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真っ直ぐに正しい道を歩いてきた。道雪は自分の人生をそう思う。
けれど、本当に正しかったのか――と判断に迷うものもある。娘だ。
男のように育て、自分の教えを真摯に受け止め、応えてくれた娘だが、その育て方に、いや、娘のこれからの人生を思えば胸が苦しくなる。
立花の誇りを示せるならば本望だ――そう言って死をも恐れないだろう。
娘の気性を道雪は、誰よりもよく知っているつもりだ。
だから、心配で仕方がない。
そう思うことが、年をとった証拠なのだろうと自嘲する。年をとり弱気になっている。老いは人の心を弱くする。体が弱るから心も弱るのか、心が弱るから体も弱るのか。
「道雪さまがなされようとしていることは、行李に詰め込み閉じ込め、意のままに縛り付けようとしている。私にはそう感じられます」
「世が落ち着き、安心が確認できたら行李から出すのですか?その間に、誾千代は窒息致します」
婿である宗茂の言葉の通りに出来たらなら、どれほどに楽だろうと思う。
誾千代が戦場に出て、仮に命を落とすことがあれば立花の血は途絶える。だから、誾千代には刀を置かせる。
それは正統な理由であると思うが――。
いいや、と唇の端に苦笑を浮かべる。
正統な理由という楯が欲しいだけで、娘を安全な巣の中に入れておきたい愚かな男親の感情なのかもしれない。
「女ゆえ出来る戦い方もあるのではないでしょうか?」
宗茂がそう言った。微笑んだ。
その笑みはにやりとどこか道雪を挑発するようで、ますます宗茂という男が道雪は分からなくなる。普段のどこか抜けたような飄々とした姿からは想像できない表情を見せる男は、まるで知らない男だ。
近頃、宗茂と誾千代は外に出てばかりいる。
屋敷に戻ってくる頃、誾千代はひどく疲労した様子で、よろける足に宗茂が手を貸そうとすれば、つんとそれを跳ね除け、それに宗茂が楽し気に笑う。
子供の頃から見かけてきた光景でもある。夫婦となっても変わらぬふたり。
けれど、自分の知らないところでふたりの関係は変わっているのだろう。
娘が、自分が知らない世界を持つ。
自分の知らない世界が広がる。
それが――。
「新しい世代が作り出す新しい時代の始まり、ということか」
呟いて、動かない自分の脚を見つめる。
立ち上がることや歩くことが出来ない脚だが、もう少し若い頃は触れればその感触を微かに感じることがあったが、今はそれもない。何も感じない。
熟睡しているようだな――。
宗茂は、か細い寝息をたてて眠る妻の顔を見下ろす。
部屋を塗りこめる闇の中、宗茂が手にする灯明皿の火が頼りなく揺れる。
よほど疲れているのだろう、と宗茂は思う。
普段は、小さな物音ひとつでさえ、眠りを覚ます誾千代だが、自分が部屋に入ってきたことも、こうして寝顔を眺めていることにも気付かずに、眠っているのだからよほど疲れているのだろう。
手にしていた灯明皿をゆっくりと床に置くと、眠る誾千代の脇に座り込む。
しかし、まぁ・・・、と宗茂は小さく笑う。
「大人しい誾千代というのは、不思議なものだな」
口に出して言っても、妻が起きる気配はない。
幼い日の自分は、何を思って誾千代を妻にしたいと思ったのだろう。首を傾げてしまうが、では、今の自分になぜ立花に婿入りしたのか、と問われれば、明確な返答が出来ないのも事実。
ただ、それが当然のことのように思えたから――言えるのはそれだけなのだ。
おそらく誾千代に恋しているのだろう、とどこか他人事のように思うことがある。
性、というものに目覚めた時、意識したのは確かに誾千代。
誾千代を誰にも取られなくない、自分のものにしたい、と思う気持ちが恋心というものなのだろう。
そして――。
「触れたいと思うのもやはり――・・・」
そっと手を伸ばして頬に触れる。温かくまるい感触を楽しむ。自分が両手で覆えば、顔が隠れてしまいそうな小さな頭蓋骨。
頬を撫で、髪を払ってやりながら額を撫で、また頬に触れ、そして唇に人差し指の指の腹で触れる。そのカタチをたどるように触れ、今なら気付かれることなく、くちづけられるのではないかと思うより早く、そっと身を乗り出して、寸でのところで止める。
誾千代は、自分を嫌いだと言った。それに嫌いなのが自分だけならいいと答えた。
「俺だけならいい・・・」
意識しているのが俺だけならいい――・・・。
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けれど、本当に正しかったのか――と判断に迷うものもある。娘だ。
男のように育て、自分の教えを真摯に受け止め、応えてくれた娘だが、その育て方に、いや、娘のこれからの人生を思えば胸が苦しくなる。
立花の誇りを示せるならば本望だ――そう言って死をも恐れないだろう。
娘の気性を道雪は、誰よりもよく知っているつもりだ。
だから、心配で仕方がない。
そう思うことが、年をとった証拠なのだろうと自嘲する。年をとり弱気になっている。老いは人の心を弱くする。体が弱るから心も弱るのか、心が弱るから体も弱るのか。
「道雪さまがなされようとしていることは、行李に詰め込み閉じ込め、意のままに縛り付けようとしている。私にはそう感じられます」
「世が落ち着き、安心が確認できたら行李から出すのですか?その間に、誾千代は窒息致します」
婿である宗茂の言葉の通りに出来たらなら、どれほどに楽だろうと思う。
誾千代が戦場に出て、仮に命を落とすことがあれば立花の血は途絶える。だから、誾千代には刀を置かせる。
それは正統な理由であると思うが――。
いいや、と唇の端に苦笑を浮かべる。
正統な理由という楯が欲しいだけで、娘を安全な巣の中に入れておきたい愚かな男親の感情なのかもしれない。
「女ゆえ出来る戦い方もあるのではないでしょうか?」
宗茂がそう言った。微笑んだ。
その笑みはにやりとどこか道雪を挑発するようで、ますます宗茂という男が道雪は分からなくなる。普段のどこか抜けたような飄々とした姿からは想像できない表情を見せる男は、まるで知らない男だ。
近頃、宗茂と誾千代は外に出てばかりいる。
屋敷に戻ってくる頃、誾千代はひどく疲労した様子で、よろける足に宗茂が手を貸そうとすれば、つんとそれを跳ね除け、それに宗茂が楽し気に笑う。
子供の頃から見かけてきた光景でもある。夫婦となっても変わらぬふたり。
けれど、自分の知らないところでふたりの関係は変わっているのだろう。
娘が、自分が知らない世界を持つ。
自分の知らない世界が広がる。
それが――。
「新しい世代が作り出す新しい時代の始まり、ということか」
呟いて、動かない自分の脚を見つめる。
立ち上がることや歩くことが出来ない脚だが、もう少し若い頃は触れればその感触を微かに感じることがあったが、今はそれもない。何も感じない。
熟睡しているようだな――。
宗茂は、か細い寝息をたてて眠る妻の顔を見下ろす。
部屋を塗りこめる闇の中、宗茂が手にする灯明皿の火が頼りなく揺れる。
よほど疲れているのだろう、と宗茂は思う。
普段は、小さな物音ひとつでさえ、眠りを覚ます誾千代だが、自分が部屋に入ってきたことも、こうして寝顔を眺めていることにも気付かずに、眠っているのだからよほど疲れているのだろう。
手にしていた灯明皿をゆっくりと床に置くと、眠る誾千代の脇に座り込む。
しかし、まぁ・・・、と宗茂は小さく笑う。
「大人しい誾千代というのは、不思議なものだな」
口に出して言っても、妻が起きる気配はない。
幼い日の自分は、何を思って誾千代を妻にしたいと思ったのだろう。首を傾げてしまうが、では、今の自分になぜ立花に婿入りしたのか、と問われれば、明確な返答が出来ないのも事実。
ただ、それが当然のことのように思えたから――言えるのはそれだけなのだ。
おそらく誾千代に恋しているのだろう、とどこか他人事のように思うことがある。
性、というものに目覚めた時、意識したのは確かに誾千代。
誾千代を誰にも取られなくない、自分のものにしたい、と思う気持ちが恋心というものなのだろう。
そして――。
「触れたいと思うのもやはり――・・・」
そっと手を伸ばして頬に触れる。温かくまるい感触を楽しむ。自分が両手で覆えば、顔が隠れてしまいそうな小さな頭蓋骨。
頬を撫で、髪を払ってやりながら額を撫で、また頬に触れ、そして唇に人差し指の指の腹で触れる。そのカタチをたどるように触れ、今なら気付かれることなく、くちづけられるのではないかと思うより早く、そっと身を乗り出して、寸でのところで止める。
誾千代は、自分を嫌いだと言った。それに嫌いなのが自分だけならいいと答えた。
「俺だけならいい・・・」
意識しているのが俺だけならいい――・・・。
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