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2024/11
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信幸が小山に到着したのは、昌幸と幸村が沼田についたのと同じ頃。
その前に急使を出し、家康とその息子の秀忠に、真田家が東西に分裂したことは知らせてあるので、先に小山に来ていた秀忠は、信幸を労った。
遅れて家康が同じく信幸を労い、ふとその目を覗き込んで、

「いつもと違うな」

と言った。言われて小首を傾げる信幸に、

「いつもの何を考えているか分からない目をしていない」
「それは今、何も考えていられない状況だからですよ。以前に申し上げましたでしょう?何を考えているのか分からない目をしている時は、本当に何も考えていないだけです」

はははっ、と家康は笑う。

「しかし、痛いな――真田殿の離反は」
「――・・・」
「徳川は真田が苦手だ。先の合戦の折、真田恐怖症をすっかり植え付けられておる」
「――・・・」
「お主にも、こてんぱんにやられている」

ポンっと扇で信幸の肩を叩く。

「お主がいれば、真田の軍略を制せることを期待している。よく来てくれた。沼田とは別に、親の後の領地、また、身分は保証しよう」
「沼田に戻りましたら、孫六郎をお預けしたく思っております」
「――それは楽しみだな。また孫六郎と遊べるとは」


小山では評定が開かれた。
福島正則、黒田長政、細川忠興、池田輝政、加藤嘉明など秀吉恩顧の者も多い。その末席に身を置き、ことの成り行きを見つめる。
中には大坂に妻子を置いてきた者が多い。
信幸の母もそうだが、昌幸が三成についたので人質となっても身は安全だろう。
結果、家康本人は東海道を、秀忠は中山道を通って西上することが決まった。
対上杉には、結城秀康を宇都宮に留まらせる。
その秀忠軍の先鋒と決まった信幸は、評定後、稲からの使いから文を受け取った。
受け取り読んで、クッと笑いを洩らした時、視線を感じた。
見れば細川忠興。
この大変な時に、何を笑っているのかと思われたのだろう。
すぐに行くものだと思ったが、こちらの様子を伺っているなので、こちらから声をかけようとしたその時、評定で進行役だった舅の本多忠勝が信幸に声をかけた。

「よく――」

忠勝の言葉を、ふと目元の笑いで遮り、稲からの文を忠勝に渡す。

「稲からです。さすが、忠勝殿の娘です」

言われて文を開いて、しばらくして忠勝も笑い声を上げる。

「もう稲に手柄をあげられましたなぁ」
「ええ、本当に」

しかし、と忠勝はしみじみと言う。

「稲はすっかり真田の人間ですな」
「そう・・・ですか」

信幸はふと視線を落とし、見えない何かをじっと見つめた。
その目が切なげで悲しげに見えて、忠勝は父弟と袂を別った信幸の胸の内が瞳に映りだされているのだろうと思ったが――。

「稲には――苦労をかけてばかりです」

何も報いてやることはできないままでしょう、ぽつり落とした呟きを、忠勝は拾うことが出来ない。
ただ、しばらく周囲の喧騒に耳を傾けていたが、無言のうち去って行った。
忠勝の姿がすっかり見えなくなった頃。
細川殿、と信幸が忠興に声をかける。普段滅多に関わりがないに等しいのだが。

「ご無沙汰しております」
「こちらこそ」
「私に何が用がおありですか?」

一瞬の間の後。

「奥方の稲姫と、立花宗茂の妻の誾千代殿が親しいと聞いております」
「よく文を交わしているようですが、稲が一方的に慕っているだけかと」

そういえば、九州の立花の動向を信幸は知らないと思ったので、そのまま尋ねる。

「立花は、西軍につくようです」
「それはまた――なんとも言いようのない・・・いや、、当然とでもいいましょうか・・・」

秀吉の元、大友家の陪臣から一大名になったことを考えれば当然ともいえる決断。

「友人として一武将として私は、立花宗茂を尊敬しています。だから、奥方を通じて、誾千代殿を説得してくれませんか?宗茂は、奥方に心底惚れてますから、その説得なら」
「別居していると聞いてますが」
「夫婦とは他人に分からないことばかりです」
「そうですね」

噂に疎い信幸でさえ、細川夫婦のことはいろいろ聞いている。
美しい妻を溺愛しており、その姿を垣間見ただけで殺されるなど、直接聞くことは当然ながらないので、面白可笑しく婉曲されたらしい噂だと信幸は考えている。

「妻には話すだけ話してみますが、この大局選ぶ道は――」
「承知しております。けれど――」

忠興は、激しい気性の持ち主だと聞いている。
眼光鋭い目を持ち、美しい顔立ちだが、顔には傷があり、それはまた一層酷薄そうなに見せるが、心根は情深いのかもしれない。

「奥方は大坂ですか?」

信幸の問いかけに、ぴくりとその眉が歪む。

「大坂の私の屋敷の場所はご存知ですか?父や弟とは別に構えております」
「えっ?」
「今は留守居がいるだけです。人質になるような者がいないことは三成殿も承知のこと。真田の家臣には草の者も多い」
「真田殿?」

ふわり信幸は微笑むだけ。

「建物は壊してしまえば立て直せばいい。けれど、人の命はそうはいかない」
「――・・・真田殿?」

信幸は、薄い笑いを浮かべて忠興を見るが、それ以上何も言う気はないらしく口を閉ざした。そんな信幸に沈黙を合わせていた忠興だが、

「稲姫は――真田の人間になっていると、そんな話が聞こえました」

我が妻は、いつまでも明智の娘でしかない――。

低く押し殺したような声の忠興を、じっと信幸は見つめる。
けれど、その忠興の顔が、奇妙な切なさが揺れる思いにさせるので、ふと目を反らす。反らされた忠興も、ふと我に返ったのか、

「一族が二分してしまった今、それどころではないかと思いますが立花の件、お願いします」

荒々しく踵を返すと、空気を切り裂くような足取りで行ってしまう。








秀忠軍の先陣と決まった信幸は、沼田へと戻った。
沼田城の城門を抜けてすぐに、父上と子供たちが駆け寄って来た。それを抱き上げて、留守居の唐沢に昌幸と幸村が来た時の様子を聞きながら、稲の姿が見当たらないことに気付いた。
部屋で待っていると聞き、向かえば稲が頭を垂れて待っていた。
帰城の挨拶を、と思っているらしい稲が唇を開くより早く、その名を呼ぶ。
稲、と呼ばれ、そっとその肩に触れられ、自分の前で信幸が片膝をついたのが見えて、

「おいで」

瞬間顔を上げた稲の目に浮かぶ涙が激しく揺れるような勢いで、信幸の首に抱きつくと、ありがとう、と信幸の呟きが稲の髪の上に落ちてくる。
信幸さま、信幸さま、と繰り返して、夫のあたたかさに身を任せながら、もっとと求めるようにぎゅっと力を込めて抱き返す。
しばらく、そのあたたかさにあまえたが、

「――本当に」

よろしいのですか?

涙で顔を染め上げながら、不安気に瞳を揺らしてくる。稲の涙を指の腹で拭ってやりながら、信幸は頷く。

「義父上や幸村は――信幸さまを取り戻したくて」
「分かってます。でも、それは出来ない。私は徳川殿に従う」
「それは――」

私が本多の―徳川の娘だからですか?

「それが今、私には有難い」
「えっ?」

きつく強く抱きしめられた。

「私の名の信の字は――、共に元服した武田勝頼様の嫡男、信勝さまよりいただきました。父が真田家の家督を継ぐにあたり、臣従の証として甲府に行った私は、信勝さまの近習としてそのお傍にありました。あの武田家の没落――・・・。最期まで共をするつもりでした」
「――・・・」
「父は勝頼さまを居城に迎え保護し戦えば、勝機があると進言しましたが受け入れられなかった。小山田信茂の岩殿城を選び、そして、裏切られた――・・・」
「信幸さま?」
「確かに武田家では真田は新参者。十一代続けて仕えていた小山田氏では信頼が違う。でも、嫌な予感がして仕方なかった。だから、信勝さまだけでも真田に、と恐れ多くも進言したのですが・・・」

信幸は、長すぎた自分の言葉に、自分自身が疲れてしまったかのような間を取って、

「その時、約束をしました。このまま私が言うとおりに武田の家が滅亡したならば、それならば、真田の家はそれを後学に、決して名を滅ぼしてはいけないと」

だから、この大局。
どちらが勝とうとも、真田の名は残る。

「信幸さま・・・」

信幸は、瞳を揺らす微笑を、皮肉気に歪ませた。

「だから、私には貴方が妻であることは有難い」
「徳川につく、いい口実になるから?」

稲の言葉に、ニッと信幸が笑う。
つられて稲も、頬に苦笑のような微笑を浮かべる。

「――それならば、いいのです。私が徳川側の娘であることが手足枷になっているのではないかと思ってましたから・・・」

私は――。
私は、信幸さまの選ばれた道を共にするだけです。

ありがとう、と言ったそのさりげなさのまま、

「孫六郎を徳川殿にお預けします」
「えっ?!」

そんなの嫌、と言いかけて、稲は口を閉ざした。
今まで見たことがない信幸の顔が、そこに合ったのだ。
有無を言わせないような無機質な瞳で、じっと稲を見てくる。
初めて、怖い、と思った。信幸を怖いと思った。
稲の頬に走った戸惑いを気にせず、黙り込んだ稲に、

「分かってくれたようですね」

そんなことを言ってくるのだ。
稲は、まだ言葉を発することが出来ないでいた。



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忠勝さん文盲だったと見たことあるけど気にしない。>基本私の書くものはそうだ。
そして、いろいろ痛くてすみません。





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