めて気付いた。
そうだ、結婚するということはずっと一緒にいるということ。幾十年の時間を共にすること。
共に生きていくということ。
心を、体を重ねて時間を過ごすということ。
あの端正な顔と端正な声に触れられる――誾千代は我が身を抱きしめる力を強める。
想像しただけで身震いがする。
なのに、一方で誾千代の胸の中を、甘く渦巻くものが弾けて止まらない。
あの時、一瞬気が抜けた自分に微笑した宗茂の顔を思い出して、
「厭味な男」
誾千代は、ぽつり呟く。
きっと、今こんなにも動揺している自分を宗茂は、知っている。
いつになく真面目な顔して、真面目な振りをして、動揺している自分を想像して、楽しんでいるのだろう。
それがどこか厭味に見えてしまうのが、宗茂という男。
しかし、自分だけがそう見えるらしく、それは自分が天邪鬼な性格だからだろうか、と誾千代は「婚約者」となった男を、目の端にちらりと映す。
誾千代の視線に気付いた宗茂が、視線を合わせようとするより早く誾千代は、瞬きをひとつ。
再び瞼を開けば、その目に宗茂を映さない。ぼんやりと視線を空に浮かせながら、
(なぜ、わざわざ本人がくるのか)
と思う。
立花家から高橋家に、宗茂を婿へと望む使者を送ったのは数日前。
その返事を持ってきた使者の挨拶を、父とともに受けに出た誾千代は、驚いた。そこには使者だけではなく、宗茂の姿もある。宗茂はまるで当然のような顔して、誾千代を見てきた。
宗茂お前、と言いかけて誾千代は、止めた。
父の手前ということもあるが、宗茂は自分が驚く顔を見て、楽しもうという趣向なのだろうと思った。
だから、誾千代は何事もないように、宗茂の存在を受け流す。ふと宗茂が笑ったのは分かった。けれど、無視した。
形式的なやりとりが行われる中、誾千代は自分の縁談に関することなのに、他人事のように聞いていた。
「実感がない」と「どうでもいい」が入り混ざった心を抱えて、宗茂をちらり見れば、そこにあったのは端正な顔。厭味な男だ、とつねづね思っていたが、そう思うのは自分だけらしく、侍女などはこの婚姻を羨ましがる。
顔がいいのは認める。
けれど、それは誾千代にとってはどうでもいいこと。なにより大切なのは「武」だ。
その武もたち、端正な顔に声を持つ男。
「厭味な男だ」
口腔で呟く。
終わるのを待っていた誾千代が、欠伸を堪えつつ俯けば、
「宗茂殿に何か言葉を」
と父に促されて、誾千代は顔を上げ、宗茂を見る。視線がしっかりと交差した。
しばし言葉なく見つめ合った。見慣れた顔に、
「高橋に嫡男に生まれ、立花に婿入りをする。それをどう思っているんだ?」
誾千代が問えば、
「幼き頃よりよく知った誾千代殿を――」
宗茂が言う。
「妻に、そして、立花に入る。これも合縁奇縁というものでしょう」
ほんの一瞬だけ幼い少年のように、にこりとする。
思わず誾千代は眉根が歪ませ、宗茂には、こういうところがあると思う。いつも自分の先をいく年長者で人をからかってばかりいるのに、時折年よりも幼げな様子を見せる。だから、
「合縁奇縁というが、立花に入る覚悟は、あるようだな」
と誾千代が、精一杯背筋を伸ばして大人ぶって、つんと取り澄まして言えば、
「そうですね。しかし、私に必要な覚悟は――、いや、我々に必要なのは」
一度言葉を区切ると宗茂は、いつになく真面目な顔をする。
「幾十年、ともに生き抜くということではないかと思っています。戦で命を落とすことが珍しくない世の中。我々がともにあることで立花は続き、そして、立花は守れる。誾千代と・・・誾千代殿と共に生きる為に、立花に入らせていただきます」
一瞬、虚をつかれたように空白に抜けた誾千代の目に、宗茂は微笑む。
その微笑に、誾千代の頬がぴくりと動いた。膝に置いていた手で頬を覆いたく気持ちを堪えて、拳を握ると、誾千代は無礼だと分かっていても立ち上がると、
「立花に入る覚悟があるのなら、それでいい」
小袖の裾をさらりと鳴らして、そのまま部屋を出て行く。
父の声がしたが、聞こえない振りをして、ぐんぐんと歩を進めて、自室へと戻ると途端、今までの勢いを途端に失い、へたりと座り込んでしまう。
そして、我が身を抱きしめる。
実感がなかった。自分の縁談だというのに実感がなかった。
なのに。
「誾千代殿と共に生きる為に、立花に入らせていただきます」
そう言われて、初めて気付いた。
そうだ、結婚するということはずっと一緒にいるということ。幾十年の時間を共にすること。
共に生きていくということ。
心を、体を重ねて時間を過ごすということ。
あの端正な顔と端正な声に触れられる――誾千代は我が身を抱きしめる力を強める。
想像しただけで身震いがする。
なのに、一方で誾千代の胸の中を、甘く渦巻くものが弾けて止まらない。
あの時、一瞬気が抜けた自分に微笑した宗茂の顔を思い出して、
「厭味な男」
誾千代は、ぽつり呟く。
きっと、今こんなにも動揺している自分を宗茂は、知っている。
いつになく真面目な顔して、真面目な振りをして、動揺している自分を想像して、楽しんでいるのだろう。
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