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2024/11
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上田城受取の準備の為、江戸城に出仕した信之は、背後から呼び止められた。
振り返れば加藤清正。
何事もなかったかのように挨拶を交わした後。
人目がないことを確認し、声をひそめて、

「あいつの最期を教えてくださり、有難うございます」
「私も又聞きですが、伝えて欲しいと頼まれましたので。福島殿へは?」
「大号泣で、なだめるのが大変だった」

つとめて明るくはははっ、と乾いた声で笑う。
それに信之はゆらりと笑うことしか出来ない。

「どうやら私は唐瘡(梅毒)らしいです」
「はっ?」

突然のことに信之は、そんな言葉しか出ない。

「こればかりはおねね様の薬も効かない。徳川殿とおねねさまの薬、どちらが効きましたか?」
「――実はどちらも飲んでいません」

一瞬の間の後、清正が笑った。ひとしきり笑った後、

「まぁ、どちらも得体の知れないといえば、そうかもしれない」
「そういうつもりではないのですが・・・」

仮病だったとは言えないので曖昧に笑いを返した信之に、ふと清正は真顔に戻ると、

「朝鮮で歌妓を抱いた。赤毛であいつに似た酷薄そうな女で、ひどく美しかった」
「――・・・」
「あいつに似ていたから――・・・抱いた。その結果がこれだ」

深く重い溜息を落とす清正の顔を、じっと信之は見つめる。
男同士の情交など珍しくないし、清正の言うことがそれに当てはまるのかは信之には分からないが、三成が戻りたがった長浜の頃を共に過ごした仲間。
自分と幸村の兄弟の間に醸成され、積み上げられきた関係と同じで、敵味方に別れても、割り切れない心情があるのだろう。
そして、清正を見つめながら、この男はあやめと同じ道を行くのだろうかと思った。

一生囚われる。
永遠に返ることのない想いを抱えて生きていく。

そんな道を辿るのだろうか?

「今は――、あいつの子供たちが命を永らえたことだけでも有難い」

その時、複数人の声がしたので、ふたりとも小さく頷くと、その場を離れる。
外様同士が親しくない方がいい。暗黙の了解。






信之が上田城に入った頃、雪、と稲は小さく呟いた。
同行したが城には入らず信之が用意させた誾千代を迎える為の屋敷にいた。
雪が静かに降ってきたので縁に出る。
ふるふると、雪が降る。真っ白く、冷たく、無言で・・・。
まるでそれはあの人の寂しさを閉じ込めるように雪が降っていると稲は思った。
信之さま・・・、と小さく呟きを落とすと、稲殿と声をかけられた。
ゆっくりと瞬きをして、それで気持ちの区切りをして振り返る。

「立花さま、こちらにはもう慣れましたか?」

つとめて稲が明るく言うので、誾千代も稲に合わせて笑顔を向ける。

「今日――城の受取と聞きました」
「ええ。その後、壊されるらしいです」
「――・・・」

まぁ、それだけ真田の家が手ごわいということですわ、くすくすと稲は笑いを揺らして見せる。それに誾千代は困ったように瞳を揺らめかせてから、稲の手を取って、

「風邪をひいてしまう。その・・・大切な体なのだから」
「まだ分かりません。一月ないだけですから・・・、ただ遅れているだけかも」

部屋の中に引き入れようとするので、もう一度だけ振り返ると、上田に降る雪をじっと見つめた。

ふるふると、雪が降る。真っ白く、冷たく、無言で・・・。
冬が降る。




無事に何事もなく城の受取は終わった。
その間、幸村は、信之と名を変えてしまった兄ばかり見ていた。
戸石城でし合って以来なのだ。
あの時の怪我は大丈夫だろうか、もう治っているのかと心配したが、考えてみればだいぶ前のこと。
なんだかとても昔のことのような、逆につい最近のことのような。
不思議な気持ちにさせられる。
すっかり時代に置いていかれた気がした。
そして、これからの流謫生活では一層そうなるのだろう。

本多忠政、仙石秀久としばらく話していた信之だったが、ふたりに礼を言ってから、幸村に近づいてきた。それはいつも兄だった。穏やかな笑顔を向けてくる。
昌幸は照れくさいのか、今更信之に何も言うことがないのかそっけなく行ってしまう。

「久しぶりだな」

信之が言う。目の前に来た兄は痩せていた。元々細いのに一層。

「怪我は?」

あぁ、と信之は言って笑った。
大丈夫だとも傷が痛むとも言わないでただ笑うだけ。
首の傷は見えない。
なら、と無理矢理に手を取れば、傷跡がくっきりと残っていた。
あぁ、と幸村が言えば、

「痛みも何もないから平気ですよ、兄上」

一瞬の間の後、弾かれたように顔を上げる幸村に、にやりと信之は楽し気に唇を揺らしている。

「一度ぐらいそう呼んでみたいと思っていた」

どんな顔をするのだろうとずっと考えていたがそういう顔か、と笑う。
幸村をからかうように、面白気ににやにやとしてくるその目。

「本当は兄上が、父上似ですよね」
「そうか?」
「性格がそっくりです」

それは嫌だな、と心底嫌そうに信之が言うので、幸村は苦笑する。

「あの・・・兄上、豊臣家は――」
「まだ――平気だろう。秀吉公存命の頃の約束として、秀忠さまの千姫様が輿入れされる予定だ」
「そうですか」

ほっ、と息を落とす幸村に、信之は一瞬嫌な予感がしたが、それを振り切り、

「父上を頼むぞ」
「――母上をお願いします。実子でない私を慈しみ育ててくれた母です」

あと、くのいちのこともと言えば同時に瞳が緩む。

「もう会えないのでしょうか?」
「分からない。努力はする。――とにかく大人しくしててくれ」
「苦労ばかりかけますね」

いいや、と信之が首を振る。

「生きていてくれるだけでいい。生きていれば、再起の時もあろう」

幸村は黙り込んだだけで特に何も答えはしなかった。
そんな幸村に畳み掛けるように、

「生きていてくれ。頼むから――」

信之が幸村を、強く見つめた。
幸村は信之を、静かに見つめ返した。

そろそろ――本多忠政の声がした。信之と幸村は頷き合う。


雪が舞う中――。
信之は、昌幸と幸村を、付き従う家臣たちを見送った。


ふるふると、雪が降る。真っ白く、冷たく、無言で・・・。
この雪に――。
この雪に閉じ込められそうだ、と思った瞬間、稲に会いたいと思った。

この降り積もる雪に足を捕られ動けなくなったら。
それを救ってくれるのは稲だろう。
真っ白に染まっていく上田。雪は音もなく降りてくる。


ふるふると、雪が降る。真っ白く、冷たく、無言で・・・。


<終わり>




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