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2024/11
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耳元を、ひゅるひゅると風が流れていく。
宗茂は、衣をまとうように自然に馬を操り、走り去る景色を眺める。
山道を抜け、草の原を通りすぎ、立ち並ぶ木々の影にその姿を見つけた。

「皆が探していたぞ」

声をかけるが返事はない。
誾千代、と呼びかけるも、こちらを見ようともしない。
宗茂は馬を降りて、誾千代の愛馬がつながれている木に同じように馬を繋ぐ。それから、誾千代に近づくと、ようやく誾千代が宗茂を一瞥したが、すぐにぷいっと顔を反らす。
相当ご機嫌斜めらしい。
けれど、そんなことは想定の範囲内。
なぁ、誾千代、と呼びかける。

「そんなに俺とでは嫌なのか?」

沈黙が流れる。
宗茂は誾千代に合わせて、沈黙を守りつづけていたが、やがて。

諦めろ、と宗茂は言う。

「お前は俺ではなく、誰であっても嫌なのだろう?」

無言のままの誾千代など気にもならない様子で宗茂は続ける。

「所詮、それはお前の甘えだ」
「何を――っ!」

宗茂の言葉に、誾千代は空を斬るような鋭い声を上げ、キッと見据える。
宗茂は、それを余裕をもって受けた後、

「だって、そうだろう?立花の家を存続させていくには跡取りが不可欠だ。お前が誰であれ結婚を拒み続ければ立花の直流は滅亡する。お前は、自分が女だからこんな目に、と思っているのかもしれないが」

男に生まれたって同じことだ、と言う宗茂に、誾千代は眉をひそめる。

「男であれ女であれ家督を継ぐ人間は、跡取りを作らなければならない。男だって同盟の為とかそんな事情で、好きでもない見ず知らずの女を娶らないといけない」

だから。

「お互い、見知っている相手と結婚できるだけいいんじゃないのか?」

そう言っても誾千代は、硬く表情を閉ざし、ひと言も返さない。
宗茂を睨みつけていた空間からずっと視線を動かさないままだ。

(違う。)

誾千代は、心うちで宗茂の言葉を否定しつつ、けれど、それが何に対しての否定なのかが分からなくなる。
けれど、分かることもある。
ふっと視線を落として、瞬きをひとつ。

本当は分かっていた。
いつかは誰かと結婚し、子供を産まなければならない。
けれど――。

「お前はいいのか?」

誾千代が宗茂に問う。

「お前は高橋家の嫡男だろう?」

あぁ、そんなことか、と軽く言う宗茂に誾千代は、ふと怒りを覚える。
そんなこと、ではないだろうと誾千代が反論しようとする前に、

「お前が気にすることじゃない」
「でも」
「これは高橋家の問題だから、お前に口出しする権利はない」

やんわりとした口調だが、どこか鋭さを含んだ不思議な声音。
それ以上、このことに何も言うな、と暗に言っているのだ。
意外に頑固な男だということを誾千代は、知っている。
何を言ったところで堂々巡りになるだけだ。


「お前は俺ではなく、誰であっても嫌なのだろう?」

宗茂はそう言った。
けれど。
宗茂だから嫌なのだと、誾千代は考えている。
じっと宗茂を見ると、その視線に応じる。

「分かった」

誾千代が静かな声音で呟くように言う。
宗茂は、そのこぼれた呟きの行方を追いかけるように瞳を動かしたけれど、その先にあったのは木々の間を風が通り抜ける景色のみ。
風の音が再びの沈黙を飲み込み、わずかに時が止まったかのようだ。

「お前と結婚しよう」

止まった時を、その声に滲ませるような静かに誾千代が言ったかと思うと、真っ直ぐに宗茂を見据えてくる。
しばらく見つめあった。

「私は――」

くるりと誾千代は踵を返すと、馬を繋いでいた木に向かって歩く。

「お前だから嫌なんだ」
「――・・・誾千代?」
「お前だから嫌なんだ」

二度同じことを繰り返すと、愛馬を繋いでいた手綱を解くと、馬に跨る。

「おい、誾千代」

止める宗茂の声など耳に入らない様子で馬を走らせる。


(お前だから嫌なんだ。)


お前だけだったから――。
自分を女扱いせずに同等に扱ってくれたのはお前だけだったから。


だから。

だから、嫌なんだ。



誾千代、と呼ぶ声が聞こえる。

「お前だから嫌なんだよ」

胸のうちで呟くと、ぽつり涙が零れた。





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