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痛みに低いうめき声が誾千代の唇から洩れる。
声を出さないように堪えてはいるようだが、それでも痛みが走る度にその口からは悲痛な声が漏れた。
荒い息と共に肩は上下し、苦痛に耐える体は次第にうっすらと紅く染まった。
誾千代、と宗茂が妻の名を呼ぶとハッとした様子を見せたが、すぐにふんっと顔を反らしてしまう。
それには宗茂は苦笑するほかない。
誾千代が戦で足を怪我をした。
怪我を隠し、戦場に出続けた結果ひどくなってしまっていた。
その誾千代の怪我の治療をしている医師に宗茂が、
「痛み止めになるようなものは?」
そう尋ねると医師は首を振る。
「誾千代様の場合、痛みは下手に止めないほうがいい」
医師は思わず眉をひそめる宗茂に、
「痛みを忘れたら、傷が治らないうちから無茶をする。痛いのが嫌なら、少しは反省してこれからは自分の体の事も考える。これもいい薬になります」
思わず宗茂も納得してしまう。
それもそうだ、と宗茂が言うと誾千代が恨みがましそうに軽く睨んでくる。
医師は患部から流れた血を水で洗い落とすと、患部に薬草で作った軟膏を塗っていく。それがまたしみるのか誾千代の声からうめき声が洩れる。
医師は塗り終わると、軟膏が包帯を巻くと去って行く。
宗茂が医師の足音が聞こえなくなった頃、誾千代の脇に座り込む。
「痛むか?」
「――別に・・・」
意地っ張りな嘘をの矢を射る誾千代に、宗茂は笑う。
きっと先ほどの医師とのやりとりが彼女には気に入らないのだろう。
「医師が言う通りだ。痛みがなければお前は無理をする」
「痛みなど、これしきのことでひるむ立花ではない!立花の誇りを示せるのならば、いくら怪我をしてもかまわない!」
毅然とそう言う誾千代を、宗茂はまっすぐに見つめながら、
「・・・あぁ、面倒だ」
「何だとっ!」
「餓鬼だな。怪我誇るな。傷を負い、次の戦に出ることが出来なくなれば本末転倒だ。お笑いだ」
静かに、けれど、反論を許さない強さを持った気迫を持った声音で宗茂は言う。
そして、その低めた声によく似合う瞳の色で笑い、
「餓鬼が・・・」
再びそう言う。
反論しようと誾千代が、身を乗り出せば、痛みが走る。
「――っ・・・!」
「もう休め。続きは治ってからだ」
それでも、キッと逆毛がたつ猫のように宗茂を睨む誾千代を、宗茂も見つめる。
視線が交差して、ふと誾千代は眉をひそめる。
宗茂の瞳は、吸い込まれてしまいそうなほどに真摯な色をして、かすかに揺れている。
とにかく休め、と宗茂が言った時、足音が近づいてきた。
先ほどの医師が再び顔を出すと、
「痛みがあっては寝られないでしょう。少しだけ痛み止めの薬湯を飲んでから、寝て下さい」
苦いそれを受け取り、誾千代は渋々口に含む。
相当不味いらしく、誾千代の眉根がますます濃く歪む。
「痛みますか?」
医師に問われ、あぁと宗茂が答える。
「なぜお前が答える!」
誾千代の言葉に、
「お前が素直に痛みを訴えられるとは思わないからな。代弁だ」
と薄く笑うと、そのまま部屋を出ていく。しばらく廊を歩きながら、
――俺も痛むのさ。
と苦笑する。
――お前が怪我をすれば、お前を守れなかったと俺の胸も痛む。
ずきずきと脈打つように、押し寄せてくる痛み。
こんなにも胸が締め付けられるほどに痛んでいることを、お前は知らないだろう。