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忠茂は、義父である立花宗茂が膝で抱えている猫を見た。
猫はおとなしく宗茂の膝で熟睡している。
時折、その背を宗茂は優しく撫でさする。
西国の無双と言われた立花宗茂は実子に恵まれず、宗茂の弟の息子である忠茂が養子となった。産まれてすぐに養子となった為、実父より養父である宗茂に親しみを覚えており、慈しみをもって育ててくれた宗茂の期待にこたえるべく頑張っている。
乱世は終わり、徳川の世。
関ヶ原で西軍についた為、改易されて浪人となったこともあるが、後に徳川家康からの熱心は誘いを受け、御書院番頭として召し抱えられた。
それからはずっと家康の後をついだ秀忠の信頼も厚く、将軍に随伴していることが多い為、領地の統治に関しては忠茂が任されている。
久しぶりに立花家の江戸屋敷で義父と会った。
つもる話に花を咲かせている最中、ずっと宗茂は猫を膝に置いている。
猫が好きらしい、ということは知っていた。
けれど、今膝に抱えている猫は特別のようで、ほんの少し猫が動けば宗茂は、それを視線で追い、目を細めて猫を見ている。
今も、眠りから覚めた猫は伸びとあくびをした後、するりと宗茂の膝から降りてしまう。
そんな猫に残念そうな顔をする宗茂。
「可愛い猫ですね」
忠茂が言うと、
「ある日、突然やってきてね。勝手に住み着いてしまったのだよ」
宗茂が言う。
「不思議なことに、私にしか懐かない」
「猫の名前は?」
「――・・・」
珍しく宗茂は、口を一度閉ざした後、
「千代、と呼んでいる」
「千代・・・ですか」
千代、と聞いて思い出すのは宗茂の若くして死んだ正室の誾千代。
忠茂は名前しか知らない女性。
けれど、立花家では暗黙の了解で名前を口に出すことは憚られている。
不仲だったとも聞く。
けれど、とても仲睦むまじかったとも聞く。
両極端の噂話に忠茂は、結婚当初は仲が良かったが徐々に不仲になり、別居にまで至ったと結論づけていた。
「――この猫は誾千代で、迎えに来てくれたのだと思っている。もう近頃は体が辛い」
宗茂の突然の言葉に忠茂は、目を見開いて義父を見る。
突然の言葉に何を言うべきが逡巡している息子に微笑みながら、宗茂は猫を呼ぶ。
猫は宗茂を一瞥したが、近寄らず忠茂の前に座る。
じっと忠茂を観察するように見てくる。
この猫が突然まるで会ったこともない誾千代のように思えてきて、忠茂は複雑な思いで猫を見る。
すると、猫はすっ・・・と立ち上がると、ニャッと一鳴きすると、体をすりつけてきた。
驚きつつ宗茂を見れば、義父もまた驚いている。
けれど、どこか嬉しそうに
「誾千代もお前を認めているのだな」
満足そうにほっ・・・と頬を崩した。
そんな義父の言葉が嬉しいそうな歯がゆいような。悲しいような。
忠茂は複雑な思いを持って、猫の小さな頭蓋骨を両手で包み、
「義母上なのですか?」
そんなことを言ってみると、猫はニャッと鳴く。
思わず宗茂を顔を見合わせて笑う。
笑われた猫は拗ねたのか、するりと忠茂の手から身を翻す。
手を伸ばせば、身をかわすが逃げない。
手を引けば近づいてくる。
「こういうところが誾千代そっくりだ」
宗茂が遠い目をして言う。
その宗茂の眼差しの先に見えているのはきっと・・・。
「不仲だと聞いていました」
「――衝突することは多かった」
でも、互いに信用しあっていた、と宗茂は続ける。
そして。
「私が立花の家に入ったのは、立花家を継ぐためではなく」
誾千代の夫になりたかったから。
誾千代の守もうとしているものをともに守りたかったから。
「本当に私も年をとったものだ。息子にこんな話をするとはな・・・」
苦笑する義父に忠茂は、思う。
迎えに来てくれた、と義父は言った。
けれど、きっと本当は―。
早く誾千代の元へ逝きたいのだろう・・・。
早く逝かせてあげたいような。
もっともっと長く生きて欲しいような。
忠茂の中に、ぐるぐるとそんな感情が揺れる。
すると、猫がそっと忠茂の膝に手を置いた。
その様子を見て、
「私にしか懐かなかったのになぁ・・・」
恨みがましそうに言う 宗茂に、忠茂はとても悪いことをしてしまったような気になる。
そんな気持ちを抱えつつ猫の背を撫でる。
猫は気にせず、今度はごろりと横になって再び眠ろうとしている。
――義父上は、きっと猫のような義母上に翻弄されたのだろうな。
亡くなって長いのに、まだ義父上を翻弄しているのだから。