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精巧な人形かと思った。直垂姿のお人形。
縁の端に、なぜこんなものが置かれているのだろうと思いながら近づき、そして、こんなにも人間ぽく作れるんだな、と宗茂は感心して、ついまじまじと見つめる。
触っても平気かな、と手を伸ばしてちょっと近づいてみると。
パシッ!!
思い切り手を敏捷に払われる。人形が動いた。
わぁ、と驚いて声を上げる宗茂を、キッと睨みつけてくる。
「人間?」
思わずそう言うと、はぁ?とうさんくさいものを見るように思い切り眉をしかめる。
その顔すら、とても綺麗で宗茂は、ついつい見とれてしまう。
「人形かと思った」
「こんな大きな人形あるわけないだろう?」
じろりと睨んでくる眼差しは、なんともいばった様子だ。
「作ればある!」
「作れればね」
ふんっ、と澄ましてそんなことを言う横顔に、宗茂は頬を揺らす。
見ればまだ前髪のある子供。
「元服前の餓鬼が何威張ってるんだよ」
「何をっ!!」
食ってかかろうとしたものの着慣れない装束だからだろうか。
転びそうに前のめりになるので、宗茂は驚いて、咄嗟に受け止める。
抱きとめて驚いた。
やわらかな、あでやかな匂いのからだだった。
あまりに華奢で、力を込めたらすぐに折れて壊れてしまいそうで、心に引っ掛かるものを感じた。
「――あっぶねぇな・・・やっぱり餓鬼だな」
「――っ!」
宗茂が手を緩めると、ぱっと離れる。
見れば顔を真っ赤にしている。桃色に染まった白い頬が妙になまめかして感じられ、宗茂は思わず目を反らす。
――その時。
「誾千代!誾千代はどこだ?!」
そんな声がした。
思わず宗茂の背が伸びる。声の主が、主家である大友宗麟だったから。
宗茂は今日、父に従って大友宗麟の居城に来ていた。
宗麟の声に反応したのか、あっ、と小さな声をあげたかと思うと、
「誾千代はここにいます!!」
言い終わらないうちに、ぱっと走って行ってしまう。
誾千代というのか。覚えておこう、その後ろ姿を見送りつつそう思っていると、角から大友宗麟が顔を出した。
「おぉ、やっぱりよく似合っている」
満足気な宗麟に何か答えているようだが、返答までは宗茂には聞こえなかった。
宗麟の小姓か、と思っていると、いきなりこちらを振り向いたかと思うと、ふんっと思いっきり顔を反らされた。
宗麟は、宗茂の存在に気付き、また宗茂も挨拶を、と思ったが、
「あんな奴いいから早く教えてください!!」
宗麟の手を誾千代がぐいぐいっと引っ張ると行ってしまう。
なんだ、あいつ・・・。
そうは思うものの、手に妙になまめかしいぬくもりが残っている。
抱きとめた時、妙にそわそわしてしまった。
宗茂は、んー・・・と思わず唸る。
その夜。
「元服も済ませたし、もう呑めるだろう?」
大友宗麟に言われて、杯を手にする。
大友宗麟と父の高橋紹運、大友家の重臣である立花道雪を前に、宗茂はさすがに緊張する。
「誾千代は、男前に育ったな」
宗麟が、笑いながら言う。
誾千代、という言葉に宗茂はぴくりと胸が反応する。
平静を装いつつ話を聞いていると、誾千代は宗麟に蹴鞠を教えて貰いに来たらしい。
宗麟も誾千代を可愛がっているのか、玩具として面白いのか、戯れに似合いそうだからと直垂を着せてみたというのだ。
「宗茂に、元服前の餓鬼と言われたと怒っていたぞ」
「あっ、あれは・・・」
誾千代、という言葉に宗茂は、内心反応してしまったことと、この三人からすれば自分は元服したての餓鬼でしかないことに宗茂は戸惑ったが、三人は笑うだけで別段気にしている様子はない。
「誾千代ももう13歳・・・、そろそろ婿を考えないとな」
婿――?!
宗茂は、呑んでいた酒が喉に詰まって、ごぼっと咳き込む。咳き込みつつ、
「えっ、婿?!」
と言うと、三人は宗茂が誾千代を男だと思っていたことに気付き、声をあげて笑い出した。笑われながら、どうにか息を整えつつ、あぁ・・・と宗茂は胸を撫で下ろす。
女か。今だ手に残るあたたかくなまめかしい温もり。
自分の手を見ながら、
――俺、男色の気があるのかと思った。
内心、とても安堵していた。
三人は一通り笑ったかと思うと、
「そのことをご相談したいと思っていたのです。誰か年頃が合う者がいるかどうか」
道雪が言う。
誾千代のことだからだいぶ年が上の者の方が合うのではないだろうか?
いや、上だと一層反発するのではないだろうか。やはり年が近いほうが・・・。
いやいや――・・・。
三人のそんな話を聞きながら、宗茂は誾千代のことを思い返す。
人形みたいに綺麗なコだったが、ひどく生意気そうで。
だけど――・・・。
「誰もいないようだったら、俺が婿にいってもいいですよ」
宗茂が言う。
つい先ほどまで酒の勢いもあり、盛り上がっていた三人だったが、一瞬して静まり返る。そんなにおかしいことを言っただろうか?宗茂は戸惑う。
けれど、一番戸惑ったのは父、紹運。
「お前は高橋家の嫡男だろう?」
「えっ、うちは弟もいるし・・・、尊敬する立花様のところならいいかな・・・と」
「そんな簡単に考える問題じゃない!!」
急に始まった親子喧嘩に道雪が仲裁しようと思ったのか、
「宗茂殿が婿に来てくれるなら、私としても心から嬉しいが、娘はああいう性格で」
「面白そうなのでいいです!」
にこりという宗茂に、道雪と紹運は顔を見合わせる。
その様子を見ていた宗麟が、
「いいんじゃないのか?」
宗茂を見て、にやりと瞳を歪ませ、
「本人がいいと言ってるんだからいいんじゃないのか?」
含み笑いを、頬のうちで膨らませている。
宗茂は、ふいに目を反らし、気付かれた、と思った。
女関係の問題を多く起こしているだけあって敏感なのかもしれない。
宗茂が、ほんのり誾千代に想いを寄せ始めていることなどお見通しなのだろう。
「いい縁組だと思う」
満足気に言う宗麟に、宗茂は誤魔化すように慣れない酒を一気に飲み干す。
今、頬が赤いのは酒のせいだ――そう思わせる為に。
<終わり>
縁の端に、なぜこんなものが置かれているのだろうと思いながら近づき、そして、こんなにも人間ぽく作れるんだな、と宗茂は感心して、ついまじまじと見つめる。
触っても平気かな、と手を伸ばしてちょっと近づいてみると。
パシッ!!
思い切り手を敏捷に払われる。人形が動いた。
わぁ、と驚いて声を上げる宗茂を、キッと睨みつけてくる。
「人間?」
思わずそう言うと、はぁ?とうさんくさいものを見るように思い切り眉をしかめる。
その顔すら、とても綺麗で宗茂は、ついつい見とれてしまう。
「人形かと思った」
「こんな大きな人形あるわけないだろう?」
じろりと睨んでくる眼差しは、なんともいばった様子だ。
「作ればある!」
「作れればね」
ふんっ、と澄ましてそんなことを言う横顔に、宗茂は頬を揺らす。
見ればまだ前髪のある子供。
「元服前の餓鬼が何威張ってるんだよ」
「何をっ!!」
食ってかかろうとしたものの着慣れない装束だからだろうか。
転びそうに前のめりになるので、宗茂は驚いて、咄嗟に受け止める。
抱きとめて驚いた。
やわらかな、あでやかな匂いのからだだった。
あまりに華奢で、力を込めたらすぐに折れて壊れてしまいそうで、心に引っ掛かるものを感じた。
「――あっぶねぇな・・・やっぱり餓鬼だな」
「――っ!」
宗茂が手を緩めると、ぱっと離れる。
見れば顔を真っ赤にしている。桃色に染まった白い頬が妙になまめかして感じられ、宗茂は思わず目を反らす。
――その時。
「誾千代!誾千代はどこだ?!」
そんな声がした。
思わず宗茂の背が伸びる。声の主が、主家である大友宗麟だったから。
宗茂は今日、父に従って大友宗麟の居城に来ていた。
宗麟の声に反応したのか、あっ、と小さな声をあげたかと思うと、
「誾千代はここにいます!!」
言い終わらないうちに、ぱっと走って行ってしまう。
誾千代というのか。覚えておこう、その後ろ姿を見送りつつそう思っていると、角から大友宗麟が顔を出した。
「おぉ、やっぱりよく似合っている」
満足気な宗麟に何か答えているようだが、返答までは宗茂には聞こえなかった。
宗麟の小姓か、と思っていると、いきなりこちらを振り向いたかと思うと、ふんっと思いっきり顔を反らされた。
宗麟は、宗茂の存在に気付き、また宗茂も挨拶を、と思ったが、
「あんな奴いいから早く教えてください!!」
宗麟の手を誾千代がぐいぐいっと引っ張ると行ってしまう。
なんだ、あいつ・・・。
そうは思うものの、手に妙になまめかしいぬくもりが残っている。
抱きとめた時、妙にそわそわしてしまった。
宗茂は、んー・・・と思わず唸る。
その夜。
「元服も済ませたし、もう呑めるだろう?」
大友宗麟に言われて、杯を手にする。
大友宗麟と父の高橋紹運、大友家の重臣である立花道雪を前に、宗茂はさすがに緊張する。
「誾千代は、男前に育ったな」
宗麟が、笑いながら言う。
誾千代、という言葉に宗茂はぴくりと胸が反応する。
平静を装いつつ話を聞いていると、誾千代は宗麟に蹴鞠を教えて貰いに来たらしい。
宗麟も誾千代を可愛がっているのか、玩具として面白いのか、戯れに似合いそうだからと直垂を着せてみたというのだ。
「宗茂に、元服前の餓鬼と言われたと怒っていたぞ」
「あっ、あれは・・・」
誾千代、という言葉に宗茂は、内心反応してしまったことと、この三人からすれば自分は元服したての餓鬼でしかないことに宗茂は戸惑ったが、三人は笑うだけで別段気にしている様子はない。
「誾千代ももう13歳・・・、そろそろ婿を考えないとな」
婿――?!
宗茂は、呑んでいた酒が喉に詰まって、ごぼっと咳き込む。咳き込みつつ、
「えっ、婿?!」
と言うと、三人は宗茂が誾千代を男だと思っていたことに気付き、声をあげて笑い出した。笑われながら、どうにか息を整えつつ、あぁ・・・と宗茂は胸を撫で下ろす。
女か。今だ手に残るあたたかくなまめかしい温もり。
自分の手を見ながら、
――俺、男色の気があるのかと思った。
内心、とても安堵していた。
三人は一通り笑ったかと思うと、
「そのことをご相談したいと思っていたのです。誰か年頃が合う者がいるかどうか」
道雪が言う。
誾千代のことだからだいぶ年が上の者の方が合うのではないだろうか?
いや、上だと一層反発するのではないだろうか。やはり年が近いほうが・・・。
いやいや――・・・。
三人のそんな話を聞きながら、宗茂は誾千代のことを思い返す。
人形みたいに綺麗なコだったが、ひどく生意気そうで。
だけど――・・・。
「誰もいないようだったら、俺が婿にいってもいいですよ」
宗茂が言う。
つい先ほどまで酒の勢いもあり、盛り上がっていた三人だったが、一瞬して静まり返る。そんなにおかしいことを言っただろうか?宗茂は戸惑う。
けれど、一番戸惑ったのは父、紹運。
「お前は高橋家の嫡男だろう?」
「えっ、うちは弟もいるし・・・、尊敬する立花様のところならいいかな・・・と」
「そんな簡単に考える問題じゃない!!」
急に始まった親子喧嘩に道雪が仲裁しようと思ったのか、
「宗茂殿が婿に来てくれるなら、私としても心から嬉しいが、娘はああいう性格で」
「面白そうなのでいいです!」
にこりという宗茂に、道雪と紹運は顔を見合わせる。
その様子を見ていた宗麟が、
「いいんじゃないのか?」
宗茂を見て、にやりと瞳を歪ませ、
「本人がいいと言ってるんだからいいんじゃないのか?」
含み笑いを、頬のうちで膨らませている。
宗茂は、ふいに目を反らし、気付かれた、と思った。
女関係の問題を多く起こしているだけあって敏感なのかもしれない。
宗茂が、ほんのり誾千代に想いを寄せ始めていることなどお見通しなのだろう。
「いい縁組だと思う」
満足気に言う宗麟に、宗茂は誤魔化すように慣れない酒を一気に飲み干す。
今、頬が赤いのは酒のせいだ――そう思わせる為に。
<終わり>
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