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伏見の真田屋敷。
父、昌幸の使いで信幸を訪ねた幸村だったが、あいにくの不在。
では待たせていただきます、と上がりこみ信幸の居室で帰りを待ちつ、仰向けに転がり、けれどもいつの間にか、眠ってしまったようだ。
やがて、屋敷うちが騒がしくなったので、目を覚ました。
信幸が帰ってきたのだろう。
奥の間から、稲が待ちかねたように出迎えに向かう気配があった。
寝転んだまま幸村は、兄の気配を探しながらも、稲が自分が来ていることを伝えてくれるだろうと待っていたのだが、
(あれ?)
珍しく、稲の嬉しそうな甲高い声が響いたかと思えば、複数人の笑い声。
その中には聞き覚えのない声が混ざっている。
何があったのだろう、と思っていると声が近づいてきた。
障子戸が開いたかと思えば、顔を出した兄は幸村を見て驚いた様子を見せた。
「来ていたのか」
「義姉上から聞いてないのですか?」
だらしなく寝転んだまま顔だけ上げて幸村が言えば、信幸の隣にいた稲は、すっかり忘れていたらしく、ハッとした顔を一瞬見せた後、
「嬉しくて、すっかり忘れてました」
「嬉しい?」
そこで幸村は、兄と稲だけではないことに気付く。
知っているような、知らないようなそんな顔をした男がひとり。
その男は、幸村に頭を下げる。
「私の弟の忠朝です。偶然会ったそうで」
「あっ、ああっ、あー・・・」
見覚えあると思ったのは稲の父である本多忠勝に似ているからか、と幸村は納得したが、幸村の反応が可笑しかったのか皆が声をあげて笑う。
笑われて、幸村はむっと唇を閉ざしながら、佇まいを直す。
久しぶりに弟に会えた稲は嬉しいらしく、はしゃいでいる。
忠朝を囲んで、信幸、幸村、稲、そして、矢沢頼貞とで小さな酒宴を開いた。
頼貞は昌幸の従兄弟にあたり、今は信幸に従っているが、兄弟よりも年上の血縁ということもあり遠慮がない。
稲は実家の様子、他の兄弟のこと、忠朝の近況を根掘り葉掘り聞き、忠朝は困ったような苦笑を浮かべて、義兄弟に目で助けを求める。
「私が信幸さまに嫁ぎました時、まだこれくらい小さくて」
「そんなに小さくなかったですよ!」
稲が小さな子供の背丈ほどに手をかざしてみれば、忠朝はじろりと姉を見る。
「小さかったですよ。お嫁にいっては駄目と泣いて大変だったんですよ」
「へー・・・」
信幸が、くすくす頬を揺らしながら言えば、忠朝は信幸を睨む。睨んだとまではいえないが、あきらかに非難の眼差しだった。
「行っちゃ駄目って泣いて泣いて」
「姉上!!」
「私と結婚するのは自分だとか言って」
「姉上!」
くすくすと稲は嬉しそうに笑いを零す。
体も稲よりも大きくなって、すっかり大人の男になっているけれど、姉にとってはいつまでも小さな弟らしい。そんな姉弟の様子を見ながら、幸村はふと切なくなる。
きっと兄にとって自分も――いつまでも、ただの弟でしかない。
そんなことを思い、胸のうちが苦しくなったその時。
「結婚するといえば――」
と頼貞が口を開き、突然笑い出す。
幸村が何かと思っていると、信幸は頼貞が何を言おうとしたのか分かったらしく、あれか、と言ったかと思えば同じように笑い出した。
「姉と結婚したいと泣くのは、まあ分かるけれど」
「頼貞」
「幸村は――」
「やめておけ」
どうやらふたりが笑っている理由が自分にあるらしいと分かった幸村が、
「何ですか?」
と言えば、
「幸村は、将来信幸と結婚するとか言い出したことがあって」
「えぇっ?!」
思わず動揺して、手にしてた杯を幸村は落としそうになる。
ぎりぎり落とさなかったものの中の酒を床に零して、それを稲が手拭で拭いながら、くすくす笑っている。
「結婚の意味が分かっていなかったのだろう」
くくくっ、と思い出し笑いが止められない様子の信幸が言う。
幸村には、まったく覚えがない。驚きに睫毛をぱちぱちとせわしくなく叩く。
「俺の姉の婚儀の後だったかな?突然弁丸は将来は兄上と結婚する、とか言い出すから、兄弟間では結婚は出来ないって教えれば号泣して」
「なだめるのが大変だったな」
またふたりで笑い出す。
「どうなだめたのですか?」
稲が、にやにやと笑いを好奇心いっぱいに揺らす。
「まぁ、そのうち忘れるだろうから、適当に誤魔化して大きくなったらとかなんとか」
信幸の言葉に頼貞は、付け加えるように、
「でも、じゃあ約束だよ、とか泣きながら――」
「もう止めておけ」
「ちゅーして、とか言って」
「――ぇっ?!そんなことをっ?!」
またふたりして笑い出す。
「幸村さまにも、そんな可愛い時代があったのですね」
稲がおかしそうに言う。
幸村は兄と頼貞から顔を反らす。ふたりには大号泣したという弁丸時代の自分が思い出されるらしいと思うと、恥ずかしさにうなだれながら、
「弟、というものはどんなに大人になっても上にからかわれるもの、ですね」
と忠朝にぽつり言えば、今まで笑っていいのか困っているらしかった忠朝は、そうですね、と苦笑しながら、幸村の杯に酒を注ぐ。同じように幸村も忠朝の杯に酒を注ぎ、ふたりして一気に飲み干す。
酒宴の後、そのまま泊まった幸村は、床で横になりながら溜息を落とす。
しかしまぁ、子供の頃の話とはいえ、なんということを言ったのだろうと思い出して恥ずかしくもなるが、
「ちゅー・・・してね」
したのだろうか。さすがにしていないのだろうか?
したのならば覚えていない自分が恨めしい。
けれど、子供の頃のように無邪気にそんなことはもう言えない――。
何を考えているだと首を振り、いてっと声をあげる。どうやら酒が回っているらしい。軽く首を振っただけなのに、頭ががんがんと痛んだ。
「明日は二日酔いか・・・」
すっかり大人になっている自分を少しだけ、いや、かなり恨んだ。
父、昌幸の使いで信幸を訪ねた幸村だったが、あいにくの不在。
では待たせていただきます、と上がりこみ信幸の居室で帰りを待ちつ、仰向けに転がり、けれどもいつの間にか、眠ってしまったようだ。
やがて、屋敷うちが騒がしくなったので、目を覚ました。
信幸が帰ってきたのだろう。
奥の間から、稲が待ちかねたように出迎えに向かう気配があった。
寝転んだまま幸村は、兄の気配を探しながらも、稲が自分が来ていることを伝えてくれるだろうと待っていたのだが、
(あれ?)
珍しく、稲の嬉しそうな甲高い声が響いたかと思えば、複数人の笑い声。
その中には聞き覚えのない声が混ざっている。
何があったのだろう、と思っていると声が近づいてきた。
障子戸が開いたかと思えば、顔を出した兄は幸村を見て驚いた様子を見せた。
「来ていたのか」
「義姉上から聞いてないのですか?」
だらしなく寝転んだまま顔だけ上げて幸村が言えば、信幸の隣にいた稲は、すっかり忘れていたらしく、ハッとした顔を一瞬見せた後、
「嬉しくて、すっかり忘れてました」
「嬉しい?」
そこで幸村は、兄と稲だけではないことに気付く。
知っているような、知らないようなそんな顔をした男がひとり。
その男は、幸村に頭を下げる。
「私の弟の忠朝です。偶然会ったそうで」
「あっ、ああっ、あー・・・」
見覚えあると思ったのは稲の父である本多忠勝に似ているからか、と幸村は納得したが、幸村の反応が可笑しかったのか皆が声をあげて笑う。
笑われて、幸村はむっと唇を閉ざしながら、佇まいを直す。
久しぶりに弟に会えた稲は嬉しいらしく、はしゃいでいる。
忠朝を囲んで、信幸、幸村、稲、そして、矢沢頼貞とで小さな酒宴を開いた。
頼貞は昌幸の従兄弟にあたり、今は信幸に従っているが、兄弟よりも年上の血縁ということもあり遠慮がない。
稲は実家の様子、他の兄弟のこと、忠朝の近況を根掘り葉掘り聞き、忠朝は困ったような苦笑を浮かべて、義兄弟に目で助けを求める。
「私が信幸さまに嫁ぎました時、まだこれくらい小さくて」
「そんなに小さくなかったですよ!」
稲が小さな子供の背丈ほどに手をかざしてみれば、忠朝はじろりと姉を見る。
「小さかったですよ。お嫁にいっては駄目と泣いて大変だったんですよ」
「へー・・・」
信幸が、くすくす頬を揺らしながら言えば、忠朝は信幸を睨む。睨んだとまではいえないが、あきらかに非難の眼差しだった。
「行っちゃ駄目って泣いて泣いて」
「姉上!!」
「私と結婚するのは自分だとか言って」
「姉上!」
くすくすと稲は嬉しそうに笑いを零す。
体も稲よりも大きくなって、すっかり大人の男になっているけれど、姉にとってはいつまでも小さな弟らしい。そんな姉弟の様子を見ながら、幸村はふと切なくなる。
きっと兄にとって自分も――いつまでも、ただの弟でしかない。
そんなことを思い、胸のうちが苦しくなったその時。
「結婚するといえば――」
と頼貞が口を開き、突然笑い出す。
幸村が何かと思っていると、信幸は頼貞が何を言おうとしたのか分かったらしく、あれか、と言ったかと思えば同じように笑い出した。
「姉と結婚したいと泣くのは、まあ分かるけれど」
「頼貞」
「幸村は――」
「やめておけ」
どうやらふたりが笑っている理由が自分にあるらしいと分かった幸村が、
「何ですか?」
と言えば、
「幸村は、将来信幸と結婚するとか言い出したことがあって」
「えぇっ?!」
思わず動揺して、手にしてた杯を幸村は落としそうになる。
ぎりぎり落とさなかったものの中の酒を床に零して、それを稲が手拭で拭いながら、くすくす笑っている。
「結婚の意味が分かっていなかったのだろう」
くくくっ、と思い出し笑いが止められない様子の信幸が言う。
幸村には、まったく覚えがない。驚きに睫毛をぱちぱちとせわしくなく叩く。
「俺の姉の婚儀の後だったかな?突然弁丸は将来は兄上と結婚する、とか言い出すから、兄弟間では結婚は出来ないって教えれば号泣して」
「なだめるのが大変だったな」
またふたりで笑い出す。
「どうなだめたのですか?」
稲が、にやにやと笑いを好奇心いっぱいに揺らす。
「まぁ、そのうち忘れるだろうから、適当に誤魔化して大きくなったらとかなんとか」
信幸の言葉に頼貞は、付け加えるように、
「でも、じゃあ約束だよ、とか泣きながら――」
「もう止めておけ」
「ちゅーして、とか言って」
「――ぇっ?!そんなことをっ?!」
またふたりして笑い出す。
「幸村さまにも、そんな可愛い時代があったのですね」
稲がおかしそうに言う。
幸村は兄と頼貞から顔を反らす。ふたりには大号泣したという弁丸時代の自分が思い出されるらしいと思うと、恥ずかしさにうなだれながら、
「弟、というものはどんなに大人になっても上にからかわれるもの、ですね」
と忠朝にぽつり言えば、今まで笑っていいのか困っているらしかった忠朝は、そうですね、と苦笑しながら、幸村の杯に酒を注ぐ。同じように幸村も忠朝の杯に酒を注ぎ、ふたりして一気に飲み干す。
酒宴の後、そのまま泊まった幸村は、床で横になりながら溜息を落とす。
しかしまぁ、子供の頃の話とはいえ、なんということを言ったのだろうと思い出して恥ずかしくもなるが、
「ちゅー・・・してね」
したのだろうか。さすがにしていないのだろうか?
したのならば覚えていない自分が恨めしい。
けれど、子供の頃のように無邪気にそんなことはもう言えない――。
何を考えているだと首を振り、いてっと声をあげる。どうやら酒が回っているらしい。軽く首を振っただけなのに、頭ががんがんと痛んだ。
「明日は二日酔いか・・・」
すっかり大人になっている自分を少しだけ、いや、かなり恨んだ。
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