忍者ブログ
2024/11
< 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

大助のことは右近に任せている――と信之が言った。

「お前らにも話しておくべきだったな」

そう言うと静かに音もなく立ち上がり、稲がえっと思った時には、信吉が投げ飛ばされていた。信之さま、兄上、と稲と信政の驚きの声が重なった。
今まで病で寝込んでいた信之のどこにそんな力が残っていたのかと思うほどの荒々しさだった。
信之が子供たちに手をあげるのは初めてだったので稲は困惑し、手が震えた。戦場でさえこんなに困惑し、恐ろしくなったことはない。

「お前はもう少しできる奴だと思っていた」

投げ飛ばされた信吉の前に座り込み、その顎を掴み上向かせる。
信吉は無言のまま父を睨みつける。

「どうやら買いかぶり過ぎていたらしいな」
「――・・・」

信之は、信吉の顎を掴んだまま振り返り、

「信政、お前は家督が欲しいか?」
「そんな面倒臭いものはいらない!」

信政は、きっぱりと声を張り上げる。そうか、と信之は薄笑いを浮かべると、信吉に向き直る。

「お前、どれだけ母を傷つけたか分かるか?稲がお前と信政を分け隔てたことがあったか?本多の祖父もお前を実の孫のように可愛がってくれただろう?自らお前に槍の手ほどきをしてくれたのも本多の祖父だ。素質があると喜んでくれただろう?それとも、それが嫌だったのか?それが重たかった?」

信吉は激しく首を振って、稲を見た。それで信之は、息子の顎を掴んでいた手を離す。

「何が正当な血筋だ・・・。お前に向かないと判断すれば、構わず廃嫡する。もう少し人の気持ちが分かる人間だと思っていた。」

再び突き放すようにその胸を、ぐっと押しやると部屋の隅へと追いやり、信之は立ち上がる。

「大助とお前が入れ替わって、誰が喜ぶと思った。それが何になると思った。人の気持ちも分からず、浅はかな知恵を働かせる。そんなくだらないことを考えるより、少しでも自らを磨け」

そして、苦悶に歪んだ表情で、信吉を見下ろす。
そのまま、静寂が過ぎた。
傍にあって息を呑んだ稲には、永遠にも似た重さをもった、それは辛い静寂だった。
やがて。
黙ったまま、信之はくるりと信吉に背を向けて、さっさと部屋を出て行った。
それを無言で追ったのは信政。
残された静寂が、やがて、よそよそしくしらけていく。
しばらくぼんやりとしていた稲だったが、吸い寄せられるように信吉に近づいて、その頭をかき抱く。信之に似た髪質を幾度も幾度も愛しさをこめて撫でて、

「そういえば、信吉は私が産んだ子供でないことなど忘れてましたよ。すっかり私が産んだ気でいた」

あやめ様に怒られてしまいますね、と稲が言えば、信吉の肩が震えた。泣いているのかと思ったが、笑っていた。いや、泣き笑っていた。




4月4日。
家康は、九男の義直の婚儀を名目に駿府を、10日には秀忠が兵を率いて江戸を出立。宗茂もそれに従った。
18日に家康が京都二条城に入り、21日に秀忠は伏見城に着陣。
22日に軍議が開かれた。
大坂方でも13日に徳川の動きを察して軍議が開かれていたが、やはり幸村の策は破棄された。



その少し前、誾千代は京都にいた。
八千子の父の矢島秀行の法要があったのだ。本物の八千子と共に上洛していた。そんな誾千代を男が訪ねてきた。

「京都にいらっしゃると聞きまして」

男――右近は力なく笑った。
誾千代が高瀬から上田に向かう途中、出浦とともに手を貸してくれたことがある男なので、誾千代は懐かし気に突然の来訪を受け入れた。
ふたりで話したいと言われ、部屋にふたりきり。疲れている、と右近を見て誾千代は思った。

「お力を貸してくれませんか?」
「力?」
「本当は立花宗茂さまにお願いすべきかと思いますが、将軍のお傍を離れられないと思いますので、誾千代さまのお力を貸して欲しいのです」

右近の言葉に、誾千代は首を傾げながら、すべてを聞き終えて、そっと去っていく右近の背を言葉なく見送った後、宗茂に文をしたためた。
それを受け取った宗茂は夜陰に紛れて、ある男の陣を訪れた。




「兵糧が3日分でいいとは余裕ですね」

二条城の家康を訪ねた稲は、そう言った。
城内が慌しく戦準備に騒然となっているというのに、ここだけは胸に染みるように静かだった。

「大坂方より3倍の手勢だからな」
「上田合戦のようにならなければいいですね」
「嫌なこと言ってくれるな」

苦々しく眉をひそめた家康を、稲はくすくすと笑う。笑ってから、

「私も行こうかしら」
「稲が?必要ないと思うが・・・」
「あら、これが最後の戦になるのでしょう?乱世に戦場を駆け抜けた一武将としては、最後を見届けたいと思うことは仕方ないのはないでしょうか?」
「そういうものか?」
「ええ、そういうものですよ」

にこりと微笑みながら、昨夜のことを思い出す。
幸村から使いの者が来た。慌しくある物を置いて、とっとと帰ってしまったという。
その包みを開けば、そこにあったのは稲がかつて、昌幸と幸村に作った陣羽織。信吉と信政に引き継いで貰いたいとだけ文には書かれていた。

「形見のつもり気か・・・」

信之が、奥歯を噛み締める。そんな夫の肩に稲が、そっと触れると、

「――幸村は、きっと来ますよ。大御所さま、もしくは秀忠さまの元へ。秀忠さまのところには立花殿がいるので、どうにか止めて下さる。大御所さまの傍には、稲がいてくれませんか?私では、共倒れになるだけ――・・・。私はまだ――・・・」

信之の言葉を思い出しつつ家康をじっと見る稲の顔を、家康も覗き込む。

「妻と母となって長いというのに、お転婆は変わらぬのか?」

そんな家康に稲は、心外だとばかりにむっと眉を潜めて見せる。
からからと家康は笑った。
家康にとって稲は、自身の養女であり家臣の娘であるだけでなく、大切な戦力だった為、結局のところ自分に甘いということを稲は、よく知っている。





くのいち、と右近に呼び止められた。
無言のままでいると、くのいちに脇に右近が座り込んだ。

「満足しているか?大助さまと使いの男を見逃して、幸村さまの今の活躍に満足しているか?」

弾かれたようにくのいちは、右近に掴みかかるが、右近はそれを受け入れ、自分を掴んできたくのいちの手を逆に強く握り締めると、

「後悔しているか?」
「――離せっ!!」

びくともしない右近の強さにくのいちは驚きつつ、うめく。

「人を壊すのは、人の死だ」
「えっ?」
「信政さまの言葉だ。このまま幸村さまも、大助さまも死ねば、真田の家に残るは何だと思う?」
「――・・・」
「抜け殻だ」

右近の手がくのいちから離れていく。

「俺に手を貸せ」

短く告げると、ついてこいと目で訴える。



戻る】【】【






拍手

PR
忍者ブログ [PR]