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ただ見つめた。
宗茂を見つめた。それは確かに宗茂なのだが、誾千代は知らぬ男を見ているような気がした。
深い眠りから目覚めて、右肩に鈍痛を走った。気を失うような痛みよりも、自分のいる場所がどこであるのか分からずに混乱した。混乱した意識の中、床を抜け、障子を開いた。
そして、そこに縁に腰掛けて、庭を眺めている宗茂を見つけた。
その姿が――いつもと違うように思えるのは――。
ふ、と宗茂がこちらを見た。
その瞳があまりに真っ直ぐ過ぎて、誾千代は胸が震えた。
「目が覚めたか?」
「あ・・・?あぁ・・・うん」
曖昧に返事をしてから、ここが柳川城の一室であることに気付く。別居していたとはいえ、見慣れた部屋に庭。
城内が、落ち着きとざわめきとが不思議に混ざり合った喧騒に揺れている。
「柳川・・・城か」
「あぁ。丸一日目覚めなかった」
「そうか・・・」
誾千代は鈍痛を感じる右肩を、そっと押さえた。ずしりとした痛みに思わず眉をしかめる。痛みを堪えれば、徐々に意識は冴えていく。
(そうだ、敵に囲まれて、火を放たれて)
関ヶ原で戦があって。
立花がついた西軍は、家康率いる部隊と 衝突するも敗北。
部隊は壊滅したが、誾千代もまた九州へ逃げ延び、しかし、 敵の追撃部隊に追いつかれ、そこで宗茂と再会して。
(宗茂は私を逃そうとして、でも、私は宗茂の元へ戻って)
正直、その先のことはよく覚えていない。
覚えていることといえば、抱きしめられた宗茂の体温だけ。
誾千代は、痛む右肩を押さえた手をそのままに、左手もぎゅっと自分で自分を抱きしめるように手を回す。
「痛むのか?」
ふるふると誾千代は首を振るが、けれども、すぐに頷きもする。
「どっちだ?」
宗茂が、軽く笑いながら、誾千代に近付く。
宗茂の頬にあるそれは、いつもも口の端に、小ばかにしたような笑いを引っ掛けたものではない。
優しくて、甘くて、どこか苦しそうで、知らない顔に見えた。
それは庭を眺めていた時の宗茂と同じで。
何を考えていた、と問わずとも誾千代には、分かるような気がした。
「よくここまで逃れられたな」
「本当だ」
「城は・・・、包囲されているのか?」
「あぁ」
「そうか。お前はこんなところにいていいのか?」
「表に出るな、と由布に言われた」
宗茂が、緩く笑う。誾千代も、同じように応じる。
こんな時――立花の危機だというのに、誾千代の胸の中で、あたたかく溶けていくものがあった。
ほっ・・・とした。宗茂が無事で、ほっとした。
「お前を失うことなど、私が・・・!」
「勝つのだ、ふたりで。生きるのだ、ふたりで」
「これは命令だ」
自分の言った言葉を胸に浮かべつつ、くすりと忍び笑いを洩らす。
いつも傍にいることが当たり前過ぎて。
数珠のように繋がっていることが当然過ぎて、切られることなど想像したことがなくて。
だから、当然過ぎて気付かなかった。失いかけて初めて気付いた想い。
この先をずっと長く、ひとりで生き長らえるよりも、ふたりで生きたい。ひとりになってしまえば、きっと誾千代のいのちは意味をなくしてしまう。いのちは枯れてしまう。
気付いた想いが、胸の中で、やさしく、あたたかく、溶けてゆく。
「私は、お前が好きらしいな」
唐突な誾千代の言葉に、宗茂は珍しく戸惑ったようだが、
「奇遇だな、俺もだ。俺も、お前が好きらしい」
そう言うと、宗茂の瞳が、溶けるくらいに細まった。
きっと宗茂も、あの時に初めて気付いたのだろうと誾千代は思う。互いに、互いの存在の大切さを失いかけないと気付けないとは情けないと思いつつも、失って気付くことにならなくて良かった。
「立花を――」
宗茂が言いかけた言葉を遮るように、誾千代は自分を抱きしめていた手を解いて、宗茂に手を伸ばした。
その手を宗茂が取れば、その温かさが、てのひらからじわりと沁みて、誾千代の胸が心地よい音を刻み始める。
あたたかくて、やさしくて、幸せで、誾千代は涙が出そうだった。
「痛むのか?」
再び、ふるふると首を振ってから、頷く。
「どっちなんだ?」
痛むが、と誾千代は微笑む。
「お前がいてくれるから平気だ。この痛みも生きているから、ふたりで生きていけるから平気だ」
そっと抱きしめられる。宗茂の手が、誾千代の髪へとそっと伸びて、その髪をからめ取る。
甘いふるえが、誾千代の髪から全身へと、走った。
城内が喧騒に揺れる中、この部屋だけ時間から切り取られたように、静かだ。
聞こえるのは互いの鼓動。
これから多くの困難が待ち受けている、と互いに分かっている。
けれど。
今は、どんな思いにわずらわされることもなく、ふたりは、ただお互いのあたたかさを味わう。
宗茂を見つめた。それは確かに宗茂なのだが、誾千代は知らぬ男を見ているような気がした。
深い眠りから目覚めて、右肩に鈍痛を走った。気を失うような痛みよりも、自分のいる場所がどこであるのか分からずに混乱した。混乱した意識の中、床を抜け、障子を開いた。
そして、そこに縁に腰掛けて、庭を眺めている宗茂を見つけた。
その姿が――いつもと違うように思えるのは――。
ふ、と宗茂がこちらを見た。
その瞳があまりに真っ直ぐ過ぎて、誾千代は胸が震えた。
「目が覚めたか?」
「あ・・・?あぁ・・・うん」
曖昧に返事をしてから、ここが柳川城の一室であることに気付く。別居していたとはいえ、見慣れた部屋に庭。
城内が、落ち着きとざわめきとが不思議に混ざり合った喧騒に揺れている。
「柳川・・・城か」
「あぁ。丸一日目覚めなかった」
「そうか・・・」
誾千代は鈍痛を感じる右肩を、そっと押さえた。ずしりとした痛みに思わず眉をしかめる。痛みを堪えれば、徐々に意識は冴えていく。
(そうだ、敵に囲まれて、火を放たれて)
関ヶ原で戦があって。
立花がついた西軍は、家康率いる部隊と 衝突するも敗北。
部隊は壊滅したが、誾千代もまた九州へ逃げ延び、しかし、 敵の追撃部隊に追いつかれ、そこで宗茂と再会して。
(宗茂は私を逃そうとして、でも、私は宗茂の元へ戻って)
正直、その先のことはよく覚えていない。
覚えていることといえば、抱きしめられた宗茂の体温だけ。
誾千代は、痛む右肩を押さえた手をそのままに、左手もぎゅっと自分で自分を抱きしめるように手を回す。
「痛むのか?」
ふるふると誾千代は首を振るが、けれども、すぐに頷きもする。
「どっちだ?」
宗茂が、軽く笑いながら、誾千代に近付く。
宗茂の頬にあるそれは、いつもも口の端に、小ばかにしたような笑いを引っ掛けたものではない。
優しくて、甘くて、どこか苦しそうで、知らない顔に見えた。
それは庭を眺めていた時の宗茂と同じで。
何を考えていた、と問わずとも誾千代には、分かるような気がした。
「よくここまで逃れられたな」
「本当だ」
「城は・・・、包囲されているのか?」
「あぁ」
「そうか。お前はこんなところにいていいのか?」
「表に出るな、と由布に言われた」
宗茂が、緩く笑う。誾千代も、同じように応じる。
こんな時――立花の危機だというのに、誾千代の胸の中で、あたたかく溶けていくものがあった。
ほっ・・・とした。宗茂が無事で、ほっとした。
「お前を失うことなど、私が・・・!」
「勝つのだ、ふたりで。生きるのだ、ふたりで」
「これは命令だ」
自分の言った言葉を胸に浮かべつつ、くすりと忍び笑いを洩らす。
いつも傍にいることが当たり前過ぎて。
数珠のように繋がっていることが当然過ぎて、切られることなど想像したことがなくて。
だから、当然過ぎて気付かなかった。失いかけて初めて気付いた想い。
この先をずっと長く、ひとりで生き長らえるよりも、ふたりで生きたい。ひとりになってしまえば、きっと誾千代のいのちは意味をなくしてしまう。いのちは枯れてしまう。
気付いた想いが、胸の中で、やさしく、あたたかく、溶けてゆく。
「私は、お前が好きらしいな」
唐突な誾千代の言葉に、宗茂は珍しく戸惑ったようだが、
「奇遇だな、俺もだ。俺も、お前が好きらしい」
そう言うと、宗茂の瞳が、溶けるくらいに細まった。
きっと宗茂も、あの時に初めて気付いたのだろうと誾千代は思う。互いに、互いの存在の大切さを失いかけないと気付けないとは情けないと思いつつも、失って気付くことにならなくて良かった。
「立花を――」
宗茂が言いかけた言葉を遮るように、誾千代は自分を抱きしめていた手を解いて、宗茂に手を伸ばした。
その手を宗茂が取れば、その温かさが、てのひらからじわりと沁みて、誾千代の胸が心地よい音を刻み始める。
あたたかくて、やさしくて、幸せで、誾千代は涙が出そうだった。
「痛むのか?」
再び、ふるふると首を振ってから、頷く。
「どっちなんだ?」
痛むが、と誾千代は微笑む。
「お前がいてくれるから平気だ。この痛みも生きているから、ふたりで生きていけるから平気だ」
そっと抱きしめられる。宗茂の手が、誾千代の髪へとそっと伸びて、その髪をからめ取る。
甘いふるえが、誾千代の髪から全身へと、走った。
城内が喧騒に揺れる中、この部屋だけ時間から切り取られたように、静かだ。
聞こえるのは互いの鼓動。
これから多くの困難が待ち受けている、と互いに分かっている。
けれど。
今は、どんな思いにわずらわされることもなく、ふたりは、ただお互いのあたたかさを味わう。
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