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怖い、と思う自分を情けないと誾千代は思う。
立花の誇りのため。主家のため。民のため。
どんな大義名分があったとしても、戦で人を殺したことを怖いと思うことがある。
戦の最中は、神経が麻痺していても終わった後、すっ・・・と指の先から全身が冷えていくような感覚に襲われ、全身が凍ってしまいそうになる。
苦しくて苦しくて仕方がない。
怖くて怖くて仕方がない。
息の仕方を忘れて、苦しくて苦しくて仕方がない。
なのに、それを外へは曝け出すことは出来ない。
だから、精一杯虚勢を張って、幾重にも頑丈に衣を纏って自分の弱さを隠す。
立花の誇りの為に――。

あれは初陣の頃――。
誾千代を守ることを父、道雪より命を受けた者が、死んだ。
誾千代を守って死んだ。
つい先ほどまで生きていた人間が、一瞬の間の後、死んだ。ずさりと倒れた男は微笑んでいた。誾千代を守れたから笑っていた。

「あぁ、誾千代さまがご無事でよかった」

そう言って死んだ。
その男の家族も「誾千代さまを守れたのなら満足でしょう」と泣き笑いながら言った。
自分を守って死んだ男に、両親も妻も子供もいた。
そして、自分が斬った、殺した者たちにも待っている家族がいる。
そんな当たり前のことに誾千代は、気付かされた。

ぼんやりとそんなことを思い出して溜息。
けれど、誾千代は、その溜息が自分が思ったよりも重く濃いものだったことに気付き、慌てて口を手で覆う。
隣室で眠る夫である宗茂は、意外にも小さな物音も聞き逃さない。
だから――。

「――断りもなく入ってくるな」

襖が開かれ、宗茂が誾千代の部屋とへ入ってくる。

「夫婦じゃないか」
「夫婦だから何だというのだ。――入ってくるな!」
「寒いから」

宗茂が布団に入ってくるので、誾千代が蹴りだそうとするが、その誾千代の右足首を宗茂が捕らえる。

「冷たいな」

離せ、と上半身を起こして手で払いのけようとすれば、その手も捕らえられる。

「手も冷たい」

いい加減にしろ、と怒鳴れば、やれやれとばかりに宗茂が手を離す。
離して手を誾千代の頬に当てるので、払いのけようとすれば、今度は両手首を簡単に片手で捕えらてしまう。

「お前――・・・」
「頬は熱いな。風邪でもひいているのか?」
「離せ!」

宗茂は、ふっと笑う。
戦後処理が終わった頃になると、誾千代が不眠気味になることに気付いていた。
一体何を苦しんでいるのだろうか?
戦場での凄惨な光景を思い出しているのか?
それとも、死者たちを思っているのか?
一体何を恐れているのか?
それが知りたい。けれど、決して口を割らないことも分かっている。

離せ、と言いながら、キッと自分を睨んできた妻だったが、そのうち下唇を噛み締めながら俯いた。
泣いている。
驚いて顔を上向かせれば、顔をそらされるが、顎を掴んで自分に向かせる。
悔しそうな顔をしている。
けれど、その頬に伝うのは、涙。


頬に宗茂のぬくもりを感じた瞬間。
胸が苦しくなって、堰き止めていた何かが弾けた。
駄目だ、泣くな、と思ったのに涙が零れた。一粒流れれば、あとは溢れるばかり。

「どうした?」

誾千代は、何でもないと首を振る。

「私から離れろ!」
「嫌だね」

そう言うと誾千代の両手を解放する。
すっ・・・と宗茂の体温が引いていくと思ったが、すぐさま、誾千代の体ごと宗茂は捕らえる。

「何を泣いている」
「お前には関係がない」
「あぁ、面倒だな、お前という奴は――」

きつく抱きしめた胸の中で、もがく妻に、

「涙を止めるには、どうしたらいいか教えてやろうか?」
「――・・・」
「泣くだけ泣けばいい。無理に止めようとすればするだけ涙は溢れる」


あぁ、面倒な女、と宗茂は思う。
泣くという単純な生理現象さえ、素直に出来ない女。
あぁ、本当に面倒だ。
誾千代でなければ勘弁だ。


凍えた肌に宗茂の体温は熱いばかり。
なのに、いつしか溶けて馴染んでいく。
そして、それを感じながら「ここ」にいたいと思って戸惑う。


戦場に出る限り逃れられないであろう苦しみ。
いや、下手したら生涯――かもしれない。

涙を止める為だ――他意などはない。
そう自分に言い聞かせて、誾千代は溢れる涙で宗茂の寝着を濡らす。

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