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――老いた。
名護屋城の奥、秀吉とふたりきり、向き合っていた。
久しぶりに会う秀吉に誾千代は、老いた、と最初に思った。
けれど、その瞳だけは違った。
老いて、全体的に精細さを欠いているにも関わらず眼光は鋭い。
その鋭い眼光の中に見え隠れするのは――。
それが何なのか掴み取れず、誾千代はほんの少し焦燥感に似た感情を抱く。
名護屋城に着き一休みすると秀吉は、すぐに文の通りに虎や象を見せてくれた。
共に名護屋城に来た侍女に武装させていた姿に、驚いた様子だったが、すぐににこやかに笑顔を向けて、女たちの長旅で用心することは大切だ、などと言った。
侍女たちは滅多に見れない虎や象に、怯えつつもどこか華やかに楽しそうにしていた。
それから。
秀吉と名護屋城の奥でふたりきり、向き合っている。
名護屋まで来たことを改めて労われ、秀吉に届いている宗茂の朝鮮での活躍を教えてくれ、褒められた。誾千代も、宗茂の活躍を聞けば、武人として羨ましくも複雑な気持ちになるが、やはり嬉しい気持ちが勝る。
誾千代も、秀吉の息子の拾の様子などを尋ねる。
老いて出来た息子への溺愛ぶりは聞いている。
まなじりを下げ、でれでれとばかりに拾の様子を語る秀吉だったが、ふっと遠くを見るように目を細めてから、誾千代を見つめてくる。
そして、枯れた腕で小さな子供のかたちを作って、
「拾は、またこんな小さな子供だ」
小さな子供なのだ、と呟いたかと思うと、
「そなたは、わしの次に天下を取るのは誰だと思う?」
思いもしない質問に誾千代は、言葉を失う。
けれど、秀吉はその誾千代の驚きなど想定の範囲なのだろう。
きつく誾千代を見て、目を反らすことを許さない。
「徳川家康か、前田利家か?それとも、他の誰だと思う?」
「それは・・・」
咄嗟に誾千代は、笑顔を作りあげて、
「まだ幼い拾さまの将来がご心配なお気持ちは分かります。ですから、拾さまはご成人なさるまで元気でいなければいけませんね」
そう答える。
誾千代が老いたと思ったように秀吉自身が一番自らの老いを実感しているのだろう。
だから、自分の死後、幼い拾では豊臣を保てない。
そう思い、心配で心配で仕方ないのだろう。
だから、気休めでもいいから、長生きしろと誾千代は言う。
「小田原で、何かあれば勝算のあるほうにつくとそちは言ったな」
「・・・はい」
覚えている。
「豊臣を裏切ることは許さぬ!」
言うなり、秀吉は腕を伸ばして誾千代の肩を鷲掴みにする。
ひっ・・・。
誾千代は、掠れた声で悲鳴を上げる。
枯れた腕だ。それなのに、振りほどけないほどの力なのである。
分かった。
秀吉の眼光の中に見え隠れするそれは――狂気だ。
秀吉の執念。
誾千代の肩にそれが食い込み、掴んで離さないかのように重くのしかかってくる。
――宗茂。
宗茂、宗茂、宗茂、宗茂――!!
遠く朝鮮にいる夫の名前を、誾千代は心で叫ぶ。
今ほど近くにいて欲しい。
そう思ったことはなかった。
【戻る】【前】【次】
名護屋城の奥、秀吉とふたりきり、向き合っていた。
久しぶりに会う秀吉に誾千代は、老いた、と最初に思った。
けれど、その瞳だけは違った。
老いて、全体的に精細さを欠いているにも関わらず眼光は鋭い。
その鋭い眼光の中に見え隠れするのは――。
それが何なのか掴み取れず、誾千代はほんの少し焦燥感に似た感情を抱く。
名護屋城に着き一休みすると秀吉は、すぐに文の通りに虎や象を見せてくれた。
共に名護屋城に来た侍女に武装させていた姿に、驚いた様子だったが、すぐににこやかに笑顔を向けて、女たちの長旅で用心することは大切だ、などと言った。
侍女たちは滅多に見れない虎や象に、怯えつつもどこか華やかに楽しそうにしていた。
それから。
秀吉と名護屋城の奥でふたりきり、向き合っている。
名護屋まで来たことを改めて労われ、秀吉に届いている宗茂の朝鮮での活躍を教えてくれ、褒められた。誾千代も、宗茂の活躍を聞けば、武人として羨ましくも複雑な気持ちになるが、やはり嬉しい気持ちが勝る。
誾千代も、秀吉の息子の拾の様子などを尋ねる。
老いて出来た息子への溺愛ぶりは聞いている。
まなじりを下げ、でれでれとばかりに拾の様子を語る秀吉だったが、ふっと遠くを見るように目を細めてから、誾千代を見つめてくる。
そして、枯れた腕で小さな子供のかたちを作って、
「拾は、またこんな小さな子供だ」
小さな子供なのだ、と呟いたかと思うと、
「そなたは、わしの次に天下を取るのは誰だと思う?」
思いもしない質問に誾千代は、言葉を失う。
けれど、秀吉はその誾千代の驚きなど想定の範囲なのだろう。
きつく誾千代を見て、目を反らすことを許さない。
「徳川家康か、前田利家か?それとも、他の誰だと思う?」
「それは・・・」
咄嗟に誾千代は、笑顔を作りあげて、
「まだ幼い拾さまの将来がご心配なお気持ちは分かります。ですから、拾さまはご成人なさるまで元気でいなければいけませんね」
そう答える。
誾千代が老いたと思ったように秀吉自身が一番自らの老いを実感しているのだろう。
だから、自分の死後、幼い拾では豊臣を保てない。
そう思い、心配で心配で仕方ないのだろう。
だから、気休めでもいいから、長生きしろと誾千代は言う。
「小田原で、何かあれば勝算のあるほうにつくとそちは言ったな」
「・・・はい」
覚えている。
「豊臣を裏切ることは許さぬ!」
言うなり、秀吉は腕を伸ばして誾千代の肩を鷲掴みにする。
ひっ・・・。
誾千代は、掠れた声で悲鳴を上げる。
枯れた腕だ。それなのに、振りほどけないほどの力なのである。
分かった。
秀吉の眼光の中に見え隠れするそれは――狂気だ。
秀吉の執念。
誾千代の肩にそれが食い込み、掴んで離さないかのように重くのしかかってくる。
――宗茂。
宗茂、宗茂、宗茂、宗茂――!!
遠く朝鮮にいる夫の名前を、誾千代は心で叫ぶ。
今ほど近くにいて欲しい。
そう思ったことはなかった。
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