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2024/11
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風の音が、宗茂の眠りを解いた。
早朝――。
いつもなら目覚めないような時間に瞼が開いてしまった。
横を見ると、妻――誾千代の姿はない。いつものことだ。慣れている。
誾千代と結婚して月日は流れた。
だから、もうすっかり慣れている。

それに今は――。
宗茂は上半身を起こすと隣室へ続く襖を見つめる。

今は、傍にいてくれるだけで嬉しい。

夫婦の寝室は襖を挟んで隣同士。
けれど、その隣室に誾千代はいつもいない。
昨年、誾千代の父である立花道雪が死去した。
その四十九日が過ぎた頃、誾千代が宗茂に別居を申し出てきた。
孫を心待ちにしていた道雪だったが、その顔を見ることは叶わなかった。
それが誾千代の心に傷を残したことを宗茂は感じとっていた。
だから、誾千代の本意が別にあることを察しつつ、静養のつもりで別居に応じた。
別居してしばらくして、誾千代は宗茂に仕える侍女たちを入れ替えた。
すべて、見目麗しい美女ばかりだ。
一体どこで調達してきたのだろうと宗茂は関心した。
けれど、その侍女たちに手をつけることはしなかった。
つけたいとも思わなかった。
だから、暇さえ見つければ誾千代のいる屋敷に通った。
そんな誾千代が、先日から宗茂の元に戻ってきている。
傍にいる間は、誾千代が夫婦の交わりを断ることはない。
それは宗茂に好意があるからとかそういう淡い感情からではない。
ただ、跡継ぎを得ることができたらという期待から。
昨晩、誾千代を求めた。
コトが終わるといつもは早々と行ってしまう誾千代が昨晩は珍しく自分が眠るまで近くにいてくれた。
だから、ほんの少し期待していたのだが目が覚めたとき、隣にその姿はなかった。
再び眠る気になれず宗茂が起き上がると、隣の部屋でも小さな物音がした。
そのままにすっ・・・と襖が開かれる。
横座りで顔を出した誾千代に、宗茂は笑顔を向けるが彼女は迷惑気に眉をひそめる。
宗茂は苦笑をもらす。

「眠れないのか?」

誾千代の問いかけに、

「すまない。起こしてしまったか?」

と問いを返すが誾千代も答えない。
起き上がった宗茂は、戸を開き、まだ残る夜の気配を静寂の中で味わう。
背後で誾千代が身動きをしたのが分かった。

「眠れないのだろう?」
「お前が添い寝してくれたら寝られそうだがな」

宗茂の言葉をただの戯言と受け取った誾千代は、それを軽く受け流したらしい。
冷たいなぁ、とわざと恨みがましく言ってみると、

「冷たいのはお前だろう」

誾千代が宗茂の隣に来た。妻の顔を見ると、キッと睨まれた。

「岩屋に援軍をなぜ出さない」
「――立花城に撤退しろと書状は出した」

宗茂は感情のない声で言う。
言ってから、頬を揺らして隣の誾千代に微笑む。


「眠れないのは誾千代、お前だろう?」




  ※


今、この九州を島津家が席巻している。
それにすでに斜陽の憂き目をみていた大友家は追い詰められていた。
島津に滅ぼされるのも時間の問題。
世間はそう見ていた。

けれど、そこに立ちふさがったのが宗茂の父―高橋紹運だった。
筑前岩屋城の高橋紹運が島津に立ち塞がった。
しかし、兵の差は圧倒的であった。
高橋軍が800にも満たないのに対し、島津軍は2万。
島津軍より幾度も幾度も降伏するように使者が飛んだが、それを高橋紹運は拒絶し続けている。高橋紹運の長男、立花宗茂は幾度も父に、立花城まで撤退するように書状を出し続けが返答は否。



 ※



「眠れないのは誾千代、お前だろう?」

そう言われ誾千代は、宗茂から目を反らす。
そんな誾千代の頭に、ふわりと声が落ちてくる。

「ありがとう」

宗茂に言われ、誾千代は唇を噛んでうなだれる。




「帰ってきてくれてありがとう」


今、このとき、俺の傍にいてくれてありがとう。






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