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2024/11
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面白いな、と呟きを落としたのは宗茂。
その宗茂の視線の先にいた妻―誾千代が、ムッと眉を歪める。

「悪かったな」

誾千代にそう言われて、意味が分からなかった宗茂だが、その手元に気付く。
誾千代が裁縫をしていた。
確かに果てしない危うい手つきで針仕事をする誾千代は、面白い。
ほつれが直る前に、誾千代の手が穴だらけになりそうだ。
けれど、宗茂が面白いと言ったのは別のこと。
視線の先に誾千代がいたが、誾千代を見ていたわけではない。

「繕いものぐらい誰かに任せればいいだろう」

ぷいっと誾千代は顔を反らす。下手だという自覚は十分にある。
けれど、これは自分でやりたいのだ。息子のものだから。
正確には養子。宗茂の弟である直次の四男を、生まれてすぐに養子にした。
名前は千熊丸。
引き取ったばかりの頃は、おそるおそる接していた誾千代だが、今ではすっかり母親らしくなってきている。
その千熊丸は、両親の傍らでぐっすりと眠り込んでいる。
足取りも言葉も、ようやくしっかりとしてきたばかり。
寝ている時以外は、大人しくしていないので、目が離せない時期だ。

「じゃあ、何が面白いのだ?」

裁縫を続けようとした誾千代の手を、今度は宗茂が不躾に見てくるので、睨みつけながら問う。

「――真田」
「えっ?」

予想外の返答に誾千代は、長い睫を上下させて、きょとんと目を丸くしてから、

「あの家に何かあったのか?」
「いや」
「じゃあ、何だ?!」

短気な気質はいつまでも変わらない誾千代が焦れる。
誾千代にしたら真田は返し切れない恩のある家である。その真田家に何かあったかと思うと落ち着きがなくなるのも仕方がない。

「まだ何もないが、これから――みたいだ」
「これから?」
「今までどんなに酒宴や茶会に誘っても、のらりくらりと断り続けていた信之殿が、今になって誘いに応じた」
「お前がしつこく誘い過ぎただけじゃないのか?」

上田で世話になっていた頃に会った信之を、誾千代は思い出す。
あまり人付き合いを好んでする人間には見えなかった。
世話になっていた頃も、ほとんど顔を合わすことはなかった。
誾千代は上田にいたが、信之は沼田にいることが多く、上田に用にあれば顔を出し――それもあやめに会うついでだ―会えば優しい労わりの言葉をくれた。
けれど、誾千代個人に対しては何も興味がない。
世話をしてくれたのだって、自分が妻である稲の友人であるから。
それ以上でもそれ以下でもないというところだった。
逆に大げさに気遣われるより、誾千代には気楽だった。

しつこく誘い過ぎと言われた宗茂は、その可能性もないわけじゃないが、と苦笑する。
再起できたのも信之のおかげなのだから、何か礼をしたい。親しく会話をしたい、と思うのが人情ではないかと宗茂は思うが、信之はいつも本当にそっけない。
そもそも立花家に関心がないらしい。
本当に誾千代と稲が親しくしていたから、手を貸しただけ。
つまるところ、信之が関心があるのは真田家と稲と子供たちのことだけ。
いや、と心の中で宗茂は首を振る。
あとは、九度山で流謫生活を送っている弟のこと。
父である真田昌幸は死んだと聞いている。
幾度も幾度も弟の許しを将軍となった秀忠に訴えていることは、秀忠に気に入られ、傍に仕えるようになった宗茂はよく耳にする。
影で徳川の犬、と揶揄されるぐらいに忠誠心を持って信之は、徳川に仕えている。
秀忠も、信幸個人に対しては遺恨はない。
家康は信之には好意的だし、秀忠にも大切にするように内々に言っているらしい。
ただ、昌幸と幸村に対しては、複雑な感情がうずまいて消えないらしい。
関ヶ原も遠い思い出となりつつある今、戦を知らない若い武士も増えた。
彼らは歴戦の武将たちに戦話をせがむ。
宗茂もせがまれれば話すが、信之は自分のことは語らず、父弟の戦歴を語るという。信之と戦ったこともある者たちにしたら、あれだけの武勇があるではないかと言うので、それがまた謙虚だと評判なのだ。
天下をとった徳川に真田家は負けたことがないので余計に。
けれど、それがまた幸村の赦免を、難しくもしている。


「あまり人付き合いを好むお人ではないだろう?」
「――そうでもないと・・・思うが・・・」

江戸城内で見かければ人といることも多く、宗茂とも顔を合わせれば話はする。
近づいたと思えば、するりと交わされる。
そんなところがかつての誾千代に似ているとも思うのだ。
思い出して宗茂は、ふっ・・・・と笑いを浮かべる。

「何が可笑しい?」
「いや、別に」

ん・・・、と小さく唸って、千熊丸が寝返りをうった。
それにふたりは気を取られたが、誾千代がぐっすり眠っているのを確認して、その髪を優しく撫でる。母の手に千熊丸は、眠っているのに少し嬉しそうに笑う。
そんな息子を見ながら、

「やはり真田家の娘が欲しいな」

ぽつり宗茂が言えば、誾千代は呆れたように溜息する。
千熊丸の妻は、真田家から欲しいと今から言っているのだ。
前に年頃が合う娘がいないとあっさり断われらている。
関ヶ原の後、稲はふたり、娘を産んでいるが、千熊丸よりふたりとも年上。
そもそも、幕府から許可がでるはずがないと信之に言われた。
宗茂は関ヶ原で西軍、身内より西軍側を出している真田家が縁戚になることを幕府は認めないだろうと。

「諦めの悪い奴だな」
「多少年上でもいいと思うんだ。あのふたりの娘なら美しくなるだろう」
「確かにそうだろうが、肝心な問題は違うだろう」

誾千代は、稲の産んだ娘たちは赤子の頃から知っている。
愛らしい整った顔立ちをしており、将来は美しくなるだろうという片鱗を見せている。
けれど、女の立場から考えて誾千代は、その娘たちを千熊丸が嫁を娶れるようになるまで待たせるのは忍びないと思うのだ。
年があがるほどに初産は厳しくなるのだから。
それを言っても宗茂には、ピンとこないらしい。
信之の言う問題点も、自分が秀忠にお願いすればどうにかなるのではないかと短絡的に考えているらしいので、誾千代は溜息するしかない。

「お前が、あまりしつこいから正式に断るつもりで、誘いに応じたのではないか?」
「――・・・」
「きっとそうだろう!」

突き離すように誾千代は言うと、裁縫に戻ろうと手を動かすが。

「じろじろ見るな!!」

誾千代にキッと睨まれて、ついクククッと笑いを揺らすと、それで千熊丸は目が覚めてしまったのか、唸りながら目を擦って、眠たそうな目で両親を交互に見る。
そんな千熊丸に手を伸ばして宗茂は、膝に乗せる。

「お前が大声出すから起こしたではないか」

否定できない誾千代は、ぐっと悔しそうに宗茂を睨みつける。





その姿を見つけて宗茂は思わず、おっと声が出た。
信之の長男の信吉がいたのだ。江戸城に出仕してきたらしい。
先に気付いたのは宗茂だが、信吉は廊の脇に反れて道を開けると、にこりと人懐っこい笑顔を向けて、挨拶の口上を述べる。
そのにこやかな笑顔を見ていると、父の信之より幸村に似ていると思う。信之と幸村の従姉妹が母だというのだから、真田家の血が濃いのだろう。
信吉は、宗茂に戦の話をせがんでくる若者のひとりで、熱心に聞いてくるし、この場合どうするか問いかければ、いい答えを返してくる。そんな信吉の悩みは、

「背は伸びたか?」
「弟に越されそうです・・・」

長身の信之や幸村のようには、背が伸びないこと。
実母であるあやめは小柄だし、祖父の昌幸もまた小柄なので、そちらに似たらしい。
誾千代は、あやめを頼りにしており、立花家によく滞在している。
そんな実母―真田家―と立花家に何かあるのだろうと気付いてはいるらしいが、詮索するようなことはしない。

「弟にだけは抜かされたくないのですが」

心底悔しそうな信吉に、同じく弟のいる宗茂は、気持ちが分かるがつい笑ってしまう。

「笑い事ではありませんよ!」

宗茂としては笑い事でも、当人は真剣に悩んでいるらしい。
信之と幸村もとても仲が良かった。稲が嫉妬するぐらいだったと聞いている。
そして、また信吉と信政も仲が良い兄弟だ。
宗茂は自分と弟の直次は仲も良好だし頼りにしているが、信之と幸村の関係とは異なる気がしている。
誾千代が稲から聞いてくる話の又聞きではあるが。

あのふたりはまるで――共依存。


「近頃の弟は、本当に可愛げ気がない」

至極真面目な面持ちでそんなことを言うので、宗茂はまた笑ってしまう。
背が抜かれそうになっても、いつまでも弟は小さな弟の印象のままなのだろう。



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