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「また、お前か――」
三成の視線がそう言っていた。それに誾千代はむっと眉を歪める。
現場確認で足を運ぶ三成は当然だとして、誾千代はただぶらぶらと遊びに来ているようにしか三成には見えないだろう。
「もう日が暮れるぞ」
「もう?」
それほどぼんやりとしていたのか、と誾千代は驚いた。
つい先ほど真昼を越えたばかりだと思っていたのに、もう暮色がじわりじわりと空に滲んでいる。
「よほどここが気に入ったようだな」
「まぁな。でも、今日は宗茂が、虞美人草を駄目にした。だから、また取りに来た」
と誾千代は言う。そうか、とだけ三成は答えると、
「不仲だと聞いていたが、そうでもないようだな」
「分からない」
ひとり言のように誾千代が答える。そんな誾千代を三成は見据えた。
「――分からない?」
「婚約者だった女は、虞美人のように死を選んだそうだが」
「誰に聞いた?!」
三成の声が、ピシリと誾千代を叩いて消した。
それでも、誾千代は怯まなかった。
三成は、宗茂が清正あたりから聞いたのだろうと思い、舌打ちした。
「彼女が死を選んだのはお前の為だったのか?」
「――そんなことは知らん!お葉は勝手に死んだ」
「勝手に死んだとはひどいな。彼女はお前を好いていたのではないのか?」
三成が睨みつけても、誾千代はまるで動じない。
その目の心をちらりとも揺らさなかった。
「あの女が死んだことがお前と何の関係があるというのだ?」
「――宗茂は、私とお前が似ていると言った」
不愉快そうに眉を潜める三成に、誾千代は口の端に笑みを浮かべる。
「勝手に死んだというが、理由を本当に知らないのか?」
「――俺が追い詰めたのだろう」
諦めたのか三成は、溜息をつくように言った。
「どこまで知っている?」
「何も。ただ入水自殺したということだけ聞いた」
そうか、三成はそうは言うものの素知らぬ顔で唸る。その態度に誾千代はじれて、
「なぜ追い詰めた?!」
「お葉は、秀吉様の手がついて側室になった。」
「――」
「見目は良かったが所詮は身分も教養も何もない田舎娘だ。すぐに飽きられると思ったし、事実そうなったが――」
ほぉ、と三成は溜息を吐き落とす。
「子供を身ごもっていた」
「――お前の子供・・・じゃないのか?」
「失敬な。手を出したことはない」
秀吉が実子が欲しいが故に多くの女に手を出していると噂は聞いていた。
そんな中、唯一秀吉の子を身ごもったのが――三成の婚約者だった女。
「生まれた子供もすぐに死んだ。側室となってから精神的に不安定になっていたお葉に、再度子を作れと言ったのが死を選んだ理由だろう」
「なぜそんなことを――・・・」
「今まで子が出来なかったのに、彼女となら再度跡取りが望めるのではないかと思ったからだ」
「彼女の心は何も考えなかったのか?」
「――それが彼女を解放する方法だと思った」
けれど、分かって貰えなかった、と三成は頬に自嘲の笑みを浮かべる。
「私も分からない・・・」
ぽつりと言う誾千代に三成は、
「これからも子供ができなければ、結局はお葉に執着するだろう。ならば、その執着を切る方法は、もう一度子供を作ることだと考えた。その上で生まれた子の母として生きるのならそれでいい。それでも、俺の――」
三成は一度言葉を閉ざしたが、
「俺の妻となりたいのなら、それを許さない秀吉様ではない。お葉に子育ては無理だから、俺が彼女を引き取り、生まれた子供はねね様が育ててくれると考えていた」
「――お前は・・・」
その男の物となり、その子を産んだ女でも、受け入れられるのだな。
誾千代が言った言葉を見つめるように三成は、瞳を動かしたけれど、その先に見つめたのは――。
「その虞美人草を数本」
あの海に流してやってくれ、三成が言う。
「お葉は海を見たがっていた。琵琶湖より広い海を」
「分かった」
誾千代は、虞美人草を手折りながら。
「――もう自分に子供が生めないと彼女は分かっていたのではないだろうか。だから、死を選んだ」
「えっ?」
「女のそういう勘は当たる。けれど、ただの勘でしかないからな・・・。男には分かってもらえないだろう」
「――・・・」
「だから、死を選んだ。死んで生きる為に」
「どういう意味だ?」
すっ・・・と誾千代は、三成の胸元を指差す。
「お前の中だけで生きる為に死んだ、ということだ。お前にだけは覚えていて欲しいから死んだ」
ははっ、と三成は力なく笑う。
「そうかもしれないな。思い出さないようにすることは出来ても、忘れることはできない」
「愛していたのだな」
「正直分からない。面倒臭い女だと思っていた」
「私と一緒だ」
私も分からない、と誾千代が言う。
「お前は夫を愛していないのか?」
「宗茂のことは好きだ。けれど、それが恋愛感情なのかは分からない。子供の頃から一緒にいたのに、急に男として見ろと言われても難しい」
「その割にはこの森でくちづけを交わしていたではないか」
「――やっぱり、お前だったのか!」
瞬間、真っ赤に染まる誾千代のすぐ目の前まで三成は近づくと、その腕を掴んで引き寄せようとするので、誾千代は驚き慌てて、瞬間身構え、キッと三成を睨みつける。
「何をする?!」
「俺だと嫌だろう?でも、夫なら許せる。違うか?」
「宗茂でも私は――・・・」
「嫌の種類が違うのではないか?夫相手だと気恥ずかしくて抗う。俺では心底嫌」
違うか?そう問いかける三成の瞳に初めて見る優しさが滲んでいた。
「俺がそうだった。お葉に真っ直ぐに好意を伝えられるのをどう受け止めいいのか分からず、邪険にしか出来なかった」
夫を失ってから気付いても遅いぞ、と三成が言う。
その言葉を受け止めて誾千代は、小さく頷く。
「やはりお前は、彼女を愛していたのだな」
「そうだと今気付いた」
「遅すぎる」
「言われなくても分かっている」
「私はどうすればいいのだろうか・・・」
心という目に見えず、もどかしいものをどう扱い、伝えるべきなのか分からない。
宗茂のことは好きだ。宗茂の心に近づき、もっと優しさや甘さが欲しいし、自分も彼にそれを与えたい。
そう思うのに――。
どうすべきなのかが分からず逆のことばかりをしてしまう。
分からない。
どうしたらいいのかが分からない。
「そんなこと俺に分かるわけがない」
三成は突き放すが、すぐに
「お前が、お葉の立場だったらどうした?」
突然の三成の問いかけに誾千代は、戸惑いながら、
「彼女と私とでは立場が違う。だから、一概には言えないが、絶対に太閤の側室にはならない。私の場合は夫を傷つけるばかりではなく、立花の家名に泥を塗ることになるからな」
「そうか。お葉にお前のような強さがあれば良かった。」
誾千代に言っているのではなく、三成は自分の内で生き続けているお葉に言っているのだろうと思い、誾千代は何も答えない。
「お前みたいに気が強い女だったんだがな」
「気が強くないとお前とはやっていけないだろう」
クククッと三成が笑った。
「この戦が終われば、宇多頼忠の娘と結婚することになっている」
「大切にしてやれよ」
「努力はする」
「お前は私と一緒で、きっと言葉が足りないから」
言ってから、ハッとしたように誾千代は、三成を見つめた。そんな誾千代に、
「分からないとか言っていたが、答えを知っているではないか」
滞っている恋を流れさせるのは簡単なこと。
だけど、誾千代には何よりも難しいこと。
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三成の視線がそう言っていた。それに誾千代はむっと眉を歪める。
現場確認で足を運ぶ三成は当然だとして、誾千代はただぶらぶらと遊びに来ているようにしか三成には見えないだろう。
「もう日が暮れるぞ」
「もう?」
それほどぼんやりとしていたのか、と誾千代は驚いた。
つい先ほど真昼を越えたばかりだと思っていたのに、もう暮色がじわりじわりと空に滲んでいる。
「よほどここが気に入ったようだな」
「まぁな。でも、今日は宗茂が、虞美人草を駄目にした。だから、また取りに来た」
と誾千代は言う。そうか、とだけ三成は答えると、
「不仲だと聞いていたが、そうでもないようだな」
「分からない」
ひとり言のように誾千代が答える。そんな誾千代を三成は見据えた。
「――分からない?」
「婚約者だった女は、虞美人のように死を選んだそうだが」
「誰に聞いた?!」
三成の声が、ピシリと誾千代を叩いて消した。
それでも、誾千代は怯まなかった。
三成は、宗茂が清正あたりから聞いたのだろうと思い、舌打ちした。
「彼女が死を選んだのはお前の為だったのか?」
「――そんなことは知らん!お葉は勝手に死んだ」
「勝手に死んだとはひどいな。彼女はお前を好いていたのではないのか?」
三成が睨みつけても、誾千代はまるで動じない。
その目の心をちらりとも揺らさなかった。
「あの女が死んだことがお前と何の関係があるというのだ?」
「――宗茂は、私とお前が似ていると言った」
不愉快そうに眉を潜める三成に、誾千代は口の端に笑みを浮かべる。
「勝手に死んだというが、理由を本当に知らないのか?」
「――俺が追い詰めたのだろう」
諦めたのか三成は、溜息をつくように言った。
「どこまで知っている?」
「何も。ただ入水自殺したということだけ聞いた」
そうか、三成はそうは言うものの素知らぬ顔で唸る。その態度に誾千代はじれて、
「なぜ追い詰めた?!」
「お葉は、秀吉様の手がついて側室になった。」
「――」
「見目は良かったが所詮は身分も教養も何もない田舎娘だ。すぐに飽きられると思ったし、事実そうなったが――」
ほぉ、と三成は溜息を吐き落とす。
「子供を身ごもっていた」
「――お前の子供・・・じゃないのか?」
「失敬な。手を出したことはない」
秀吉が実子が欲しいが故に多くの女に手を出していると噂は聞いていた。
そんな中、唯一秀吉の子を身ごもったのが――三成の婚約者だった女。
「生まれた子供もすぐに死んだ。側室となってから精神的に不安定になっていたお葉に、再度子を作れと言ったのが死を選んだ理由だろう」
「なぜそんなことを――・・・」
「今まで子が出来なかったのに、彼女となら再度跡取りが望めるのではないかと思ったからだ」
「彼女の心は何も考えなかったのか?」
「――それが彼女を解放する方法だと思った」
けれど、分かって貰えなかった、と三成は頬に自嘲の笑みを浮かべる。
「私も分からない・・・」
ぽつりと言う誾千代に三成は、
「これからも子供ができなければ、結局はお葉に執着するだろう。ならば、その執着を切る方法は、もう一度子供を作ることだと考えた。その上で生まれた子の母として生きるのならそれでいい。それでも、俺の――」
三成は一度言葉を閉ざしたが、
「俺の妻となりたいのなら、それを許さない秀吉様ではない。お葉に子育ては無理だから、俺が彼女を引き取り、生まれた子供はねね様が育ててくれると考えていた」
「――お前は・・・」
その男の物となり、その子を産んだ女でも、受け入れられるのだな。
誾千代が言った言葉を見つめるように三成は、瞳を動かしたけれど、その先に見つめたのは――。
「その虞美人草を数本」
あの海に流してやってくれ、三成が言う。
「お葉は海を見たがっていた。琵琶湖より広い海を」
「分かった」
誾千代は、虞美人草を手折りながら。
「――もう自分に子供が生めないと彼女は分かっていたのではないだろうか。だから、死を選んだ」
「えっ?」
「女のそういう勘は当たる。けれど、ただの勘でしかないからな・・・。男には分かってもらえないだろう」
「――・・・」
「だから、死を選んだ。死んで生きる為に」
「どういう意味だ?」
すっ・・・と誾千代は、三成の胸元を指差す。
「お前の中だけで生きる為に死んだ、ということだ。お前にだけは覚えていて欲しいから死んだ」
ははっ、と三成は力なく笑う。
「そうかもしれないな。思い出さないようにすることは出来ても、忘れることはできない」
「愛していたのだな」
「正直分からない。面倒臭い女だと思っていた」
「私と一緒だ」
私も分からない、と誾千代が言う。
「お前は夫を愛していないのか?」
「宗茂のことは好きだ。けれど、それが恋愛感情なのかは分からない。子供の頃から一緒にいたのに、急に男として見ろと言われても難しい」
「その割にはこの森でくちづけを交わしていたではないか」
「――やっぱり、お前だったのか!」
瞬間、真っ赤に染まる誾千代のすぐ目の前まで三成は近づくと、その腕を掴んで引き寄せようとするので、誾千代は驚き慌てて、瞬間身構え、キッと三成を睨みつける。
「何をする?!」
「俺だと嫌だろう?でも、夫なら許せる。違うか?」
「宗茂でも私は――・・・」
「嫌の種類が違うのではないか?夫相手だと気恥ずかしくて抗う。俺では心底嫌」
違うか?そう問いかける三成の瞳に初めて見る優しさが滲んでいた。
「俺がそうだった。お葉に真っ直ぐに好意を伝えられるのをどう受け止めいいのか分からず、邪険にしか出来なかった」
夫を失ってから気付いても遅いぞ、と三成が言う。
その言葉を受け止めて誾千代は、小さく頷く。
「やはりお前は、彼女を愛していたのだな」
「そうだと今気付いた」
「遅すぎる」
「言われなくても分かっている」
「私はどうすればいいのだろうか・・・」
心という目に見えず、もどかしいものをどう扱い、伝えるべきなのか分からない。
宗茂のことは好きだ。宗茂の心に近づき、もっと優しさや甘さが欲しいし、自分も彼にそれを与えたい。
そう思うのに――。
どうすべきなのかが分からず逆のことばかりをしてしまう。
分からない。
どうしたらいいのかが分からない。
「そんなこと俺に分かるわけがない」
三成は突き放すが、すぐに
「お前が、お葉の立場だったらどうした?」
突然の三成の問いかけに誾千代は、戸惑いながら、
「彼女と私とでは立場が違う。だから、一概には言えないが、絶対に太閤の側室にはならない。私の場合は夫を傷つけるばかりではなく、立花の家名に泥を塗ることになるからな」
「そうか。お葉にお前のような強さがあれば良かった。」
誾千代に言っているのではなく、三成は自分の内で生き続けているお葉に言っているのだろうと思い、誾千代は何も答えない。
「お前みたいに気が強い女だったんだがな」
「気が強くないとお前とはやっていけないだろう」
クククッと三成が笑った。
「この戦が終われば、宇多頼忠の娘と結婚することになっている」
「大切にしてやれよ」
「努力はする」
「お前は私と一緒で、きっと言葉が足りないから」
言ってから、ハッとしたように誾千代は、三成を見つめた。そんな誾千代に、
「分からないとか言っていたが、答えを知っているではないか」
滞っている恋を流れさせるのは簡単なこと。
だけど、誾千代には何よりも難しいこと。
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