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「そうか。じゃあ、そのように計らってくれ」
築城場所について説明をした後、秀吉が言った。
その言葉は、あの時と同じものだった。
あの女の自害を告げ、その処置方法について提案した時と同じもの。
あの時も同じ言葉を三成に告げた。
「抱きしめてあげなよ。このコが本当に好きだったのは三成、あんたなんだから」
秀吉の妻―ねねが、三成に言った。
水死体は大抵、水を含み顔や手足は白くなり、胴体はどす黒く醜くなるものだが、発見が早かった為か、綺麗なものだった。寝ているだ、という表現はぴったりだった。
けれど、骸を抱きしめる趣味はない。
どんなに綺麗でも、骸は骸でしかない。
そんな骸を抱きしめて何になるというのだ。
冷たい、あんたは心根の冷たいコだよ、とねねは三成を非難した。
なぜ自分が責められなければならないのか――三成は不満だった。
死した女は冷たくないというのか?
死んでいった女は冷たくないというのか?
くだらない、と思った。
なぜ女はひと時の感情でだけ生き、人を非難するのだろう。
今を堪えればいいだけのことを、なぜ待てない。
くだらない。
「では、そのように準備を始めます」
そう答えると、満足そうに秀吉は三成をにこにこと見る。
さすが三成じゃ、と賞賛するその心に裏がないことを三成は、よく知っている。
口の端に愛想程度の笑みを浮かべつつ、その場を辞する。
築城にあたっては下準備と後方支援を三成、建設指揮を加藤清正があたることになっている。秀吉の子飼いと言われ、寝食を共にしてきたが仲間だ。清正とふたり連れだって歩いていると、前方から宗茂が歩いてくるところだった。
にこやかに人好きような笑顔を向けて――それが多少三成には鬱陶しい。
それに――。
あの女の夫だ。
誾千代のあんな微笑みを見たから、死んだ女のことを思い出すのだ。
あの女も初めて会った時――彼女も花を手折っていた。
――あの花もすべて流されてしまったのですね。
脳裏に蘇ってきた声。己の記憶力を呪いたくなる。
「築城はあの場所に決定ですか?」
宗茂の言葉に三成は小さく頷くだけ。
自分の存在に気づいていたのかとは思ったが顔には出さない。
「変なところをお見せしてしまいまして」
「いえ」
そのまま三成は通り過ぎたが、清正は宗茂と立ち話を始めた。
「――石田三成」
三成は、思わず眉根をしかめる。
無言のまま、そう言った誾千代を見据えたまま。
再度築城の為に視察に来たところ、同じ場所に誾千代がいた。花を持っていた手を後ろに隠すと、そのまますっと捨てる。
「ここに築城するのか?」
誾千代に問われ、三成は頷く。
「そうか、確かに立地条件がいい所だ」
「お前はここで何をしている?」
「――遠乗りだ。馬は向こうに縛ってある。やることがなかったから。せっかくいい場所を見つけたと思っていたのだが」
小田原攻めは戦というより小田原城を囲み包囲網を張っているに近い。夫である宗茂は忙しくしている様子だが、誾千代はそうでもないらしい。
「この前、ここに―・・・」
「その花は潰されるぞ。そんなに気に入ったのなら持ち帰ればいい」
三成の言葉に、誾千代の目に動揺が一瞬走る。
言ってから三成は、ふと自分ならそう言われたら意地でも持って帰らないだろうな、と思いふと口の端に苦笑を浮かべる。それを自分が笑われたと思ったのか、
「何がおかしい」
誾千代が怒鳴るようにキッと三成を睨み、言う。
「いや、おかしいのは俺だ。」
「えっ?」
「まぁ、いい。せっかく咲いているのを潰されるよりは、摘んで種を他に撒き咲かせてやれ」
「花を愛でる趣味があるような男だとは思わなかった」
それはお前だろう、と思いつつも三成は口にしない。
「綺麗なものは綺麗だと素直に認めればいい。男も女も関係はない」
言うのは簡単だが――三成は心の中で付け加える。
「――…そうだな」
三成の言葉に、誾千代は視線を花へと向ける。
「なんて花だろうか」
「ヒナゲシ」
「えっ?」
「虞美人草と言ったら分かるか?」
「――これが….。よく知っているな」
「故郷にも咲いていた」
「出身は確か近江。琵琶湖のあるところ」
「ああ」
「琵琶湖は海のように広いと聞くが」
「女は、海とか湖とか好きだな」
「男も女も関係ないと思うが」
「そうか」
誾千代は虞美人草を一本手折る。
「お前の髪の色のような花だな」
「そんなに毒々しい色はしていない」
誾千代が、軽く笑った。
「でも、とても綺麗だ」
「毒性はないらしいが芥子だぞ」
「お前はよく物を知っているな」
そう言われて不快そうな顔をする三成から誾千代は、目を反らすと虞美人草を数本手折る。
「項羽の自害した愛人の墓に咲いた花だったな」
「――自害か・・・」
冷笑しながら言う三成に、誾千代は
「足出まといにならない為に自害を選んだ女の何がおかしい」
「別にその女を笑った訳じゃない。昔のことを思い出しただけだ」
「昔のこと?」
誾千代の声など聞こえていないかのように、まぶしいものを見るように目を細めた後、
「お前が虞美人なら死を選ぶか?」
「私は女である前に立花だ!」
「仮の話だ。お前の夫が項羽のように追い詰められたら?」
「虞美人のようには死なぬ。立花の誇りの為に戦う」
「勇ましいな」
――あの女にもこれぐらいの強さがあれば。
今頃そんなことを思っても仕方がない。
どうかしている、と思った。なぜ今頃になってあの女のことを思い出すのだ。
過去に縛られるつもりはない――なのに。
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築城場所について説明をした後、秀吉が言った。
その言葉は、あの時と同じものだった。
あの女の自害を告げ、その処置方法について提案した時と同じもの。
あの時も同じ言葉を三成に告げた。
「抱きしめてあげなよ。このコが本当に好きだったのは三成、あんたなんだから」
秀吉の妻―ねねが、三成に言った。
水死体は大抵、水を含み顔や手足は白くなり、胴体はどす黒く醜くなるものだが、発見が早かった為か、綺麗なものだった。寝ているだ、という表現はぴったりだった。
けれど、骸を抱きしめる趣味はない。
どんなに綺麗でも、骸は骸でしかない。
そんな骸を抱きしめて何になるというのだ。
冷たい、あんたは心根の冷たいコだよ、とねねは三成を非難した。
なぜ自分が責められなければならないのか――三成は不満だった。
死した女は冷たくないというのか?
死んでいった女は冷たくないというのか?
くだらない、と思った。
なぜ女はひと時の感情でだけ生き、人を非難するのだろう。
今を堪えればいいだけのことを、なぜ待てない。
くだらない。
「では、そのように準備を始めます」
そう答えると、満足そうに秀吉は三成をにこにこと見る。
さすが三成じゃ、と賞賛するその心に裏がないことを三成は、よく知っている。
口の端に愛想程度の笑みを浮かべつつ、その場を辞する。
築城にあたっては下準備と後方支援を三成、建設指揮を加藤清正があたることになっている。秀吉の子飼いと言われ、寝食を共にしてきたが仲間だ。清正とふたり連れだって歩いていると、前方から宗茂が歩いてくるところだった。
にこやかに人好きような笑顔を向けて――それが多少三成には鬱陶しい。
それに――。
あの女の夫だ。
誾千代のあんな微笑みを見たから、死んだ女のことを思い出すのだ。
あの女も初めて会った時――彼女も花を手折っていた。
――あの花もすべて流されてしまったのですね。
脳裏に蘇ってきた声。己の記憶力を呪いたくなる。
「築城はあの場所に決定ですか?」
宗茂の言葉に三成は小さく頷くだけ。
自分の存在に気づいていたのかとは思ったが顔には出さない。
「変なところをお見せしてしまいまして」
「いえ」
そのまま三成は通り過ぎたが、清正は宗茂と立ち話を始めた。
「――石田三成」
三成は、思わず眉根をしかめる。
無言のまま、そう言った誾千代を見据えたまま。
再度築城の為に視察に来たところ、同じ場所に誾千代がいた。花を持っていた手を後ろに隠すと、そのまますっと捨てる。
「ここに築城するのか?」
誾千代に問われ、三成は頷く。
「そうか、確かに立地条件がいい所だ」
「お前はここで何をしている?」
「――遠乗りだ。馬は向こうに縛ってある。やることがなかったから。せっかくいい場所を見つけたと思っていたのだが」
小田原攻めは戦というより小田原城を囲み包囲網を張っているに近い。夫である宗茂は忙しくしている様子だが、誾千代はそうでもないらしい。
「この前、ここに―・・・」
「その花は潰されるぞ。そんなに気に入ったのなら持ち帰ればいい」
三成の言葉に、誾千代の目に動揺が一瞬走る。
言ってから三成は、ふと自分ならそう言われたら意地でも持って帰らないだろうな、と思いふと口の端に苦笑を浮かべる。それを自分が笑われたと思ったのか、
「何がおかしい」
誾千代が怒鳴るようにキッと三成を睨み、言う。
「いや、おかしいのは俺だ。」
「えっ?」
「まぁ、いい。せっかく咲いているのを潰されるよりは、摘んで種を他に撒き咲かせてやれ」
「花を愛でる趣味があるような男だとは思わなかった」
それはお前だろう、と思いつつも三成は口にしない。
「綺麗なものは綺麗だと素直に認めればいい。男も女も関係はない」
言うのは簡単だが――三成は心の中で付け加える。
「――…そうだな」
三成の言葉に、誾千代は視線を花へと向ける。
「なんて花だろうか」
「ヒナゲシ」
「えっ?」
「虞美人草と言ったら分かるか?」
「――これが….。よく知っているな」
「故郷にも咲いていた」
「出身は確か近江。琵琶湖のあるところ」
「ああ」
「琵琶湖は海のように広いと聞くが」
「女は、海とか湖とか好きだな」
「男も女も関係ないと思うが」
「そうか」
誾千代は虞美人草を一本手折る。
「お前の髪の色のような花だな」
「そんなに毒々しい色はしていない」
誾千代が、軽く笑った。
「でも、とても綺麗だ」
「毒性はないらしいが芥子だぞ」
「お前はよく物を知っているな」
そう言われて不快そうな顔をする三成から誾千代は、目を反らすと虞美人草を数本手折る。
「項羽の自害した愛人の墓に咲いた花だったな」
「――自害か・・・」
冷笑しながら言う三成に、誾千代は
「足出まといにならない為に自害を選んだ女の何がおかしい」
「別にその女を笑った訳じゃない。昔のことを思い出しただけだ」
「昔のこと?」
誾千代の声など聞こえていないかのように、まぶしいものを見るように目を細めた後、
「お前が虞美人なら死を選ぶか?」
「私は女である前に立花だ!」
「仮の話だ。お前の夫が項羽のように追い詰められたら?」
「虞美人のようには死なぬ。立花の誇りの為に戦う」
「勇ましいな」
――あの女にもこれぐらいの強さがあれば。
今頃そんなことを思っても仕方がない。
どうかしている、と思った。なぜ今頃になってあの女のことを思い出すのだ。
過去に縛られるつもりはない――なのに。
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