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「ああいう女が好みか?」

父―昌幸の言葉に信幸は、苦笑に似た笑みを口の端に浮かべる。
見合いを終えての居城への帰路途中、休憩によった寺の庭を眺めていた。
人を遠ざけふたりきり。

「娘はどうだと問われ、気が強そうですね、とは答えられないでしょう?」
「なんだ、それが本音か。好みではなかったか?」
「…さぁ」

からからと面白げに昌幸が笑う。
一通り笑い終わると、ふっと真面目な顔をして信幸を見据えてくる。
その視線を信幸は、さらりと受け流す。

「お前は人たらしだな」
「何ですか…急に」
「本田忠勝はお前に入れ込んでいるらしい」

よほど信幸が気に入っているらしく、見合いの最中忠勝は良く喋った。
一度断ったというのにもう一度縁談話を持ってくるとは思わなかった、という昌幸に信幸は、

「断られるのではないでしょうか?」

と答える。視線でなぜかと問いかけてくる昌幸に、

「じっとこちらを見るものの目が合いそうになると反らされ、話しかけてもぶっきらぼうでした故」

それを受けて昌幸は、また楽し気にからから笑い声を上げた。

「――お前、男女のことは意外に鈍いのだな」
「はっ?」
「あの娘はただ照れていただけのこと。すっかりお前に惚れたと見えたがな」

ククッと昌幸は喉を揺らして笑う。
それから、この息子は男女のことに疎いのではなく、男女の心の機微などに関心がないのかもしれない。それというのも幼少期から両親の不仲を見続けた為、仕方ないのかもしれないと思い直す。
本当に小さい頃から甘えることのない子供だった。
いや、甘えることのできない子供だった。
生まれてすぐに運命に翻弄され、苦労させた。
信幸は本当は・・・。
昌幸は、ほぉっとため息を落とす。
人質として差し出したこともあり、供に暮らした期間もあまりない。

――真田家など継ぎたくない!

脳裏に蘇ってくる幼少期の信幸の一度だけの反抗。
小さな体を、昌幸にぶつけて泣いた。
その息子を抑えるのに抱きしめた。
抱きしめて初めて気づいた。この息子に触れたのは初めてだと。



「あの娘とではお前、尻にしかれそうだな」

言ってから真っ直ぐに人を愛しそうなあの娘が、この息子を変えるかもしれないと思った。いい影響となるか、悪くでるか。それは分からない。
けれど、信幸ならそれなりにうまくやるだという自信が昌幸にはある。

「この結婚に反対なのでは?」
「反対すればするほどにお前は受けたくなるのだろう?」
「徳川と縁を結んでおくもの必要かと思います故」

それに、それが小大名である真田家の生き残る道のひとつであるから、信幸は言葉にはしない。けれど、それは昌幸も分かっている。

「天邪鬼が」
「父上の子供故致仕方ないことと存じます。父上の子供として生まれてついてしまったのが私の不幸の始まりです」

憎まれ口をきく息子を昌幸は、にやりと笑う。

「それはすまなかったな」
「ええ、本当に」




しばらくの静寂。その静寂を破ったのは昌幸。





「――好きな女と添えればいいんだがな」

この時代、嫡男のお前ではそれも難しいがな、と言う父に信幸は微笑み、

「――幸村にはそうしてやってください」

一瞬の間をおいてから、

「あいつは知らない間に女につけこまれて、それでも楽しくやってそうですがね」

信幸の言葉に、昌幸がからからと笑うと信幸も笑った。


「お前も、あの娘とあやめとの間をうまくやれよ」
「では、失敗者としての父上に教訓でもご教授いただかなければいけませんね」

珍しくにこりと微笑む信幸に、昌幸は一瞬言葉を失う。

「お前という奴は・・・本当・・・」


苦々しく言う昌幸など気にもせず、すっと立ち上がると信幸は出発すると伝えるために供の元へ行ってしまう。
その息子の背を昌幸は睨みつける。



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