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お前だから嫌なんだ。


誾千代の言葉を脳裏で繰り返す。自室でだらしなく横になって天井を睨みつける。
お前が嫌だと言っても――。

「俺も嫌なんだよ」

ひとり言をひとつ零す。

お前が他の男に抱かれるのは嫌なんだよ。
考えただけで、ぞっとする。
あの細い肩を引き寄せ、唇を奪い、そして、彼女自身を奪う。
想像するだけで胸の奥が爛れるように熱くなり、激しい嫉妬心が全身を苛む。


俺の何が嫌なんだよ・・・。

すっと手を伸ばす。
その先に見えるのは誾千代の笑顔の残像。
初めて会った築地塀の続く隅での仏頂面から、剣で稽古で負けても笑顔を見せたあの時。それから、笑いあった日々。瞼を閉じればすぐに思い返すことができる。

もしかして。
もうこんな風に笑いかけてくれることはないのかもしれない。


――お前だから嫌なんだ。

ぐるぐると宗茂の中を駆け巡る言葉。
その言葉はまるで呪文のようにいつしか宗茂の中に溶けていく。


すべて、これからなのに。
すべて、俺たちの人生はこれからなのに。


溜息落としたその時。
人の気配がした。見ると障子に人影。

「――誰だ?」

答えはなく、すっと開かれた障子に向こうに立っていたのは父―紹運だった。
呼び出すのではなく自ら足を運ぶということに驚き、宗茂は佇まいを直す。
紹運は宗茂の部屋に座すると、息子を見据えてきた。

「立花家に正式に諾の返事をしてきた」
「はい」

宗茂、といつになく低い声音で紹運は息子を呼ぶ。
同時に外で鳥が大きく鳴いた。宗茂がそちらに気を取られたその時。

「仮に――」

高橋家と立花家との間で諍いが起きたらお前はどうする?
突然の問いかけに宗茂は、驚く。そんな宗茂を紹運は、

「今の時代、ありえないことでもないだろう?」

と、薄く笑う。そんな父と宗茂は数瞬、瞳を合わせる。

「その時は――高橋家に」
「馬鹿者」

馬鹿者と言われ、それでも、反論のひとつもせずに宗茂は父を見た。

「立花の家の人間になるのだ。そうなったなら、立花の人間として高橋家と戦え」

宗茂は父の瞳の奥を覗き込むように、真っ直ぐに視線を伸ばした。
それを受けた紹運は、かすかに微笑し、

「婿にいくというのはそういうことだ」

と息子を諭すと、ふいに優しくまなじりを下げると、

「これから、お前の父はただひとり。立花道雪だ」

そう告げると、静かに立ち上がるとそのまま振り返ることもなく宗茂の部屋を後にする。
宗茂は、父の消えた空間を身動きひとつせずにしばらく見据えた。




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