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その知らせを受けて、宗茂はそうかと言うとそっと瞼を閉じた。
不思議と心は落ち着いている。
父はきっと――最期まで武士として立派に生きたのだろう。



――7月27日、島津忠長による総攻撃を受け岩屋城陥落。


「次は――」
「立花城だが、島津も相当な痛手を負っているはず。すぐにはこないだろう」

ゆっくりと宗茂は瞼を開くと、誾千代を呼んできてくれ、と言う。
家臣は静かに頷くと、音もたてずに部屋を後にした。
しばらくして、部屋にやってきたのは誾千代だけだった。
気を使ったのか、誾千代が遠ざけたのか。おそらく前者だろう、と思いつつ、無言のまま入ってきた誾千代に、

「岩屋城が落ちた」

と告げる。誾千代の瞳に一瞬鈍く揺らめいたのを宗茂は見てとった。
当然分かっていた結果だ。
けれど、誾千代はどこかで期待していたのかもしれない。
今もどこか落ち着かない様子で、手をぎゅっと握りしめている。
なぁ、と声をかけると目線だけ上げた。

「遠乗りに行かないか?」
「こんな時にか?!」

非難めいた誾千代の声に宗茂は、笑う。

「島津の者たちが偵察に来ているかもしれないだろう?だから、こちらも偵察だよ」





 ※



ここは――・・・。

誾千代にとってはあまりいい思い出ではない場所。
宗茂にお前と結婚すると告げ、また、お前だから嫌なんだ、とも言った場所。

先を走る宗茂の後を追って辿りついた場所。
馬を縛りつけた宗茂が、まだ馬上の誾千代に、

「あの木だったな、お前はふてくされていたのは?」

あの時、誾千代がもたれかかっていた木を指さす。
誾千代は馬から降りると、殴りかかりそうな勢いで宗茂に掴みかかろうとするが、宗茂に抑えこまれる。

「お前―、なんでこんな時に・・・」

人を茶化すようなことを言う、と言葉をつなごうとしたのに出来なかった。

どうして、どうしてお前は――・・・。

その胸に抑え込まれた瞬間、誾千代の瞼から涙が溢れた。
今まで堪えていたのに――・・・。
そのまま、ずるずると膝の力が抜けて、地面に座り込む。
そんな誾千代の体を支えながら、宗茂は片膝をたてながら、そっと彼女を見る。
ぷいっと顔をそらすが、宗茂はいくら顔をそらしても覗き込んでくる。


「――こんなにお前は泣き虫だったか?」


くいっと顎を掴まれて、顔を上向かされる。キッと誾千代は、宗茂を睨んだ。

「違う!」
「嘘をつくな」
「――今、私が・・・」

今、私が泣いているのは、お前が泣かないから。
代わりに仕方なく泣いてやっているんだ。

誾千代はしゃくりをあげながらそう掠れた声で言う。


沈黙が流れた。
静寂の中、濃い草の緑を漂わせる風がふたりの鼻先をかすめる。

泣きじゃくりながらそう言った誾千代に、宗茂は一瞬魂でも抜かれたかのように瞬きもせずに、誾千代を見つめたままでいたが、しばらくして、小さく肩を揺らしたかと思うと、誾千代を強く抱きしめた。

「――っ!」

息ができないぐらい強く抱きしめられ、誾千代は驚き、抗議の意思を示すために宗茂の胸元を掴み、離そうとして、気付いた。
宗茂の肩が小さく震えている。
最初、笑っているのかと思った。でも、違う。
けれど――。
泣いているわけでもない。

「宗茂・・・?」
「俺の代わりに泣いてくれているんだろう?」

だったら、泣いてくれ、と耳元で言われ引っ込みかかっていた涙が再び姿を見せる。


――今、分かった。

こんな時にどうして遠乗りに行こうと言い出したのか今分かった。


私が――。
私が家臣たちのいる場所で泣かないで済むように、だ。

誾千代は抗議の為に掴んでいた宗茂の胸元を今度はぎゅっと近く引き寄せるようにして、その胸に頭を預けて泣く。


「私は――・・・」

お前の代わりに泣いてやっているんだ。


何度も何度もそう言う誾千代の頭を宗茂は、大切そうに撫でさせる。
素直じゃない態度とは裏腹に、誾千代の体はいつも優しくて暖かい。




父上――。

宗茂は、誾千代を抱きしめながら、そっと空を見上げる。

岩屋城はこの国の中央への梧桐一葉となっただろう。
そして、この地にも姿を見せるだろう。
羽柴秀吉という名の男が――。


父が命をかけて作ってくれた時間を大切にします。





父上が、守るべきものを守ったように――。

俺も守るものを守りきります――・・・。




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