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2024/11
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濃い緑をかきわけて、道なき道を行く。
邪魔な枝を払いながら歩き続けると、ようやく妻―誾千代の姿を見つけた。
よくこんなうっそうと木々の生い茂る中を、行けたものだと思う。
女にしては長身な誾千代だが、それでも身軽なのだろう。
しゃがみ込んで小さな橙色の花を手に、微笑んでいる。
滅多に見れない素直な少女のような微笑。
しばらく眺めていたいような微笑ましい気持ちと、その微笑を自分にも向けてくれないものだろうかと空しさを感じさせるような複雑な思いが宗茂の中に生まれる。

「誾千代」

声をかけると、ハッとしたように手にしていた花をぽいっと捨てると、いつもの澄ました毅然とした誾千代の瞳となって宗茂を見た。
花を愛でる趣味など持っていない。そんな風に。

「勝手にふらふら出かけるな」
「私に命令するな」
「これは命令じゃないだろう」

何を言っても誾千代はつっかかってくる。
宗茂もそれはもう慣れている。
立ち上がった誾千代が、すっ・・・と宗茂の脇を通り過ぎていくので、追いかける。
何を怒っているのか分からないが、その怒り方が子供の頃から変わらないので、一層怒らせてしまうのも分かっているのに笑いながら腕を掴んだその時。

人の気配がした。

地元の住民か?いや、違うな。敵でもない。宗茂は直感で感じ取る。
何をする、離せと抗う誾千代を抱き寄せると、

「誰かいる」

と耳元で囁く。
驚き、ハッと顔を上げた誾千代の隙を狙って、その後頭部を抑え込み、唇を重ねる。

「――っ!!」

抵抗はされなかった。
ここで騒ぐより、大人しくしていた方が賢明だと判断したようだ。
誾千代にくちづけをしたまま、視線をさ迷わせると、赤い髪がサッと揺れるのが見えた。

――石田三成か。


小田原城から見える位置に秘密裏に城を築くという計画は聞かされている。
その場所を探す任務を石田三成が請け負っていることも。

(確かに適した場所だ)

ここからなら小田原城が見えるし、うっそうと茂った木々が築城の様子を隠してくれる。
物音をたてずに三成が去っていく。
きっと面倒な場面に遭遇してしまったとうんざりしているのだろう。
そう思いつつも腕の中で大人しくくちづけを受け入れている誾千代の存在に、宗茂はつい調子に乗る。重ねるだけの軽いくちづけだったが、じょじょに濃いものへと。
けれど、さすがに誾千代も気配が消えたことは気付いてしまっているので、

「――いい加減にしろっ!」

暴れ始めた誾千代を離すと、キッと睨まれる。

「残念、もっと―」
「何が残念だ!」
「そんなに怒ってばかりいると脳の血管が切れるぞ」
「誰のせいだ?!」
「俺か?」
「ほかに誰がいる!!」

ぷいっと怒るとそのまま走っていく誾千代の背を眺める。
見慣れた小さな背。
抱きしめてしまえば片手でさえあまってしまう小さな肩。
その肩にどれだけの重荷を背負っているのだろうか――。
どれだけの頸木が突き刺さっているのか。
誾千代が自分との結婚を受け入れたのは――諦めなのか。

ふと宗茂は、三成がいた方へ足を向け、先ほどのの花が踏まれているのに気付いた。
気付かず踏んだというものではない。
故意に踏み潰されたようなそんな残骸。

「石田殿か?」

あの男も何か抱えてそうだ、と宗茂は思う。
女のような美しい怜悧な容貌の裏に、何か心が闇に包まれているような、何か厄介そうなものを感じる。


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